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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第七話『夢を継ぐ者』
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Bパート 7

 ――おれは君とは、戦わない。


 その言葉を聞いた次の瞬間、


「ふざ……けるなあっ!」


 初めてウルファは、声を荒げた。

 ……それだけではない。

 再び瞬間移動じみた速度で動き、勇者の眼前まで踏み込んだのである。

 両者を照らすものが月明かりのみという中、赤光(しゃっこう)残滓(ざんし)を残しながら動くその様は、さながら赤き稲妻のごときだ。

 しかも、この稲妻はただ動くだけではない……。

 凶暴な殺傷力を秘めた四肢を備えており、それでもって立ち尽くす勇者へ猛烈な連撃を浴びせたのである!


「――あああああっ!」


「――ぐうっ!? がはっ!?」


 戦士階級が好んで着る上着をズタボロにされ、全身から血を噴き出させながら勇者がまたも転がった。


「まだ……分からないの……?」


 圧倒的な力でなぶっている側だというのに、肩で息をしながらウルファがそう問いかける。


「あたしは……魔人……圧倒的な力で人間を殺す者……。

 この手で……大勢の人を殺した……。

 見たんでしょ……あたしが殺した人が……どんなだったか!?」


「いや……」


 いかに常人を遥かに超えた力を持つとはいえ、無数の打撲とおびただしい出血がこたえているのだろう……。

 なんとか腕の力で上体を起こしながら、勇者が否定の言葉をつむいだ。


「君は……やっていない」


 そうやって上体を起こし、続いてなんとか震える脚で立ち上がった勇者が告げたのは、信じがたい断定の言葉であった。


「何を……言っているの……?」


 これにはウルファも、困惑するしかない。

 ヌイだった時よくそうしていたように、首をかしげる魔人戦士に対し、勇者はほほえみながら続けた。


「さっきからの攻撃でよく分かった……。

 君は誰も殺していない……人を殺せるような子では、ない」


「――殺したんだよ!」


 ウルファは、叫ぶ。

 そうしないと、もはや立っていることもままならないかのように。

 異形の魔人でありながら、その姿は幼い子供が必死に自分の主張を通そうとするかのようであった。


「殺したんだ……! あたし自身でも気づかないうちに、魔人としての本能で勝手に体が動いて……!

 あたしはどこまでいっても、赤光狼魔(しゃっこうろうま)ウルファなんだ……!」


「ウルファなどという魔人は知らん……。

 ――君は、ヌイだよ」


「何をわけのわからないことを……!」


「なあ、ヌイ……」


 勇者が、ヌイに問いかける。


「さっきからなぜ、君はおれに致命傷を与えようとしないんだ?」


「――ッ!?」


 その言葉に、ウルファは……ヌイは息を()んだ。


「さっきから何度、おれを殺す機会があったと思う?

 君がもし、自分で言う通りの残虐非道な魔人であったならば、最初の一撃でおれの首をはねていなければおかしいではないか?」


「そ、それは……」


 自身ですら知り得ない心の動きを指摘され……。

 赤光狼魔(しゃっこうろうま)は、思わず眼前の敵から目を逸らした。

 しかし、数瞬の間を置いた後には再び鋭い視線で勇者を見据え、またも瞬間移動じみた動きを見せたのである。


 雷光のごとき踏み込みで勇者の眼前に迫り……。

 だが、今度はその拳が振るわれることはなかった。

 代わりに、抜き手の形を取ったそれが勇者の胸元へ突き立てられ、薄皮を破り血を(したた)らせていたのである。

 あと一歩……一歩これを押し込めば、勇者抹殺という魔人族の悲願は果たされるだろう。


「くっ……!」


 それが、できない。

 たった一歩の距離が、今のウルファには万里にも億里にも思えた。


「どうした……?

 早く()らねば、陽が昇ってしまうぞ?」


 勇者が静かに……しかし、鋭く問いかける。

 それを受けてもなお、ウルファは突き立てた腕を押し込めなかった。


「ヌイ……やはり君には、人殺しなどできない」


 突き立てられたウルファの腕に、勇者がそっと自分の右手をそえる。

 その体温はどこまでも温かく……氷のように冷たく研ぎ澄まされていたウルファの戦意を、溶かしていったのであった。

 もうウルファには……ヌイには、勇者を殺すことはできない。


「なあ、ヌイ……?

 さっき君は、侍女として過ごす日々を……ああいう日々を夢見ていたと言ったな?

 その夢を、実現してくれないか?」


「夢を……実現する……?」


「そうだ」


 ヌイが翻意(ほんい)しただけで絶命するという状況であるというのに、勇者は茶飲み話でもするような気安さでそう告げた。


「おれにも、かつて夢があった。

 当たり前の人間として、ごく普通の日常を過ごす……。

 今はもう、錆びついてかなわない夢だ」


 ヌイを見つめる勇者の瞳が映しているのは、ここではなく、今でもないどこか遠くの光景である。

 それを振り払うように、勇者は自身の瞳に映ったヌイへさらに語りかけた。


「だが、君はそうではない……。

 今ならまだ、その夢をかなえることができる……。

 臆病者の、おれとは違う……!」


「臆病……者?」


 敵味方共に勇者として認められる不屈の男が、自らを臆病者とそしりながら続ける。


「この世で最も勇気が必要なこと……それは、幸せになることだ。

 おれには、もうその道は選べない。

 人は勇者として(たた)えてくれるが、つまるところ、おれがそのように生きるのはそうすることが楽であるからなのだ……!」


 それはおそらく、誰にも話したことがない勇者の本心であるのだろう。

 彼の瞳には、ヌイが今まで見たこともない真実の重みが宿っていた。


「ヌイ……勇気を持て!

 幸せになれ!

 自分の意思でそれができぬというのなら、おれからの願いとして、この夢を継いでくれ……!」


「夢を……継ぐ……」


 勇者の胸元へ突き立てられたヌイの腕に、彼の血が伝い(したた)り落ちる。

 それはあたかも、涙を流せなくなった男の涙であるかのようであった。

 その温かさを感じ、ヌイが一つの決意を抱いたその時、


「――うっ!?」


「――むうっ!?」


 ヌイの胸部から全身に赤き光の奔流を走らせる核が!

 勇者の体内に存在する、圧倒的な力を持つ何かが!

 二人を爆圧的な光で包み込んだのである!


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