アバンタイトル
――ラグネア城。
レクシア王国の王都と同名の王城であり、王国の行政・軍事両面における最重要拠点である。
王都の中央部で深々とした堀と分厚い城壁を構えるこの城は、堅牢でありながらも洗練された建築物に共通する一種の美しさが備わっており、大神殿と並ぶ王国民の誇りと呼ぶべき存在であった。
だが、この世に短所のなき物など存在はしない。
この王城には、万人が認めるある弱点があったのである。
その弱点とは、他でもない……。
――出入りの窮屈さ。
……であった。
何しろ、空から出入りする竜騎士を除き、出入り口と呼べる場所は城門ただ一か所しかないのだ。
そして、先に述べた通りここは王国の行政・軍事両面における最重要拠点である。
必然として、出入りする人間及び物資の量たるや莫大なものとなった。
それに対して、いかに巨大と言えど城門ただ一か所しか出入り口がないのだから、これは例えるならば年中血栓症を引き起こしている動脈がごとき様相を呈していたのである。
防御能力と利便性……。
両者は常にトレードオフであり、どちらをどれだけ犠牲にするかというのは、古今東西あらゆる築城名人を悩ませてきた難問だ。
ここラグネア城においては、いずれ必ず再来すると予見された魔人族の脅威に備える意味もあり、防御能力に大きく舵を切った設計がなされたのである。
そのようなわけで、日中におけるラグネア城城門は出入りを求める人々が常に列を成しており、勇者ショウに言わせるならばこれは、
――有名テーマパークの人気アトラクション待機列。
……がごとき状態となっていたのであった。
「はい、確認しました。いつもご苦労様です」
「許可証は本日出入り可能な分が発行されています!
締め出される心配はありませんので、落ち着いてお進みください!」
ここを預かる騎士たちが、事前に王都内の役所などで発行されている入場許可証を確認し、時には焦りから列を乱そうとする人々を掣肘していく……。
やや殺気立った様子も感じられるそれは、ラグネア城における日常の光景であった。
「うん……君は見ない顔だが……?」
いかにもベテランといった風格を漂わせる騎士が呼び止めたのは、ろうそくの納入に訪れた業者であった。
食料や飼料を始め、ろうそくなどといった毎日必ず必要となる物資の納入業者には、謁見目的の者などとは異なり恒久的に使用可能な入城許可証が発行されている。
必然、その業者らとこの場を預かる騎士たちとは顔見知りとなるわけで、それが見かけぬ顔だったならば呼び止めるのは当たり前の行動であると言えるだろう。
「ええ、最近雇われた者でして……」
にこやかな笑みを浮かべながらそう返したのは、艶やかな黒髪を女のように長く伸ばした青年である。
それだけならば軟弱に思えたかもしれないが、よく体を鍛えた者に特有のきびきびとした所作は商家の使い走りにしておくのはもったいないと感じられるほどであり、淀みない言葉遣いもあってさわやかな印象を受けた。
「良い経験になるだろうということで、城への納入という大任を任せて頂きました。
――さ、こちらをご確認下さい」
「ふうん……」
――そのような話、昨日軽く世間話した時には言っていなかったが。
差し出した通行許可証はなるほど、いつもの業者が所持しているのと同じ物であった。
それだけではない。
長く務めてきた騎士ならば馬の顔も人間同様に見分けられるものであるが、彼が引き連れている荷馬は毎日顔を合わせている馴染みであり、なんならばいつもこれを引いている中年男よりもよほどよくなついて……いや、服従しているようだったのである。
その馬に取り付けられた荷車もやはり見慣れたものであり、これは疑う余地がないだろう……。
「……確かに、確認した。
いや、呼び止めてしまってすまなかったな?」
「なんのなんの、それがお仕事なわけですから。
では、失礼します」
「ああ、人が多いので十分に気をつけてな」
昔、なけなしの金をはたいて惚れている女を歌劇に誘ったことがあったが……。
そこで目にした役者もかくやという、見栄えのする所作で手を振り応えながら、青年が馬を引いていく。
ただそれだけの動作であるというのに、その足取りには微塵のスキも見受けることができず、これならば先の注意喚起はまったくもって大きなお世話であったと確信できた。
「今のは?」
「ああ、いつものとこの新人だそうだ」
同僚に声をかけられ、たった今仕入れたばかりの新情報を聞かせてやる。
「そうか……いや、若いのにずいぶんとしっかり馬を手なずけているなあ」
「ああ、誰にでもできることではない。
受け答えも実にしっかりとしていて、感心させられてしまったぞ。
これはあそこの店も、当たりくじを引いたと思っているだろうな」
「はは、確かシムと言ったっけ?
いつも納入に来るあの男も、追い越されると焦っているかもしれないな」
「違いない」
軽く笑い合いながら、次なる入城者をさばくべく仕事へ戻った。
まさか、今しがたのさわやかな青年が、最も城へ入れてはならない危険な存在であるなどとは……。
騎士たちは、夢にも思わなかったのである。