旅に出たいと思います!
ルネ・シフマン、15歳。成人するまであと3年、人並みの身長に人並みの容姿を持った、パッと見普通の女、それが私だ。
まあ、現在男装しているけど。
「ルネ、本当に出て行くの?メールを出たことないでしょう…?やっぱり危ないわ…」
「今からでも考えなおしてみないか?」
そう言って、心から心配そうに見つめてくる男女…今の私の両親。
両親とはいえ、二人と私は血はつながっていない。
二人は晴れた空のような優しい色の髪をしている。目も綺麗な透き通る青。
私は黒い髪に斑に変な色が入っていて、真っ赤な瞳。
「おねちゃ、いってらっしゃ?」
拙い言葉、したったらずな声で可愛く見送りをしてくれるのが、弟のミシェル。
こちらも綺麗な晴天の空の色をしている。瞳は薄い昼空の色。
「うん、やっぱり私はもっと世界を見てみたいよ。
大丈夫、私は魔力持ちだし。力はものすごく強いから。きっと絶対誰にも負けない、少なくともそこらの暴漢や小さい魔物になら余裕で勝てるはずだよ。
……だから、ごめんね。行ってきます。」
優しい二人のことだから、最後にきっと引き止めると思っていた。
だから、予めどう言うか決めていた。
スラスラと断り文句を言う私に、両親は悲しい表情を浮かべる。弟のミシェルだけ、なにもわかってない顔で見上げてくる。
きっと両親はなんで私が出て行くのか、本当の理由を知らない。
一生言うつもりもないし、もう家に戻るつもりもない。
この優しい両親を、可愛い弟を、これ以上『他人』の私のせいで傷つけたくないからだ。
私は赤ちゃんの頃に、このメールという町の近くの道端に、籠に入れられたまま捨てられていたらしい。
それをたまたま見つけてしまったこの両親に引き取られた。
当時の二人はまだ結婚したばかり、しかも若い結婚だったため、もちろん私を引き取ることを周囲は反対していた。
それでも捨て置けないと、慈愛の塊みたいなこの二人は、引き取ってしまった。
黒髪赤目で明らかに血が繋がっていないのに、実の娘のように可愛がってくれた。
きっと両親は、私が引き取られた子だと確信しているなんて、気づいていないだろう。
両親は「先祖に黒髪がいるから、隔世遺伝よ」と言ってくれた。
この二人は本当に人がいいのだ。いい人過ぎて騙されてしまわないか心配でしょうがないほどに。
だから、この町の中にわざわざ『お前は拾われ子だ』と教えてくる人間がいるとも思っていない。
…まあ、私が拾われ子だと知ったのは、周囲の人が教えたからではないけど。
血が繋がっていない、それだけならよかった。
別に血がつながってなくたって、両親は私を娘だと思っているし、私だって大切な恩人だと思っている。
でも、私の体質があまりに悪かった。
私が黒い魔力持ちだったのだ。
黒い魔力を持つ人間はとても珍しく、不吉なもの、魔物扱いされて迫害される。
別に髪色が黒くても青い魔力の者もいるし、両親は髪や目は青だけれど魔力はない。
ちなみにミシェルも今のところ魔力なしだ。母の血筋に魔力持ちがいるらしいから、そのうち魔力が出るかもしれないけど。
魔力なしの夫婦に引き取ってもらい、育ててもらった娘が、実は迫害対象の黒魔力持ちでした、ということは…つまり家族ぐるみで迫害対象になったということだ。
それでも元々人徳があった両親は、なんとか生活できていた。
心無い言葉を吐かれても、石を投げられたって、二人には守ってくれる友人たちがいたから。
両親は私を捨てることも閉じ込めることもせず、そのまま、魔力なんて関係ないと言わんばかりに、大事に育ててくれた。
暴力を振るわれそうになっても両親が守ってくれたから、15歳までのうのうと生きてこられたのだ。
でも、弟が生まれた。
弟はこの優しい両親の血を引いていて、私を抜いたこの三人が本当の家族だと、見るたびに思い知らされた。
全員同じ、透き通る空の色をした家族だ。
私がそばにいることに、強い違和感を覚えた。今まで以上に引け目を感じてしまった。
ミシェルもこのままだと迫害されてしまうかもしれない。そんなのは絶対嫌だ。
幸い、私には無駄に魔力がある。この魔力があればそうそう危ない目には合わないだろう。
だから私は、ミシェルが生まれた瞬間、家を出ることを決めたのだ。
そこから両親を説得して、言われた目標額の旅の頭金をためて、ようやく今門出の時というわけだ。
両親を両親と思えない引け目も、家を出る決意の後押しになった。
なぜ思えないかというと、それは別に血が繋がっていないから、という理由ではない。
私は、ルネ・シフマンである前に、町田瑠音だからだ。
町田瑠音は東京生まれの東京育ちだった。
重度の二次元オタで、三次元は管轄外だった。舞台俳優さんに落ちた友人を尻目に、ひたすら二次オタに専念していた。
