圧倒的草スープ
「ルネ、朝だ。いつまで寝ている気だ。」
まどろみから呼び戻したのは、もう聞くことはないだろうと思っていたテオさんの声。
「え、え、おはようございます…」
私は念のため帽子もネックレスもつけたまま寝ていた。
それを確認する。乱れはない、よかった。
「テオさん、ベッド借りちゃってすみませんでした。」
「礼は必要ない。」
テオは山菜を煮込んだようなスープを食器によそい、机に置いた。
「食え。」
「…え、いいんですか?」
「味は保障しない。」
朝起きたら朝食が用意されている。やっぱりこの人、いい人過ぎる。
よく考えたら素性の知れない人を泊めるとか、もうあのお人よし両親と同じ域だ。
私の周りにはお人よしが集まる決まりでもあるんだろうか。
「ありがとうございます、いただきます!」
ほかほかと湯気が出ているスープをすくって口に運ぶ。
……草。
圧倒的、草。
あまりに草の味しかしない。塩気のある、とろみのついた、熱い草汁…といった味。
笑顔で口に入れたのに、即真顔になってしまった。
「まずいか。」
「えっとお…」
たとえ不味くても、草味でも、テオさんが作ってくれた料理。
そもそも人の施しを受けておきながら、味にケチつけるとか何様だよ、という話だ。
でも、テオさんは嘘や隠し事を嫌う…気がする。今までのわずかな会話の中で、テオさんは、正直に言え、嘘をつくな、隠すな、という感じの発言が多かった。
これはものすごく迷う。どう言うのが正解なんだろう。
傷つけたくはないけど、嘘をついたほうが嫌がるかもしれない。付き合いの浅い私には何もわからない。
どうしよう。私はなぜ寝起きに草汁を飲み頭を抱えているんだろう。
「不味いんだな。」
「…oh」
思わず口の中で声が篭った。
言いよどんだ時点で不味いと言ったようなものなのだ。当たり前だ。
「ごめんなさい、僕なんだか失礼ばかりですよね…」
「かまわない。味が悪いのはわかっている。」
わかってるんかーーーい!
「料理は苦手だ。食べ物には常に困っている。
なにせこの頭だ、買い物にも碌に行けない。」
そう言って、テオさんは頭の角を指した。
「一気に日持ちする食材を買い込んで来て、適当に食いつなぐ。
これがどれだけつまらないことか、わかるか。」
「食は生きる喜びのひとつですから、ものすごーく嫌だろうな、と思います。」
「そうだ。」
テオさんは草スープの入った皿をもう一枚持ってきて、自分も食べ始めた。
「栄養は取れる。」
「はい、美味しいとは言えなかったですけど、僕はとても嬉しかったです。ごちそうさまでした!」
どんなに酷い草の味でも、私にとっては恩人の作った手料理だ。
たいらげてこそ!という気持ちで全部を胃に流し込んだ。
「僕、お礼に何か作りましょうか?食材とか調理器具とか借りることになりますけど。」
ふと思い付きを口にしてみた。
おそらく、『必要ない』で一蹴、からの町へ送ってもらうコースだろう。
そんな予想を立てていると、テオさんは立ち上がった。
そして扉の外へ出て行く。ちらっと見える限りだと、別の部屋に繋がっているようだ。
僕ってもしかしていきなり寝室へ連れて来られた…?他に部屋があるとは知らなかった…
少し経って、紙袋を抱えたテオさんが戻ってきた。
中身を机に出していく。果物や野菜が出てくる。
「好きに使え。」
思わぬ展開に、面食らってしまった。
これは、私が何か作ることへの同意、ってこと…だよね。
「はい!」
すぐに追い出される可能性が減った。
追い出されたところで私に明確な行き先はない。当面の目標はあるけど、いつ野たれ死ぬかもわからない身だ。
この、案外居心地のいい場所から、追い出されないのであれば少しでも長く居座りたかった。
草の味しかしないスープを私は飲んだことがあります。酷い味がします。