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ワーズの森へ3

眩しい朝日と、優しい鳥の鳴き声。

ふわ、とまぶたが持ち上がる。目を覚ますと、木漏れ日の下、ほぼ廃墟となった屋根のない朽ちかけの家のような場所に寝かされていた。

体の下にはやわらかい毛布のような布が敷かれていて、上にも同じように暖かな布がかけられている。

帽子とネックレス、そして所持金をあわてて確認した。全て手元にある。身に着けたままだ。


「どゆこと…?」


周囲を見渡すと、その家の窓だったであろう穴から見える景色は、森。

森の中の廃墟に連れてこられたようだ。

毛布から出て廃墟を見回していると、おそらくドアがあったであろう場所に、なにか葉で包まれた塊がおいてある。見てみると、


『出てまっすぐ進めば川がある。川沿いに下れ。町に続く道に出られる。』


と書かれている古い紙、そして包みの中にはパンが入っていた。


魔物から助けてくれた命の恩人が、寝床に朝食まで用意してくれた…?

どこまでいい人なの…?


その文章をなんども見てインクを眺めていると、じわ、とインクが赤黒くきらめいた。

そして、いきなり紙が燃え出した。


「うわ!え?!え、ちょ、まっ」


騒いで手を離す。紙は落ちることなく空中でとどまり、端からどんどん焼けていく。

まるで、『もう書かれたことは覚えただろう』と言いたげだ。


完全に燃え尽きて、灰も残らず消えてしまった。

呆然と宙を眺めても、今更どうしようもない。とりあえず包みの中のパンを取り出して、恐る恐る口へ運んだ。

パンは固くボソボソとしていて、大した味もなく、おいしくはなかった。


この世界に生まれて、両親とミシェル以外に、私に優しい人間はいなかった。

両親の友人からは、私を拾ったせいで両親がつらい目にあうと思われていたみたいだし、町の人からは厄介者だと思われていた。

黒魔力持ちだって知った上で、こんなに親切にしてもらえたことなんてなかった。


「かたい、まずい、パッサパサしてる…」


目頭がぐぅっと熱くなって、涙が溢れてくる。

私が黒魔力持ちだって知った上で、私のためにここまでしてくれる他人がいる、その優しさが涙腺を刺激してしまう。


なにかお礼がしたい。でも、お礼がしたいといっても、私は何も持っていない。

出来ることも少ないし、人が喜ぶものも持っていない。

そうだ、タルブに行って美味しいパンを買って、あの人にお届けできないだろうか。

この廃墟に置いておけば、もしかしたら見に来てくれるかもしれない。

夜になる前に森から出ればいいんだし。


パンを食べ終わって、毛布を畳んで廃墟を出た。本当は感謝の言葉を書置きしておきたかったけど、今私は紙とペンを持っていない。

仕方なく書かれていたとおりにまっすぐ進むと、川に出た。水を飲んで、顔を洗って、下流に向かって歩く。

朝の川の水は冷たくて、泣いて熱くなった目や頬を冷やしてくれる。


しばらく歩くと、突然、遠くでパチンと音がした気がした。なにかがショートしたような音だ。

あわてて振り返って見た景色は、一見普通の森で、でもさっきまでの川沿いの道と違う…気がする。

…気のせい、かな…


考えても見つめてもなにもわからない。時間は有限だ。もやもやしたまま川沿いを進むと、本当に森を抜けて道に出られた。小さな川はそのままどこかへ続いていて、上に橋がかかっている。


両親の庇護下から出てどうやってやっていけばいいんだろう、と思っていたけど、いざ出てみたら、あんなに親切な人がいた。

この世も捨てたもんじゃないのかもしれない。

気持ちが上向きになったところで、町に入った。


そんなに大きな町ではなく、普通の集落といった感じだ。

商店はあるけれど、宿はどこだろう?

近くを歩いている人に聞いてみよう。


「あのーすみません、この町に宿はありますか?あと、書店は…ないですかね…」


「ん?小さいのに旅人かね、ようこそタルブへ!