大学生で、バイトで稼いだ金をゲームや漫画に全力でつぎ込んでいた。
主に異世界ファンタジーものが好きで、もう剣とか最高!かっこいいの大好き!魔法とかめっちゃあこがれるやん!と、異世界モノばかり買い集めて楽しんでいた。
どちらかといえばヒールキャラが好きで、王道の勇者っぽいのとかチート魔法使いよりはちょっと悪いキャラが大好物だった。
たとえば王族系のドロドロファンタジーでの眼鏡参謀腹黒お兄さん。
たとえば隣国の王様にして戦争相手。
たとえば前半は友人として出ていたのに実はラスボスだった人懐っこい青年。
でも一番好きになりやすいのが、魔王キャラだった。
不器用なやさしさがあって、でも魔王だからそれを表に出せないーとか、もしくは感情が凍りついているだけで実はいい人―とか、そういう魔王キャラが好きだった。
世界征服するぞ!この世は全て俺のもの!というタイプも好きだった。
最終的に討伐されちゃったりするけれど、その死に際も結構好きだった。
やさしい明るいタイプの主人公寄りのキャラより、重い過去だったりつらい何かを背負っているのに最後にチラっとそれが出るだけで細かい描写なくサラっと流されるような、そういったキャラが大好きだった。
悪役好きと、不憫萌え、そしてメインキャラに惹かれないタイプの趣味があった。
だって悪役って最後は大抵負けるでしょう?
主人公側の陣営だと、死ぬ間際や敗れたあとの結末までは楽しめないでしょう?
悪役側で一本お話作れそうなくらいの過去があるのに、ほんっとうに微かにしか出ないでしょう?
そういうのを想像で補間するのが大好きなのだ。
異世界ファンタジー系は夢があって大好き。二次創作も大好きな私としては、もうなんでもありの世界観が大好きなのだ。
私が手当たり次第読んでいたファンタジーモノには、バトルものから恋愛ものまで含め、異世界転生モノもすごく多かった。
実際異世界転生なんてあるわけないとは思っていたが、それでも、現実の今ここにいる自分と同じような知識を有したキャラが異世界に行ったら、という、『もしも』の話の魅力が詰まっているように思う。
『自分がこのキャラと同じ状況だったら』と考えて楽しめるのも魅力だよね。
でもまさかそれが自分におきるとは思っていなかった。創作物では散々読んだが、まさか自分がそうなるとは微塵も思っていなかったのだ。
つまり、いざ自分が死んで、気がついたら、お見事!まるで小説のように見事に異世界転生していたってわけだ。
前の世界での最後の記憶はおぼろげで死因はハッキリとしないけれど、何かしらの事故だったと思う。最後に一緒に歩いていた友人の声を聞きながら、『ああ、死ぬのか、思ったより痛みがなくてよかった…』って思ったのを覚えているから。
泣きそうな必死な声で、『瑠音!瑠音!』と呼ばれて、ごめんね、こたえられない、って思ったことも少しだけ覚えている。
異世界転生に気づいたのは、この世界の人間としての自我が芽生える前。
年齢にして一歳に満たないころ。
寝かされながら天井をおぼろげに見ているときに、両親に『ルネ』と優しく声をかけられて気がついた。
そうだ、私は瑠音だ、と。
その瞬間するすると記憶が戻って、そして自分の体が幼児になっていること、両親が瑠音の両親じゃないこと、視覚情報からヨーロッパ風のものが多いこと、両親の髪色が青で現実味がないこと、顔立ちが日本人ではなさそうなことからして、導きだした結論はひとつ。
あれ?これ異世界転生じゃね?
である。
そんなだから、理解できてしまった。
見た目は赤ちゃんでも、中身は20年生きている意識が入っているから。
もちろん赤ちゃんは脳の機能が未熟で、きちんと理解できたのは5歳くらいからだけど。
私を見ながら、困ったような顔をした男女は、こう言った。
「籠に入れて道端に子供を捨てるなんて、酷い大人もいたもんだ。」
「なにか事情があるんでしょうけど、かわいそうだわ…籠に「ルネ」と書かれていたわ、この子の名前かしら。」
赤子相手に聞かれたって問題ないのが普通だけど、私は違った。しっかり聞いて意味も理解できてしまった。
そんな捨てられていた赤子を引き取って育ててくれた優しい優しい両親は、私が15歳になった今も、一度だって私を拾われ子だと教えたことはない。
でも聞いちゃったんだよね。そんでそれをしっかり覚えちゃってるってわけで。
というわけで。
前世名、町田瑠音。今世ではルネ・シフマン。
まったく後先考えず、家を出ます。
書き溜めているので、しばらくは定期的に更新します。
頭からっぽにしてふわっと読める異世界モノにしたいです。気に入ったら評価とかしてください!よろしくお願いします!