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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第八話『大将軍ザギの挑戦』
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Aパート 1

「ご苦労だった。

 いずれ、お前の主が目を覚ましてここへ駆けつけよう……。

 その時まで、ゆるりと休むがよい」


 周囲の者らにならい、業者用の厩舎(きゅうしゃ)荷馬(にうま)を繋ぎ止めてやると、ザギはそうねぎらいの言葉をかけた。


 ――魔界にはいない生き物だが、この馬というのはなかなか良い。


 それがこやつをここまで引き連れて来た上での、率直な感想である。

 おそらく元来は、群れを成して生くる生物なのだろう……。

 突如として主たる中年男を物陰に引き込み、身ぐるみの一切をはいで成り代わったザギを見た当初はさすがに抵抗を示した。

 しかし、強者にのみまとうことを許された武威(ぶい)をわずかに晒し、その上で害する意思がないことを見せれば、後は従順なものである。

 まるで何年も付き添ってきた相棒のように、ザギの意のまま動いてくれた。


 飼い慣らしやすく、キルゴブリン以上の力を持ち、騎乗した状態でもなかなかの走力を見せる……。

 しかも、いざとなれば食用にすることも――いや、これは情が移るので不可能だろう。

 ともかく、人間共が大量に飼育するだけのことはある家畜なのだ。


 ――全ての事が成った暁には、陛下に保護と飼育を進言するのも良いだろう。


 そのようなことを考えながら、てきぱきと次なる行動に移る。

 今のザギは、常の鎧姿ではない。

 それでは目立って仕方がないため、王都の郊外へ密かに降り立つと共に愛用の鎧は隠し、更には業者から奪った衣服へ着替えていた。


 元より、勇者と決着を付けるべく地上へ乗り込んだザギである。

 騎士や勇者との戦いを恐れているわけではない。

 だが、戦端を開く前にどうしてもやっておかねばならぬことがあり、それを遂行するためには密かに行動することが不可欠だったのだ。

 それが故、ルスカの使役するカラスを通じて地上の様子を調べ上げ、綿密な計画を伴ってここに来たのである。


 先の荷馬(にうま)に引かせていた荷車の中から、ろうそくの包みと……そして一際(ひときわ)目を引く細長い包みを取り出す。

 多少不自然な姿になろうとも、こればかりは肌身離すわけにはゆかぬのだ。


 これで、全ての準備は整った。

 事前の調査により、城内の間取りも接触すべき対象がどの辺りにいるかも全て分かっている……。

 迷いなき足取りで、ザギは敵地中枢(ちゅうすう)を歩み出した。




--




 日中のラグネア城内において、商家の使いが往来することは、これは珍しいことではない。

 何しろ、数多くの人間が暮らし働く王国最大の施設なのだ。

 必要とする物資の量も種類も尋常なものではなく、また、それを納めるべき部署や倉庫、物置きも城内各所に分散している。


 かつては、集積場に全てを集めてからいちいち城の者がそれらを城内各所に運んでいた時代もあるのだが、やがてそれは形骸化(けいがいか)していき、今では荷物を搬入した業者が直接これを運ぶようになっていたのである。

 効率化と言えば聞こえはいいが、これはどこの業界にも存在する長い時間を経ての()れ合いと呼ぶべきであろう。


 そのようなわけで、王宮侍女サーシャも普段はいちいち廊下を歩む業者に目を留めたりはしないのだが、この時ばかりは話が違った。

 そうしてしまった理由は、いくつかある。

 一つは、その青年業者がよく見かけられる荷物の他に、やや不自然な細長い包みを持っていたからだろう。

 そして一つは、艶やかな黒髪を女のように伸ばした青年の容姿が、あまりに端麗(たんれい)であったからだろう。

 だが、最大の理由は……青年の一挙一動が、あまりに見事なものだったからである。


 まるで彼の重心から床に向けて、見えざる芯柱(しんばしら)が存在するかのような……。

 ただ歩いているだけであるというのに、ブレも淀みも一切存在しない、絵画じみた美しさがそこに存在するのだ。

 サーシャが知る限り、そんな芸当ができるのは他に勇者イズミ・ショウくらいしかいなかった。


 美しき動きというものは、自然と人の目を惹きつける。

 城内の廊下はにわかな歌劇劇場と化し、突如として姿を現した花形役者に、サーシャのみならず行きがかった騎士や侍女の全てが目を奪われていたのであった。


 不幸だったのは、サーシャと他の者らの間に決定的な違いが存在したことであろう。

 他でもない……両腕に抱える山ほどの洗濯物が収められたカゴである。

 ともすれば、視界をさえぎられかねぬほどの量が収まったそれを抱えながらよそ見をしてしまったのだから、これはいかにサーシャが熟練の王宮侍女とはいえ不覚を取るのも致し方ない……。


「――あっ!?」


 実に情けなく……またはしたない話であるが、足を滑らせ背後に転んでしまったのである。


「――むっ!?」


 青年が声を発したのと、彼の腕が転びゆくサーシャの腰を支えたのは――驚くべきことにほぼ同時のことであった。

 何という、強烈な踏み込みであろうか。

 さほど広くはない廊下の中とはいえ、サーシャと青年の間には数メートルの距離があった。

 それを瞬時にゼロとし、しかもやわらかな毛布にでも抱き留められたかのような優しさでサーシャの腰を支えてみせたのである。


 しかも、驚くべきはそれだけではない。

 青年は踏み込んだ瞬間、手にしていた細長い包みを始めとする荷物を放り投げていた。

 それらは、サーシャの手から放り出された洗濯カゴの上に落ちていき……おお!?

 なんと、青年は右手でサーシャの腰を支えつつ、残る左手で洗濯カゴとその上に落下した自らの荷物をも捕らえてみせたのである。


 これは、単に力持ちであればできるという芸当ではない……。

 重心から何から……自身の肉体を完全に制御している者にのみ可能な、達人技であった。


「あ、あの……その……」


 青年の耽美(たんび)な顔が間近に迫り、サーシャは礼の言葉すら満足に述べられない。


「おケガはないですか……? なら良かった」


 だが、青年は殿方の前で転んだばかりかそれを救われた礼すら述べぬ粗相(そそう)の上塗りに対し、実にさわやかな笑顔でそう述べてみせたのであった。


 ――いけないわサーシャ! いえ、会員サー!


 ――こういった美男子は、同じく美男子とこそ恋に落ちるべきなのよ!


 ――ああでも、まるで物語の主人公(ヒロイン)になったようなときめきを感じてしまうわ!?


 心中で身をよじったサーシャであるが、ふと気がついてみれば……青年の視線はすでに自分へ向けられていない。

 その先にいたのは――自分と同じく洗濯カゴを抱えていた新人侍女、ヌイである。


「あ……」


 ヌイが、他の誰にも見せたことのない表情を見せ……。

 青年もまた、極めて真剣な色をその顔に宿していた。


「お嬢さん……少し、あちらで話ができませんか?」


 もはや眼中にすらない様子でサーシャを立たせ、洗濯カゴを持たせてやった青年がヌイにそう告げる。


「……はい」


 ヌイはそれに、こくりと応じたのであった。


 ――自分は決して、物語の主人公(ヒロイン)になれない。


 本日、王宮侍女サーシャは生涯何度目かの確信を抱くことになったのである。


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