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ワーズの森へ2

森はなかなかじめっとしている。湿気が気持ち悪い、ちょっと薄暗い森だ。

しかもこの森はとても大きい。この国はまだ未開の地が多くて、森と人里の割合がとんとん、もしかしたら森のほうが面積広いかもしれないという状態だから、この森がとても大きいのだってある意味納得はいくけど…


「なんだよここ、富士の樹海かよぉ…うええ…」


虫とかワンサカいたらどうしよう…虫きらいなんだよね、魔法で消し飛ばしていいのかな…でも出力ミスって木とか焼いちゃったらどうしよう…討伐隊来ちゃうよね…やってることがもう完全に魔物だもんね…


なぜ富士の樹海と言い出したかというと、見事に迷ったからである。

方位磁石を持っていない、よく考えたら移動のことを考えて荷物軽量化のため食料もそんなに持ってきていない。山で過ごすための準備が一切出来てないのだ。


詰んだ。


父さん、母さん、ミシェル、町田家の方の家族、ごめん。今世でもまたサクっと早死するかもしれない。私、森から出られる気がしない。


ひとまず水辺を探したほうがいいのかな。でも水辺って動物や魔物が出るんじゃないかな…

途方にくれて、近くの木を背に座り込んだ。

じわり、土の湿気が服にしみてくる。その不快感、冷たさが、憂鬱に拍車をかける。


なんでだろう。

町田瑠音には戻れなくて、ルネになってシフマン夫婦に拾われて、この優しい両親と生きていこうと思ったら黒い魔力持ちで。

せっかくの異世界、せっかくの魔法の世界なのに、私いいことなさすぎじゃないかな…


瑠音のときだってそうだった。二次元に貢ぎまくって人生を謳歌していたけど、アニメグッズを作っている会社に勤めたいと思っていろいろ考えていた矢先に死んだ。

今回もそう、魔法を思う存分使ってみたいと思った矢先にこれ。

なにかやりたいことを見つけたら死ぬとか、そういった呪いでもかかってるのかな?

いやでも今回はただの不注意、家を出たいがあまりに見切り発車しすぎたのが原因だもんね…誰のせいでもないよね…


このまま朝まで待って、朝になったらまた森を歩いてみよう。道に出られたら町を目指そう。

くよくよしていたってしょうがないし、状況が変わらないならせめて、気持ちだけでも明るくいよう。

ルネ・シフマンはいつも俯いていたけど、元々の瑠音は明るい性格だったんだから。


木を背に座り込んで、そんなことを考えながらぼうっと暗い空を見ていたときだった。

ふと、背後に嫌な気配を感じた。


ねっとりとした悪意、のような。後ろに絶対なにかある、そういった直感のようなもの。

それでも振り返るしかなくて、おそるおそる首を動かすと、背後…まだかすかに見えるくらいの位置に、黒い犬のようなものがいるのが見えた。

目だけが、真っ赤に光っている。

それも複数。


ぞ、っと、全身を包み込むような恐怖がせりあがってくる。

目が合った、と直感した瞬間、その黒い犬のようなものが駆けてきた。


逃げなくちゃ、逃げなくちゃ!


でも座り込んでいたせいですぐに立ち上がれない。いやちがう、足が動かないのだ。恐怖で、目がそらせない。

駆けてきたその魔物は、赤い目に感情ひとつ宿っていない、ただ禍々しいものだということだけがわかる、そういった存在だった。


甘かった。甘すぎた。魔物なら倒せるなんて、どうして思ったんだろう。


よく考えたら命を奪ったことがないのだ。

たとえ魔物でも、使ったことがほとんどない魔法をとっさに打ち込むなんて、できるわけないじゃないか。


ぐるる、と、低いうなり声が、嫌に過敏に耳に入る。


いちかばちか、だ。

たとえ討伐隊が来たってしょうがない。絶対ルネ・シフマンと名乗らなければ、きっと両親まで飛び火しないだろう。

使ったこともそんなにない魔法だけど、人生の最後に華々しく一発使ってみよう。


なんてあきらめ8割で、手のひらを魔物に向けた。


魔力自体は3歳くらいからの付き合いだ。体に当たり前のように流れている。

それを、ただなんのひねりもなく、目の前の魔物にぶつけるようイメージして放った。


当たり前だけれど黒い魔力なので綺麗な発光なんかもなく、ただなにか魔力の塊が目の前の魔物に向かって飛んでいった。

魔物は、きゃぅん、と、想像以上にかわいらしい鳴き声をあげた。

なんとか退けた…?

