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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第八話『大将軍ザギの挑戦』
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Aパート 3

 ショウという名のこの男……。

 こやつが勇者と呼ばれているのは、何もブラックホッパーへの変身能力を有しているからではない。

 実際に生身で相対した今、ザギはあらためてその事実を噛み締めていた。


 ヌイを背後に隠し、身構えるその姿……。

 勇者の身を中心に渦が巻き、周囲の空間全てが吸引されていくような錯覚を抱く。


 ――視線が!


 ――足運びが!


 ――思惟(しい)が!


 対峙(たいじ)するザギの思考を動きを誘導し、勇者にとって都合の良い結果をもたらせようとしているのだ!

 ザギだからこそ、超感覚じみた直感でそれを察知することもかなうが……。

 並の魔人戦士であったならば、手拍子(てびょうし)で攻撃に転じ――後の先を取られていたことであろう。


 ホッパーだから強いのではない……。

 この男がホッパーだからこそ、強いのだ!


 そしてこの勇者が強いのは、何も受け手のみではあるまい……。

 寸分のスキでも見せたならば、獲物を目にした肉食獣のごとく襲いかかり、ザギの急所を穿(うが)ちにかかるはずだ。


 地面に置かれた細長い包み……。

 ザギの半身そのものとも呼べる品を封じたそれが、今は那由多(なゆた)ほども遠くに見える。


 動くに動けず……。

 勇者とザギ……両者は沈黙を維持したまま、ただ睨み合っていた。

 その間にも、二人の間には殺気が充満し膨れ上がっていき……。


「――ヌイさーん! 遅いようだから、様子を見に来たのだけど!」


 事情を知らぬ王宮侍女の声が届くと同時、ついにそれは爆発した!


「――ふっ!」


 勇者が踏み込み!

 ザギが地面の包みを蹴り上げる!


「――しぃや!」


 同時にザギはそれを掴むと、横なぎに振り抜いた!


「――ぬうっ!」


 これを勇者は、しゃがみ込むことで回避する。

 ただしゃがみ込んだだけではない……。

 まるで、地を這うヘビか、あるいはオオカミか……。

 特殊な歩法を用い、回避運動を成立させながらもザギの懐へと潜り込んできたのだ!


「――ぬん!」


 間合いの内側へ入ると同時に放たれたのは、膝のバネを活かした打ち上げの拳!


「――ぐっ!?」


 それをザギは、左膝を上げることで防いだ。

 防いだ、が、たかが生身で放たれた拳のなんと重いことだろうか……。


 ――鉄拳。


 ……とはよく言ったものだが、こやつのそれは字面(じづら)にたがわぬ代物である。

 おそらくは、板金鎧ですらも貫通することがあたうに違いない。


 盾とした膝どころか、体の芯すらも貫くような衝撃に押され、数歩分も吹き飛ばされる。


「――き」


 この光景を目撃したのだろう……。

 裏庭へと降り立つ勝手口で、先ほど転びそうなところを助けた侍女が青ざめた顔で立ち尽くしていた。


「――きゃあああああっ!?」


 その悲鳴を合図とし、戦いの第二幕が上がった。




--




「今の一撃は見事だったぞ、勇者よ……」


「貴様こそ、よく防いだものだ」


 ゆるりとした動きで包みの封を解くザギへ、素直に賞賛の言葉を贈る。

 実際、今のは千載一遇の好機であり、防がれたのは痛手という他にない。

 立ち合った瞬間から、明らかにザギが意識を向けていたあの包み……。

 中に入っているのは、間違いなく……。


「だが、私がこの剣を抜く以上、貴様には万に一の勝機もないと知るがいい」


 うそぶきながらザギが包みから取り出したのは、見るも禍々(まがまが)しき長剣であった。

 柄ごしらえも鞘も、全てが漆黒に彩られた剣……。

 まだ抜かれてすらいないというのに、その迫力はどうしたことか……。

 こうして注いでいる俺の視線すら、鞘越しに切り刻まれているような錯覚を抱かされるのである。


 それをザギが――抜いた。

 露わとなった刀身を一目見て脳裏に浮かんだ言葉といえば、これは、


 ――魔剣。


 ……この二文字である。

 造りそのものは、王国の騎士らが使うそれと同様の極めて一般的かつ、実用的なものだ。

 だがこれは、到底人の手で生み出せる代物ではあるまい。

 たかが鍛造(たんぞう)物でありながら、見る者の目を惹きつけてやまぬ怪しげな雰囲気と、刃に宿る怪しげなきらめきはまるで剣そのものが意思を持つ邪悪な生命体であるかのようだ。


 そして何よりも、刀身の周囲に揺らめく赤き燐光(りんこう)……!

 魔人から感じられる闇の魔力や、ルミナスへ変じた際に体へみなぎる光の魔力ともまた違う……。

 その燐光(りんこう)から感じられるのは、嘆きであり、悲しみであり、苦痛である。

 人間が抱きうるあらゆる負の情念を、無理矢理に光という形で抽出したかのような……。

 そのような、輝きであるのだ。


 かつて、青銅魔人ブロゴーンと戦い終えた際に幻影越しという形でこの剣を見たことはある。

 だが、実際にこの目で見るそれは、全細胞が相対することを拒否するほどのスゴ味を有していた。


「陛下から授かりし我が剣の切れ味……その身で味わうがいい」


「どうかな……いかな業物と言えど、当たらなければ果物包丁にも劣るぞ?」


「ふっ……」


 この期に及んでなお、口から自然とこぼれ落ちた憎まれ口にザギが薄く笑み、


「――ッ!」


 次の瞬間には、渾身の踏み込みと共にそれを振り抜いた!


「――はあっ!」


 横なぎの銀閃に対し、おれの体は考えるよりも早く反応する。

 咄嗟(とっさ)に選んだ応手は――跳躍!

 おれは宙返りを加えながらザギの剣閃を飛び越え、その後背に降り立った。

 降り立つと同時に放つは――渾身の後ろ回し蹴り!


「――ぬっ!?」


 それをザギは身を翻してかわし――かわしながら、返しの剣閃をひらめかせる。

 不自然な体勢から放たれたその一撃に、腰は入っていない。

 入っていないが、ザギほどの達人が放つそれは十分に致死の鋭さを秘めている!


「――とあっ!」


 これを喰らっては、たまらない。

 おれはまたしても地を蹴り、横転やバク転を加えつつザギから間合いを取った。

 曲芸師じみたこの動きは、ザギの動きから目線を逸らさぬためであり……。

 果たしてザギは、突き出した剣を側頭に寄り添わせた……剣道で言うところの(かすみ)構えとなりながら、ますます笑みを深めていた。


「素晴らしい……素晴らしいぞ勇者よ!」


 その口から、惜しみない賞賛の言葉が贈られる。


「我が剣をかわし、のみならず反撃にまで転ずるとは……それでこそ我が好敵手よ!」


 そしてザギは、剣を下ろした。

 自然体となったその姿は、何も闘争の終了を伝えるものではない。

 なんとなれば、奴の体からは無形(むぎょう)の圧力が放たれているからである。


「そろそろ、お互いに様子見をやめようではないか……ええ?」


 ザギの胸に黄色(おうしょく)の光球が生み出され……。

 同時におれも、内なる力を引き出すための構えを取った。


「変ンンンンン――――――――――身ッ!」

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