Bパート 2
王宮侍女の職務というものは多忙を極めるが……。
だからといって、一日中休みなく働き続けるというわけではない。
適時休憩が取れるよう配慮された人事がなされており、ラグネア城に存在する侍女用の喫茶室には、入れ替わり立ち替わりで休憩する順番のきた侍女たちが入り浸っているのである。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが……。
それは誇りある王宮侍女たちとて、いささかも変わらぬ。
むしろ、王宮という様々な情報が集まる場所に勤務している関係上、そこらの井戸端に集う街女たちよりもその話題は豊富であり、情報の鮮度などは比べるべくもないものなのである。
そしてここ数日……。
喫茶室で談話する侍女たちの話題はといえば、これはもっぱら王都を騒がしている連続殺人事件に関するものであった。
人間の手によるものとは到底思えぬ被害者の状態から、下手人は魔人であるとほぼ断定されているものの……。
それすらあくまでも推測に過ぎず、確固たる目撃情報などがあるわけではない。
実際に現場へ立ち合ったわけでもない気楽さもあり……。
侍女たちは、口々に好き勝手な見解を述べあっていたのであった。
それは新人の王宮侍女ヌイを交えた席であっても、変わらぬ。
「それにしてもさー、本当に怖いよね?
確かこれで、三日間連続でしょ?」
「騎士の人たちも殺気立ってるよねー?」
「そりゃ、見た人の話じゃ本当にむごたらしい有様だったそうだもの」
「あー、現場へ行った人の中には、食事が喉を通らないって人もいたもんね」
「食事って言えば、勇者様が珍しく注文を出したの聞いた?」
「あー、なんか麺類は避けて欲しいって言ったんだっけ?」
「そうそう、事件が長く続かぬようになんだってさ。
別の世界から来た人っていうのは、観点も違うんだねー」
きゃいきゃいと噂話へ興じる侍女たちであったが……。
その中で一人、ヌイのみは何も話さぬ。
元より、秘密は多く口数は少ない少女であるが……。
周囲の話し声にすら一切の関心を払わぬというのは、先日まで見られなかった姿である。
「ヌイちゃんどした? 元気なさそうだけど……」
そう呼びかけられ、ヌイはようやく我に返った。
「あ……いえ……お茶美味しいです……」
そして、無造作にティーカップを口に運び……。
「――あふいっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げることになったのである。
「あー、猫舌なのに冷まさないんだもの……」
「本当、どうしたの? 疲れちゃった?」
「いえ……疲れたわけでは……ないです……」
しどろもどろに弁明するヌイであるが、こういう時に放っておかぬのが女子同士のつながりというものだ。
「でも、最近はちょっと集中力落ちてる感じするよねー」
「うん、仕事はきちんとこなしてくれてるんだけど、たまに心ここにあらずって風になるもん」
「もしかして……」
そして、真実はどうあれともかくその話題に行き着くのもまた、年頃の女子という生き物なのである。
「誰か、好きな人ができたとかー?」
「いえ……その……」
「ヌイちゃん、密かに若い男子から人気あるもんねー」
「うんうん、肌とか髪が変わってるからじゃなくて……なんていうの? 生まれ持っての雰囲気が違うっていうか!」
「あんたじゃ、一生かかっても身に付かなそうだよね?」
「ちょっと、今なんか言ったか!?」
きゃいきゃいと騒ぐ先輩侍女たちの攻勢に、ヌイはといえば汗をかきながら両手を振って否定の意を示すのが精一杯だ。
「その……好きとか嫌いとか……そういうのはよく分からない……です。
……ただ」
「ただ?」
観念したのか、ようやくヌイが正直なところを口に出す。
「その……事件のお話が……怖かったもので……」
「あー……」
その言葉に、先輩侍女たちは己が不明を恥じることになった。
「たしかに、ちょっと無遠慮だったかな?」
「ずっと王宮で仕事してると、どうしても刺激に飢えちゃって……」
「ごめんね、ヌイちゃん」
口々に詫びる先輩たちへ、ヌイはひたすら恐縮する。
「あたしの方こそ……話に水を差してしまって申し訳ない……です」
「ううん、そんなことないよ」
「ひどい事件だもの。女の子なんだから怖がって当然だって!」
ヌイの恐怖心を肯定する先輩侍女たちであるが、その胸中には言葉にせぬ別の思いも存在した。
そもそも、ヌイというこの少女は行き場をなくしていたところを拾うような形で勇者イズミ・ショウが王宮侍女として推挙したのである。
もし、その出会いがなかったならば……?
……一連の事件における被害者層を鑑みるならば、ヌイ自身も犠牲者となっていたとして不思議はないのである。
それを思えば、自分たち以上にこの少女が事件へ衝撃を受けるのはごく当然のことであった。
「でもまあ、この王宮にいる限りは大丈夫だって!」
「うんうん、騎士様たちもいるし、なんと言ったって勇者様がおられるんだから」
「あれ、でも勇者様は今、夜回りに出ておられるんじゃなかったっけ?」
「そうそう、レッカ様と一緒に! 夜中は王都中を駆け巡ってるんだって!」
「なら、なおのこと安心ね! 魔人が王都のどこに潜んでいるかは分からないけど、きっと近いうちに見つけ出して退治して下さるわ!」
それを結論とし……。
先輩侍女たちは、また別の話題へと移り変わっていく。
王宮という場所は無尽蔵に噂話を生み出す泉であり、その全てを語らうには一日全てが休憩時間だったとしても足りぬのである。
「……勇者が……倒してくれる」
ヌイがぽつりとそうつぶやいたことには、誰も気がつかなかった。