が、そんなに甘くないのが現実。

確かに一体動かなくなった。が、複数いるのだ。完全に取り囲まれている。


同じくらいの威力で一体ずつに放ったところで、その隙にどれかの個体に噛まれてしまうだろう。

かといって一掃出来る手段も思いつかない。


「だれか」


つぶやいた言葉になんの意味もない。

異世界ファンタジーはゲームや本だからいいのだ。現実になると危険すぎる。

私には向いてない。

せめて、痛みなく死ねますように。

そう思って目を閉じかけたときだった。


またも、全身がぶわっとあわ立つような、強烈な存在を上から感じた。

犬の魔物もこぞって上を見ている。

私も上を見ると、どういう理論でそこにいるのかはわからないけど、空中にふわりと浮いた人影が、あった。

大して明るくもない月明かりでおぼろげに照らされた人影だ。


暗くてきちんと見えないけど、簡素な服を着ている、ように見える。

その上に長い黒っぽいローブかなにかを纏っている、そんなシルエット。

でも、風がふわりとふいてローブのフードがめくれたとき、その下には髪の隙間から羊のような角が生えているのが見えた。

空中に角生えた人が立っている。犬の魔物は、私を見もせず、その人影に向かって警戒するような唸り声を上げていた。


「お前、助けてほしいか?」


一言、その人影は言った。

その声は思ったより若い、男性…だと思う、透き通った声だった。


「助けてください!」


正直この人影も魔物な気がしないでもないが、ここで『あ、大丈夫ですー』って言っても死ぬだけなのだ。助けてくれるというのであれば、是が非でもお願いしたい。


私が即座に返答すると、その人影は私のすぐそばにゆっくり下りてきた。

周りの魔物たちが離れていく。


「私が近くにいれば、手は出してこない。

さて、なんで夜の森に子供が迷い込んでいるんだ?」


背は175センチくらいに見える。もし男性なら、この国にしては大きくはない。

フードをかぶりなおしてローブもしっかり口元を隠してしまったのでよく顔は見えないけど、わずかに見える目は赤い。光っているように見える。

もしかして認識阻害の魔法でも使っているのかもしれない、隠れている部分を推し量ることが出来ない。


やっぱり声は不思議な感じで、若い男性のように聞こえる。いや、日本感覚でいうと、若い男性キャラを演じる女性声優さんの声みたいな…


前の世界で推しだったキャラクターたちの声は、わりと中性的な声が多かった。

男性役をやる女性声優さんも大好きだった。

あの頃へ帰りたい。切実に。


「…恐怖で声が出ないか」


私が盛大に現実逃避していると、それが恐怖で声が出ないと解釈されてしまったらしい。

あわてて立ち上がって、頭を下げた。


「あの、助けてくれてありがとうございます!」


ちらっとこちらを見た。やっぱり目は赤いけれど、それ以外の特徴がぜんぜん見えない。

さっき角が見えたと思ったのは気のせい…?


「迷ったか。この森で。」


「えっと…迷ったのは確かなんですけど…」


「何しに入った。」


「…えっとお…」


人より魔物の方がマシじゃね?って思って野宿しに森に入りました!

いうて魔物思ったより強くて無理でした!群れとか想定外でした!サーセン!

って素直に言ったら、確実にアホ扱いされる。

初対面で舐められると碌なことにならない、ということを私は知っている。少し見栄を張りたいけど…でもどういえばそれっぽい理由が思いつくんだろう。言い訳ひとつ浮かばない。


「言いづらい理由でもあるのか。

罪人か…口減らしに捨てられたか…それとも、何かを探しに来たか。

素直に言った方が身のためだ。」


「アッハイ、あのちがくて、僕はその、野宿しに森へ入ったら迷ってしまっただけでして…!」


「…ほう?」


ものすごーく奇怪なものを見るような目を向けられた。悲しい。


ごまかそうと思った矢先に、近寄っただけで魔物が逃げていくような人が、『素直に言った方が身のためだ』なんて言うんだ。それは、嘘をつくならお前を見殺しにする、もしくは嘘をついたところで全部見抜けるから無駄、と言われたようなものでは…?

