Aパート 4
白と黄……。
二つの爆圧的な光が膨れ上がった。
物理的な圧力すら伴う閃光同士のせめぎ合いは、数秒に渡って続けられ……。
それが収まった時、そこに対峙していたのは異形の戦士たちである。
「おれは勇者――ブラックホッパー!」
一人は勇者、ブラックホッパー!
「ふ……あらためて名乗ろう。
――我が名は、黄光剣魔ザギ!
魔界の大将軍なり!」
そしてもう一人は、真の姿を露わにしたザギだ。
――黄光剣魔ザギ!
その姿は、異形そのものでありながらも――どこか優美さを感じさせた。
全身は漆黒の被膜に覆われており……。
胸部には白銀の鎧が装着され、肩に至るまでを防護している。
最大の特徴はやはり、鎧の中央部に収まった光球から全身へ血流のように巡らされている黄色の光であろう。
しかもそれは、一本ではない。
――二本だ!
黄色の奔流が二筋、四肢の末端に至るまでを走っているのである!
全身を駆け巡るそれは頭部で格子状に組み合わさっており、騎士の兜じみた形態に変貌したそれの装飾とも角とも取れる様相を呈していた。
右手に握られているのは、先まで振るっていたのと同様の魔剣……。
これを手にした姿は、黄光剣魔の名にふさわしい威容と言えるだろう。
剣魔と勇者……。
二人の戦士が、無言のままに相対する。
「では……」
やがてザギが、先と同様に霞の構えを取り……。
「――ゆくぞっ!」
宿敵の命を刈り取るべく、一息に踏み込んだ!
その鋭さと速度は、人間態時に見せたものとは比べ物にならぬ。
後に残ったのは、ただ黄光の残滓のみである。
「――ルミナス!」
対するホッパーが選んだのは、ルミナスへのフォームチェンジだ。
叫ぶや否や瞬時に形態変化は完了し、青の甲殻と目、そして黄色のマフラーを備えた輝きの魔術師が姿を現す。
その手に出現したのは、姿を変えた聖杖――ルミナスロッド!
「――でいやっ!」
「――ふんっ!」
ザギの剣閃が剛だとするならば、迎え撃つホッパーの杖術は流である。
駆け引きも、フェイントもなく……。
ただ急所だけを狙って放たれた斬撃を突きを、ロッドは円を描くようにやわらかくいなしていく。
両者の攻防は、さながら熟練の舞踏者たちによる舞いのごときであり……。
このような場で抱くべき感想ではないが、一種惚れ惚れとする美しさが存在していた。
ぶつかり合う両者の力量が、恐ろしく高い領域で拮抗しているからこそ生まれうる光景である。
「――はあっ!」
「――むうっ!」
そしてホッパーも、ただ防戦一方というわけではない。
上段を防げば下段から……。
下段を防げば上段から……。
ロッドに弧を描かせ、受け止めいなした斬撃の重みすら利用した返しの一撃を打ち放っていく!
これをザギは、時に刀身で、時には柄頭で防ぎ、それらが追い付かぬ時は華麗に身を翻して回避した。
――互角!
……両者の戦いは、まったくの互角だ!
互いに致命の一撃どころか、かすり傷一つ負わせることすらかなわず、ひたすらに攻めと受けを交換しながら立ち回り続けているのである!
無限に続くかと思われた攻防をさえぎったのは、ドカドカという無数の靴音と金属鎧の鳴る音……そして、騎士団長ヒルダの鋭い言葉であった。
「――勇者殿!」
「――む?」
「――ちいっ!?」
――ガギン!
……という音を打ち鳴らし、舌打ちしたザギが力任せの一撃をロッドに叩き込む。
これまでのような、必殺を期した剣閃ではない。
ただ距離を取るための……言うなれば休戦を告げる一撃だ。
「……ふん」
自身の攻撃を受け止められた反動すら利用した後方跳躍は、数メートルほどにも達する。
十分な間合いを取ったザギは、魔剣を軽く振りながら裏庭への勝手口を見やった。
戦っている間に互いの立ち位置は何度となく入れ替わったが……。
今はホッパーの背に存在するそこからは、騎士団長ヒルダを筆頭に続々と騎士たちが駆けつけて来ていた。
「どうやら、勝負は水入りのようだな……」
言いながら視線を注ぐのは、宿敵たるホッパーではない。
先ほど悲鳴を上げていた侍女と共に、騎士たちに囲まれ守られるヌイの姿であった。
「…………………………」
ザギは数秒、未練がましくそうしていたが……。
やがて、気を取り直したようにホッパーへ目線を向け直す。
「ホッパーよ、この場で決着を付けることはたやすい……。
だが、我らの戦いにはそれにふさわしき舞台があるだろう」
「ならば、どうする……?
舞台を作り観客でも呼び込むか?」
「はっはっは!」
いつぞや、幻影越しにそうしたように……。
軽口を叩いてみせるホッパーの心意気に、あの時と同様笑い声を漏らす。
「それもまた一興ではあるが……。
我らが本気で戦えば、いかに名工を揃えようと耐えられる舞台は作れまいよ」
そしてじろりと、ホッパーのみならずこの場に馳せ参じた騎士全てへ視線を投げた。
「――っ!?」
「――くっ!?」
余人のそれではない……。。
魔人としての本性を露わにした大将軍が、殺気を込めて放った視線なのだ。
身構え、腰を引かせこそしたが……。
気を失う者一人いないのは、賞賛に値する練度であろう。
「今代の戦士たちも、なかなか鍛えられているようだな?
――指揮を執っているのは貴様か?」
「そうだが、なんだ?」
騎士たちの中で、唯一ひるまなかった者――騎士団長ヒルダが、そう言葉を返す。
「見事と言っておこう。
部下たちを鍛える手腕……悲鳴が響くなりただちに頭数を揃え駆けつけた対応力……。
千年前、聖斧を担っていた戦士長にも劣るまいよ」
「……ふん」
大将軍の言葉に虚偽の色は一切存在せず、これは心からのものであることが誰にも分かった。
「これならば、楽しめよう……」
そしてぼそりと、独り言のようにザギはそうつぶやいたのである。
「ではな、ホッパーよ!
……次に会う時こそ、我らが雌雄を決する時になろうぞ!」
言いながらザギが軽く腰を落とし……。
――ザシュリッ!
……という地を蹴る音が、次の瞬間には鳴り響いた。
後に残ったのは、大将軍が全身に駆け巡らせていた黄光の残滓のみであり……。
ホッパーとザギの第一戦は、こうして幕を閉じたのである。