っていっても、この町そんなに大きくないからね。宿はないんだ。」


「え!宿ないんですか?!」


「ああ、誰かに泊めてもらえるよう交渉するか、この先の町へ行くしかないな。旅人なんて滅多に来ないからなあ。

書店もないよ、もっと首都に近い町へ行かないと。」


「そう、ですか…」


煙たがられて苛められるから、勉強もまともにできなかったし、家にこもりがちだった。つまり無知だ。そうだよね、宿がないケースもあるよね…。世間知らずすぎた…。


「あの、じゃあ、パンを売っている場所ってあります?」


「パン?あるぞ、そこだ」


男性が指した先には、小さな露店があった。


「ありがとうございます!あ、あと、あの、ここにくるのに森があったんですけど」


「ああ、ワーズのことか」


「ワーズ?」


「ワーズの森って呼ばれてるんだ、正式名称かは知らんが。ただあそこは魔物が多いからな、気をつけないと」


「ああ、そうなんですね…え、じゃあ森に住んでいる人とかっていませんか?」


すると男性は、奇妙なものを見る顔をした。


「あの森に?いるわけないだろ、ワーズには大した実りもないし大型の動物も出るんだ。

まあ、奥まで行けばあるかもしれないが…森をずっーと進めば隣国まで続いているらしいからな。

そもそも森に住もうだなんて奴、よっぽどの事情がない限りいないだろう。」


「そう、ですか…」


昨日は切羽詰っていてあまり深く考えなかったけど、よく考えたらあの時間に森に人がいるのは違和感がある。

というか違和感しかない。

せめて、変わり者が住んでいる、とかいう情報があればよかったんだけど…この様子だと有り得ないだろう。

夜の森にめっちゃ強力な魔力持ちっぽい人影がいたんですけど、心当たりあります?なんて聞いたら、即不審者扱いだ。聞けない。


でも…あの人に命を助けてもらった。私に危害を加えたりしてない。それに、一晩寝かせてくれた。たぶん強制的に気絶させられたんだろうけど。

あの美味しくないパンも、道案内も、全部すごく、うれしかった。


宿も書店もないなら、次の町へ行くしかない。でも、その前にやっぱりお礼がしたい。


「色々ありがとうございました!一応聞くんですけど、僕を泊めてくれそうな人、います?」


「あーさすがに顔見知りじゃないやつを泊める人はいないだろうなあ、ほら、魔物も人に化けたりするだろ?

あ、坊主がそうだって言ってるんじゃないぞ?ただなあ、警戒はしないと。だから悪いな。」


「いいえ、気にしないでください!当たり前だと思います。」


ですよねー。知ってる。…両親は、他の町から来た人を気軽に泊めてしまっていたけど。

あれは特殊な例だ。あの人たちがお人よしすぎるのだ。


もう一度お礼を言って、露店に向かった。

露店はいかにも長く営業しているといった使い込まれた棚や雨よけがついている。

店主だろう女性は、見た目的には30歳くらいだろうか?

ちなみにオルレーヌは、というかこの世界は、まだ技術が発展していないころのヨーロッパに近く、いかにもファンタジーな景観・人々だけど、平均寿命は日本と変わらず長生きだ。

妖精あたりに力を貸してもらった人なんて、120歳くらいまでは軽く生きている。


「おはよーございます、この店で一番やわらくて美味しいパンください!」


「いらっしゃい!やわらかくて美味しいパン、これなんかどうだい?」


「じゃーそれ二つ!」


焼きたてなのか、ふかふかとやわらかそうな大きなパン。それを二つ包んでもらった。


「子供が一人旅?わけありかい?」


「いえ、好奇心ですよー」


「そうかい、でも親御さん心配するだろ。」


「はい、すごく心配してました。だから、ほどほどで帰るつもりです!」


「そうしてやんな!」


私が黒の魔力持ちじゃなければなあ。可愛いミシェルと一緒にあの家で、まったり異世界生活を楽しんでたんだろうなあ。

絶対叶わないのに、やっぱりあこがれてしまう。


パンを持って、タルブの町を元来た道の方へ戻っていく。

町を出てもう一度森を見上げた。

立派な木々が、拒むように揺れている。


魔物が多く出る森だとは知らなかった。それに、森に住んでいる人がいないなら、あの恩人は森にたまたま来た人なのかもしれない。

強いから夜の森でも平気だっただけ、とか。

戻ったところで会えないかもしれない。けど、お礼もしないまま次の町へ行くのってものすごく失礼だと思う。

だから、パンをあの廃墟に置いていくだけ。それだけなら急げばギリギリ日中ですむだろう。


パンを持ったまま森へ入り、川の上流に向かって川沿いを進む。

が、いくら歩いても、廃墟のある獣道に出てくれない。


「あ、あれ、おかしい、な…?」


森に入ったのは昼前だったのに、もう日が傾き始める直前といった感じだ。

戻る時間を考えると、宿もないし、悠長にしていられない。

午後になる前に終わらせたかったのに、なんで着かないの…?


さすがに長時間歩きすぎて疲れた。森は足元も悪いし、体力を使うのだ。

川辺に腰をおろし、二つ買ったパンのひとつを口に運ぶ。

二つとも渡そうと思ったけれど、これはちょっと無理。おなかすいた。ひとつください。


「あ、ふわふわでおいしー!」


パンは柔らかくてふわふわしていて、とても美味しかった。


さて、どうしよう。さすがに戻らないと、まずい気がする。

でもここまで来て今更戻るって、ただ一日を無駄にしただけなのでは?

ほんっとうに申し訳ないけど、もしあの毛布一式がまだ残っているなら、借りたい。そこで寝たい。宿無しだし、次の町までの道のりをタルブの人に聞いてない。めちゃくちゃ遠かったらどう考えてもまた野宿だ。


考えなしだったことに気づいて、焦燥感で冷や汗がじわりと背を伝う。

このまま夜になったら、またあの犬っぽい魔物に襲われるかもしれない。さすがにもう一度あの恩人が来てくれると思えない。


詰んだ。


日が傾いているのを見上げて、遠い目をした。


後先考えず、とりあえずやってみる!の精神で突き進む主人公なので、トラブルが絶えません。

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