だから仕方なく正直に話したのに、なんでそんな顔をするんだ…いや、するか…


「えっと…町を…タルブっていう町を目指して歩いてて…日暮れまでに宿取れないと高くつくから、日暮れまでにタルブに着かないなら野宿しようと思って…人に襲われたくないから、森に…という…」


私がしどろもどろに説明すると、魔物っぽい人は、すう、っと目を細めた。


「黒いな」


「…え?」


「魔力。黒いだろう。」


とっさに距離をとった。

そうか、私が苦し紛れに放った魔力を見られたんだ。まずい。

この人が普通の人だったら、なにかされるかもしれない…!


「別になにもしない。離れると魔物がよってくるぞ、近くにいろ。」


「…」


確かに周囲を見てみたらまだ魔物たちの赤い目が見える。

渋々、近くに戻った。

よく考えたらこの人が普通の人なわけがないし。


「僕は黒魔力持ちだけど、なにも悪いことしてないです…。」


「人に知られたくないから森に入ったのか。」


「…まあそうですけど…」


なんだろうこの、尋問的な流れ。

普通、危ないところだったねーって感じで森の入り口までつれていってくれたりしない?こういう展開ならさ。情けがほしい。切実に。

いや、助けてくれたのは本当にありがたかったけど!


「黒魔力持ちっていじめられるじゃないですか。僕、今いろいろあって家を出たところでして。人に襲われたら魔法打ち込むしか自衛手段ないんですけど、そしたら黒魔力持ちってバレちゃって色々困るんで。それで…」


「森で、なんの準備もなく、一晩明かせると?」


「うっ…その…人より魔物の方がマシかなって…」


また、目がすうっと細くなった。じっと見られて、全部見透かされているようで落ち着かない。


「怪我はないな。それに古傷もない。…欠損もない、どうやって生きてきた。」


「え?ああ…引き取ってくれた夫妻に守られて生きてきました。」


「酔狂な夫妻だな。」


「ん…まあ、人がよすぎて心配になるくらい、いい人だったので。

だから、これ以上迷惑かけたくなくて飛び出してきたんです。」


「無策でか。」


「…僕、魔力持ちだし、なんとかなるかなって…」


なんで古傷がないってわかったんだろう。腕も足も服に隠れていて、出ているのは顔まわりと首、手首から下だけなのに。

まさか透視魔法とか?!だとしたら全裸見られたようなものなのでは…?!

男装がバレてしまう…!


「見ていない。」


「え」


「それだけ考えが顔に出るのに、どうやって生きてきたのかと思ったら…守られて、か。」


長いため息をつかれた。

…もしかして心を読む能力でも持っているんだろうか…だとしたらもう色々手遅れなんだけど…魔法道具の効果ってどこまで適用されるんだろう…

でも少なくとも嘘は何もついてないし、『身のためだ』発言には引っかかってないよね?


「魔力持ちだからなんとかなる、って思ったけど、魔物退治できるほど魔法使えるわけじゃなくて、っていうか魔法全然知らなくて、だから本当に助かりました。ありがとうございました!

それでですね、この森を出たいんですけど、どっちの方角に行けば町が近いですか?」


「…森を出てどうするつもりだ。」


「え、まあ適当に道の隅とかで一晩すごして、タルブっていう町にとりあえず行きます。

僕、魔法の勉強を最優先でしていきたいので。身を守れるすべと、生活するのに必要な金を稼がないと、生きていけないので。まず町に…と。」


また長いため息をひとつ吐いた。

なんでこんなに呆れられているんだろう。いや、呆れはすると思うけど…

でもやっぱりそれ以外手はないと思う。今からどうにかできる気がしないし…

こうなったのは、両親に無理なく進めといわれたのに、いけるだろうと思って前の町で宿を借りなかった自分の落ち度でしかない。でもそれを言ってもいまさらだし…

と、考え込んでいると。


「恨むなよ」


いきなり隣からそう聞こえて、え?と思って横を向こうとした。

したのだが、ぐらり、と意識がゆれた。

視界がぼやけて、遠くでドサっと音が聞こえた。ぼけた視界には、何故か草がうつっている。あれ、倒れている…?じゃあドサって音は私から…?いつの間に…?

ふわり、浮遊感。体が持ち上げられた。誰に?それは一人しかいない。

そこまでで意識が途切れた。


逆境に置かれていますが、ルネは基本的に能天気で明るく前向きな楽天家です。

滅多に落ち込みません

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