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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第七話『夢を継ぐ者』
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Bパート 9

「――シャアッ!」


「――ぬうっ!?」


 確実に不意を突いた一撃……。

 それを咄嗟(とっさ)に交差させた腕で防いだのは、さすが勇者と言うべきであろう。

 だが、しょせんは変身もしていない生身での防御に過ぎぬ。

 先までウルファに攻撃されていた時と同様、勇者は波止場を転げ回ることとなった。


「――フッ」


 潜んでいた場所から波止場に降り立ち、余裕の声を漏らす。

 偉大なる大将軍の妹ともあろうものが裏切るとは予想外であったが、ここまで勇者を傷つけ追い込んでくれたことは不幸中の幸いであった。

 後は己が引き継げば良い。

 なんとなれば、三将軍がウルファを地上に送り出す際、自分をも共に送り込んだのはまさにこういった不慮の事態を懸念(けねん)してのことなのだから……。


「貴様は……!?」


 笑う膝を黙らせて立ち上がった勇者が、こちらを鋭く睨みつける。

 満月の光に照らされながら、己の姿を見せつけるようにそちらへ向き直った。


 そうして立った姿は……全身をじゃばら状の外殻(がいかく)で覆われた魔人である。

 特徴的なのは、深く傷ついた左腕を除く四肢から突き出した無数のトゲであり、その切れ味のほどは防いだ勇者の両腕がズタズタに切り裂かれていることからも明らかだ。

 人間で言えば口に当たる部分からは優美に湾曲した触角が頭頂に向けて伸びており、感覚器官らしい感覚器官の見当たらぬ頭部で、唯一これのみがその役割を果たしているように見受けられた。


「お前は……」


 (かたわ)らに立つ薄汚い裏切り者が、こちらをキッと睨みつける。


「お久しぶりです、ウルファ様……いえ、こうなってはご希望通りヌイと呼ぶべきでしょうか?」


 しかし、裏切り者の……もはや元魔人といえど、敬愛する大将軍の妹であることに変わりはない。

 上の上に位置する魔人戦士を自負する者として礼節を失さず、うやうやしく頭を下げてやった。


潜影(せんえい)魔人……センピ……!」


 ――潜影(せんえい)魔人センピ!


 それこそが、この魔人戦士の名である。

 幽鬼将ルスカに引き立てられし、この魔人戦士の権能は……。


「お前が……あたしの影に潜んでいたのか……!?」


「ご明察」


 手品のタネを明かす奇術師がごとく、大仰かつ慇懃(いんぎん)な動作を交えながら正解を告げてやった。

 潜影(せんえい)魔人の二つ名にふさわしく、センピの能力は他者の影へ隠れ潜むことである!

 魔界でもその名を知られし、天性の暗殺者……それこそがセンピであるのだ!


「兄上殿たちに感謝なされよ……。

 かの御仁たちは、あなたが単独で陛下の命を遂行できるか不安に思い、あらかじめ私をあなたの影に潜ませていたのです」


「余計な……ことを……!」


「余計なこととは、異なことをおっしゃる。

 私が毎夜殺戮(さつりく)を繰り返すことで後押しをしたからこそ、あなたも勇者と戦う決意を固められたのではありませんか?」


「――何!?」


 驚きに目を見開くヌイへ、もったいぶるように指を振ってやった。


「私の権能……これをただ、他者の影へ隠れ潜むのみと思ってもらっては困ります。

 影とはすなわち、その者の内面世界……。

 私はそこに潜むことによって、宿主との間に特殊な経路(パス)をつなぐことができるのです!

 例えば、感情や体験の共有……。

 まあ、副作用として――」


 そこでセンピは、深く傷ついた左腕を大げさにさすってみせる。

 それを見たヌイは血相を変えると、侍女服の袖をめくり自分の左腕を見やった。

 そこにあるのは、醜く膨れ上がった傷跡……。


「――このように、私が負った傷までも伝播(でんぱ)させてしまうのですがね、

 ……やれやれ」


 立ち上がるのがやっとといった勇者を見る。

 一切の感覚器が存在しないセンピの表情をうかがい知る術はなかったが……。

 潜影(せんえい)魔人は、あくまでおだやかかつ優美な所作で両腕を広げた。

 するとその手に、凶暴なイバラが無数に突き立つムチが生み出されたのである。


 ――ヒュン!


 ――ヒュン! ヒュン!


