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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 英 慈尊
第七話『夢を継ぐ者』
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Bパート 8

 変身する時に体から放たれるそれとよく似た、爆圧的な光に包まれた世界の中……。

 おれの視界には不思議と、なんの影響も無かった。

 それは彼女も同じなのだろう……。

 魔人としての姿になったヌイが、驚きとまどいながら周囲を見回している。


 例えるなら、おれとヌイだけが世界と隔絶されどこか別の空間に飛ばされたかのような……。

 さもなくば、世界の方がおれとヌイだけを取り残しどこかえ消え去ってしまったかのような……。

 そのような状況であるのだ。


「これは――」


 あまりにも不可解な状況であるが、おれは意外と冷静にこれを受け止められていた。

 なんとなれば、おれは以前にも同種の体験をしたことがあるからだ。

 そう……、


「――レッカの時と、同じことが起こっているのか?」


 このことである。


 かつて……。

 魔人の毒矢によりレッカが瀕死(ひんし)の重傷を負った際、おれの体内に埋め込まれた輝石(きせき)リブラとレッカが共鳴作用を起こした。

 それにより、おれの免疫能力がレッカに伝播(でんぱ)して彼女は一命を取り留め、のみならず、ドラグローダーへの変身能力すらも新たに獲得したのである。

 今の光景は、あの時見たものと瓜二つだ。


 となれば、またしてもリブラが奇妙な現象を起こしていると考えるべきであるが、今度は一体……。


「何が……起こっているの……?」


 おれの胸元へ突き立てていた腕を戻し、ヌイが小首をかしげる。

 魔人となった彼女の表情をうかがい知ることは難しいが、そうしている姿は常のヌイそのものであった。

 その様子に、おれが状況への警戒心を少しやわらげたその時である。


「――ぐっ!? うう……っ!?」


「ヌイ!? どうした!?」


 ヌイが胸を押さえながら苦悶(くもん)の声を漏らし、その身をよじらせたのだ。

 いや、正確に言えば押さえているのは胸ではない……。

 彼女の全身を血流のように循環し走る赤き光……。

 その中核となっている、光球を押さえているのだ。


 組成すらも謎に包まれた神秘の石、リブラ……。

 これを体内に埋め込まれたおれ自身にすら、力の一端しか理解できていない輝石(きせき)であるが、経験としておれの感情や本能に起因して様々な力を発揮することは分かっている。

 ならばこの状況……まさか、無防備にヌイの攻撃を受け続けたおれの防衛本能に反応しているのか!?


 そのように考え、どうにかこの現象を収めるべく身じろぎしたその時である。


「う……ああっ……!?」


 苦しみに耐えきれなかったか、ヌイが両腕を広げながら胸を大きく逸らした。

 すると同時に、彼女の胸元に存在する赤き光の核からレーザーじみた収束光が照射され、それはおれの胸を貫いたのである!


「――むうっ!?」


 驚愕(きょうがく)の声を漏らすおれであるが、指一本すら己の意思で動かすことがあたわぬ。


「――ぬううっ!?」


 ――熱い!


 まるで、全身の細胞が沸騰しているかのようだ!

 だが、ヌイから照射された光はただおれの細胞に熱を与えるわけではない。


「これは……この力は!?」」


 それは、変身する時に体の内側から溢れてくるのとよく似た……無形(むぎょう)の力である。

 それが光となってヌイから照射され、おれの体に……おそらくは輝石(きせき)リブラに取り込まれているのだ!


「くう……ああっ!?」


 その証左とも言えるのが、ヌイの体に起こり始めた変化である。

 狼の獣人と称すべきだった彼女の体が、指先から徐々に徐々に……人間の少女へと戻っていく。

 その変化は四肢の末端から胴に至るまで数分かけて進み、そしてついに、ヌイは魔人態から人間の少女へと戻ったのだ。


 魔人として残った特徴はもはや、全身を走る血管じみた赤き光の奔流のみ……。

 それもやはり、四肢の先端部から徐々に消失していき……。

 最後には核となる胸の光球のみが残り、それも照射光となって絞り尽くされた。


「――はあっ!?」


 完全に人間の少女へ戻ったヌイが、力尽きその場に膝をつく。


「――ぐっ!?」


 そしてその光を注ぎ尽くされたおれもまた、がっくりと膝をついたのであった。


 二人を包んでいた爆圧的な光が消え失せ……。

 周囲の風景は、月明かりに照らされた波止場へと戻った。


「今のは一体……」


「……おれにも分からぬ」


 肩で息をするヌイに、率直な見解を述べる。

 体中の細胞はいまだ熱を持ったままであり、まるで重度の熱射病にでもかかったかのようであった。


「ふ……う……」


 おれに比べれば、いくらか体の受けた負担が少なかったのだろう。

 どうにか立ち上がったヌイが、試すように右手を伸ばし……そして驚愕(きょうがく)に目を見開いた。


「魔人に……戻れない……」


「――なんだと!?」


 体中の打撲や裂傷に加え、出血量は甚大(じんだい)であり、しかも全身の細胞が熱を持っている……。

 満身創痍(まんしんそうい)もいいところのおれであるが、最後の力を振り絞って立ち上がると、ヌイに駆け寄った。


「本当なのか……?」


「ん……どうやっても、魔人の姿に戻れない……」


 人間から魔人への変身がどういうメカニズムなのかは分からぬが、おれのそれに準ずるものだとすれば変身を決意した瞬間に無形(むぎょう)の力が体の内から溢れてくるはずである。

 おそらくヌイは今、その手応(てごた)えを一切感じられずにいるのだろう……。


 ならば、考えられる結論は一つしかない。


「おれの体内にある輝石(きせき)リブラが、魔人としての力を吸いつくしたというのか……?」


 先ほど、光となってヌイからおれに注ぎ込まれた得体の知れぬ力……。

 それは例えるなら魔人としての因子そのものであり、それを抜き取られたということは……。


「ヌイ! お前は……人間になったのかもしれないぞ!」


「あたしが……人間に……?」


 彼女の肩を掴み、これを揺さぶる。

 おれの体内に存在する輝石(きせき)リブラが、宿主の意思を汲みヌイから魔人としての力を抜き取った……。

 それはどこまでも都合の良い考え方であり、それが真実であったとしておれとヌイ二人の体にどのような影響が及ぼされるのかは分からぬ。


 ただ、おれは嬉しかった……。

 五十年近くに渡って、時に夢想し、その(たび)にため息をつくことになった出来事が今、目の前の少女に起こったのだと確信していたのだ。


「これで、お前は人間として生きられる……!

 誰を偽ることもない……!

 己を騙す必要もない……!

 ただのヌイとして、生きていくことができるんだ……!」


「ただの、ヌイに……」


 その時……。

 少女が浮かべた笑みを、おれは生涯忘れることがないだろう。

 それはまるで、つぼみが花開く瞬間に立ち会ったかのような……。

 産声(うぶごえ)にも似た感動に満ち溢れていた……。


 ヌイという名の少女は、この時、生まれたのだ。


 だが、光ある所には必ず闇が存在する。


「――やれやれ、困りましたねえ」


 まるで、ガラスを引っかいたような……。

 丁寧(ていねい)な言葉遣いであれど、どうにも耳障りなその声は、月明かりによって生まれたヌイの影から響いてきたのであった。


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