初陣6
2020/12/10
色々加筆修正しました。
チャーリー小隊は友軍と合流するため、陣地のある山頂へ北側から登っていた。既に友軍へは敵部隊の排除を完了していること、“普通の人間に見えない”兵士がいることは無線で連絡済みだ。
誤射を避けるため、武器使用をディセーブルに変更した≪タロス≫と≪バーロウ≫が粛々と山を登っていく。数十分後、陣地から撤収する準備をしている友軍と合流した。
敵に包囲されるという極限状態から脱し、安堵の表情を浮かべる友軍兵士達の目が、≪タロス≫と≪バーロウ≫に釘付けになる。
先頭を歩く≪タロス≫の元に、若い兵士を引き連れた壮年の士官が歩み寄る。表情からは疲れが滲み出ているものの、足取りはしっかりしていた。
『統合機動部隊、陸戦連隊の久滋龍一少尉であります』
龍一は≪タロス≫のスピーカー越しにそう言うと、敬礼をさせた。
「第十二師団、第二大隊の九鬼康宏少佐だ。救援に感謝する」
康宏は≪タロス≫を見上げながら敬礼を返すと、そのまま右手を差し出す。握手をしようとしているのは明らかだが、≪タロス≫は敬礼を解いて腕を下ろしたまま動かない。訝しげな表情を浮かべる康宏。
『少々お待ちを……』
「?」
まさか人間のように対応されるとは思っていなかった龍一は、慌てて直接操作モードに切り替える。
『……お待たせしました。この機体は遠隔操縦でして……。あ、握手するためには、設定を切り替える必要があったのです……』
龍一はそう言うと、九鬼少佐の手を軽く握る。
「ああ、そういうことか」
理解した九鬼少佐は、笑いながら右手を下ろすと、今度は興味深げに≪タロス≫に近寄りベタベタと触り始めた。
『あの……、少佐。国道の敵も排除しましたので、準備が出来次第、下山していただきたいのですが……?』
困惑しきった龍一の声が、≪タロス≫のスピーカーからこぼれた。
負傷した友軍兵士と遺体は、空荷の≪バーロウ≫に載せ、残った装備は≪タロス≫に持たせ、友軍部隊とチャーリー小隊は下山する。一度では全て運びきれない為、≪バーロウ≫と≪タロス≫は数回往復し、山頂の陣地からの撤収は完了した。
国道には前進してきた戦車小隊と共に多くトラックやバスも待機しており、輸送準備が整っていた。焼け焦げた敵車両は道路脇へとよけられ、走行には支障がない。
まずは負傷兵を収容したトラックが出発、次々と北上していった。続いて友軍を逃がすため、その身を楯とした兵士達の亡骸を載せたトラックもまた、周囲の敬礼に見送られて発車していく。
最後に、救助された無事な兵士達がトラックやバスに乗り込む。例外なく疲労の色は濃いが、絶望の淵から救われて気力は幾分回復しており、粛々と撤収作業が進んでいく。ある者は生還出来る喜びに頬を緩ませ、またある者は仲間達と冗談を言い合い、そして肩を震わせ涙する者もいた。
「俺たち、生きているんだな……」
バスの窓から海を見つめていた若い兵士が、ポツリと呟く。つい先程までは、死を覚悟していたのだ。
ふとポケットから、所々土が付いて汚れている紙を取りだす。それは塹壕内でしたためていた遺書であった。内容は両親と弟、そして婚約者に宛ててのものだ。届けることが出来ないと分かっていても、書かずにはいられなかった想い。それを自分の口から伝えることが出来る幸運に、思わず胸が詰まる。改めて読み直しているうちに、若い兵士の頬を涙が伝っていた。
兵士の収容が終わった車列は、由良市近郊の基地への帰途に就く。
春の夕暮れは早い。出撃時は曇っていた空もいつしか晴れ渡り、西日でオレンジ色に染まっている。九五式多脚指揮車から、バッテリー交換が終わった≪カワセミ≫が飛び立つ。
アルファ、デルタ小隊は予定通り第二山岳大隊を攻撃し南に押し返すと、ブラボー、エコー小隊と合流し北上を阻止していた。
国道から撤退した部隊によって、敵旅団の司令部にはグリフォン中隊の存在が知れ渡っていた。この得体の知れない敵に対して戦闘ヘリと攻撃機の編隊が出撃したが、由良基地から迎撃のため出撃した≪F-33≫戦闘攻撃機によって一発のミサイル、一発の弾丸を発射する事無く撤退していった。
睨み合いのまま時間が経ち、グリフォン中隊は後退を開始する。救出作戦は無事に終了した。
入れ替わりに、この方面を担当する第四師団の部隊が戦域に入り、警戒と敵兵士の遺体の埋葬を行う。