 そのムチを自在に操り、風を切った。

 そして次の瞬間、魔人暗殺者はこれまでのおだやかな口調とは打って変わって粗暴な声を上げたのだ。


「――ふざけたマネをしてくれたなあっ!」


 魔人の操るムチが、勇者へ襲いかかる!

 それはまるで、ムチそのものが独立した一つの生き物であるかのようであり……。

 ムカデじみた奇怪さと、残像すらともなう俊敏(しゅんびん)さの宿った連撃は、腕を交差させ耐え抜く勇者の全身に深々とした裂傷を負わせ、血化粧をほどこしていったのである。


「…………………………っ!?」


 もはや、悲鳴を上げる余力すら残っていないのだろう……。

 勇者はデク人形のように立ち尽くし、センピの意がままなぶられるのみだ。


「やめ……ろ……!」


 ヌイが、かつて魔人だった時に見せた動きとは比べ物にならぬほど緩慢(かんまん)な動きで食ってかかろうとする。


「――ハアッ!」


 センピはこれに、空いた手を突き出すことで応じた。

 ただ突き出しただけではない……。

 その手からは、術や権能へと形を変えておらぬ無形(むぎょう)の魔力が放たれており、それは衝撃波のごとく作用して裏切り者の少女を吹き飛ばしたのだ。


「――あうっ!?」


 悲鳴を上げながら、ヌイが波止場に倒れる。


「勇者をなぶり殺しにしたら、次はあなたの番です。

 覚悟しておきなさい……魔人族を裏切り、あまつさえその力すら失った罪をとっくりとその身に刻んであげましょう」


 一旦、攻撃の手を止めムチで風を切りながら……。


「アハハハハハハハハハハ!」


 センピは、高々と笑い声を上げた。

 それは勝利が確定した者にのみ許される余裕の表現であり、絶対的強者としてこの場に君臨する心の内があふれ出たものでもあった。


「――楽しいか?」


 それをさえぎったのは、もはや処刑を待つばかりとなった勇者である。


「――ハ?」


 その言葉にセンピは哄笑(こうしょう)を止め、ぐるりとねめ回すように感覚器のない顔を勇者へ向けた。


「聞こえなかったか?

 ……無力な弱者をいたぶるのは、楽しいかと聞いている」


 もはや勇者の全身は、傷ついていない箇所(かしょ)の方が珍しいという有様である。

 しかし、その瞳だけは一切戦意を失わずセンピを睨みつけており、それがなんとも滑稽(こっけい)でおかしかった。


 ――瀕死(ひんし)となった者の捨て台詞か。


 そうとらえたセンピは、せめてもの情けとしてこれに答えてやることにする。


「ああ、楽しいですねえ……」


 ――ヒュン!


 ――ヒュン! ヒュン!


 愛用のムチが風を切り、攻撃の時を今か今かと待ち受けた。


「――死ね、弱者!」


 そしてついに、勇者の命脈を断つべく必殺の一撃が放たれたのだ!

 それは殴打というより、刺突じみた鋭さでその心臓へ迫り……。


「――むん!」


「――ナッ!?」


 それを上回る速度で振るわれた勇者の右腕に、絡め取られたのである。

 しかも勇者は、これをただ絡め取っただけではない……。


「――ふん!」


「――ウオオッ!?」


 恐るべき剛力でたぐり寄せ、持ち主であるセンピを自分の下へ引き寄せたのだ!


「――でぃや!」


「――グワッハア!?」


 宙空を舞い引き寄せられたセンピの顔面に、素早くムチを投げ捨てた勇者の鉄拳が突き刺さる!

 たかが生身で放たれた拳の――なんという威力!?

 センピはたまらず、波止場を転げ回ることになった。


「貴様……嘘をついたな?」


 拳を振り抜いた姿勢のまま、勇者が静かにそう告げる。


「手近な弱者をいたぶってみたが、ちっとも楽しくないではないか?」


「お、おのれえええええっ!?」


 己を弱者だとそしる勇者へ、憤懣(ふんまん)の声を漏らしながら立ち上がった。

 この手には、今の一撃でも手放さなかった愛用のムチが握られている……。

 先は油断したが、再びこれを振るえば今度こそ瀕死(ひんし)の勇者を仕留められるはずだ!


 だが、勇者は全身に負った傷や出血の影響を微塵(みじん)も感じさせぬ動きで、奇怪な構えを取った。

 そこから繰り出された一連の動作は、例えるなら力の開放であり、正義の宣誓(せんせい)であり、そして……処刑の宣告である。


「変ンンンンン――――――――――身ッ!」

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