Bパート 3
――キー!?
その異音へ最初に気づいたのは、キルゴブリンたちであった。
「ん、この音は……?」
やや遅れて、カッパーンもそれに気づく。
まるで、何かが超高速で駆動しているかのような……。
魔界においてすら耳にすることはない、聞いた者の身を震わせるような爆音なのだ。
しかも、爆音の発生源は恐るべき速度でこちらへ接近してきており、炎による照明など及ぶべくもない強烈な光をこちらに放っていた。
――キー!?
目を焼くほどのまばゆい閃光に、キルゴブリンはおろかカッパーンですらも思わず腕で目を覆う。
「なんだ、あれは!?」
カッパーンが叫ぶが、その答えは爆音と閃光を放つ張本人から放たれた。
「おれは勇者――ブラックホッパー!」
『そしてその従者――ドラグローダーじゃ!』
そう……。
突如としてこの場に馳せ参じた、爆音と閃光の発生源……。
その正体こそは、ドラグローダーとそれにまたがる勇者ブラックホッパーだったのである!
「ローダー――――――――――」
『――――――――――ライディング・ブレイク!』
すでに最高速へ達している勢いそのままに……。
勇者の駆るドラグローダーが、魔人たちの中央へ向けて体当たりをしかける!
――キーッ!?
「――ぬうおっ!?」
さすがに突っ立ったままそれを喰らうほど間抜けな魔人たちではないが、完全に回避が間に合うこともなく、キルゴブリンらもカッパーンもまとめてなぎ払われることになった。
「ゆ、勇者だと……っ!?」
ごろごろと地面に転がりながら、カッパーンが驚愕の叫びを上げる。
それも当然のことであろう……。
――何しろ、まだ何もしていないのである!
何らかの悪事を働いて、それを勇者が嗅ぎつけたというのなら理解できる。
その時こそはファファファと笑い、正々堂々と迎え撃つのが魔人戦士の華というものであった。
それを今のように、地上へ現着したばかりのところへ奇襲をしかけられるというのは、あまりに理不尽であり、想定外にも程があるというものであろう。
――グオン! グオン! グオン!
爆音を轟かせながローダーを横滑りに停車させ、ブラックホッパーが地へ降り立った。
まるで、人間の頭部へバッタのそれをデタラメに貼り付けたかのような……。
その異貌は見ようによっては頭蓋骨のようでもあり、背後からドラグローダーの放つ閃光に照らされると、いよいよ地獄の底から這い出してきた死神めいていた。
「見つけたぞ、魔人族……!」
魔界においてす向けられたことのない、質量すら感じられるほどの殺意と怒気を言の葉に宿しながら勇者がそう言い放つ。
「み、見つけただと……!?」
立ち上がりながら、カッパーンが狼狽の声を上げる。
――何しろ、まだ何もしていないのだ!
見つけたも何も、そもそもどうして自分たちを探していたのかと問いただしたい立場であった。
――キー!
突然のひき逃げ行為によりぶっ倒れていたキルゴブリンたちもどうにか立ち上がり、カッパーンを守るために展開する。
勇者と魔人族……。
相反する両者が、夜雨に打たれながら対峙する形となった。
「――名を!」
「ファファファ、ワガハイの名か?
我が名はカッパーン! 四命復魔カッパーンよ!」
「カッパーン……貴様の肉片一つたりとも、この地上には残さん!」
――めきめきめき!
……と、握りしめる音が届くほどの力強さで拳を作りながら、勇者がそう宣言する。
「ファファファ……え、なんで?」
――キー?
これには、カッパーンもキルゴブリンらも首をかしげざるを得ない。
――何しろ、まだ何もしていないのだ!
そりゃ互いに相争う宿命にあるとはいえ、そんな絶対ぶち殺す宣言をされるようないわれはどこにもないのである。
「この期に及んで言い逃れようとは……。
――見下げ果てた奴!」
「いや、言い逃れるも何も……」
初対面の相手から見下げ果てられるというレア体験にとまどうカッパーンであったが、続く言葉には凍り付くしかなかった。
「このおれに関する、偽りの醜聞を印刷技術でばら撒こうという貴様らの企み……。
全部全て――まるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!」
「――ウソだろうっ!?」
――キーッ!?
カッパーンはおろか、キルゴブリンらに至るまでが心底から驚きの声を漏らす。
くどいようだが……、
――まだ、何もしていないのである!
起こしてもいない悪事の全貌を暴かれるなど、想定していようはずもない。
そもそも、印刷の力は敬愛する魔人王から授かったものであり地上には存在しない技術のはずなのだが、どうしてこの勇者はそんな知識を持っているのだろうか……?
そして、浮かび上がる疑問はもう一つ存在する……。
「だ、だが! それでどうして、ワガハイたちの居場所を掴むことができたのだ!?」
その問いに対する勇者の回答は、シンプルかつ力強いものであった。
「――カンだ!」
「カンて……」
「おれはかつて……糊口をしのぐために探偵助手を務めていたことがある。
その時に培ったカンが、今役立ったのだ!
あえて言おう! ホッパー・アズナンバーワンと!」
「な、何がどうナンバーワンなのか知らんがすごい自信だ……」
ところで、この場にいながらただ一人……いや、一機と呼ぶべきか。
言葉を発さず、成り行きを見守る者がいた……。
最初はどんなお菓子を買ってもらうかで頭がイッパイだった彼女だが、ホッパーたちのやり取りを聞きながら次第に考え込み始め……ついに! この場で唯一! 真実のピースをつなぎ合わせることに成功したのである!
彼女の知力を鑑みるならば、これは十面体ダイスを二つ振って01を出すくらいの奇跡と言えるだろう……。
そして彼女は――ドラグローダーはこう言い放ったのである!
『主殿への誹謗中傷を大量印刷してばら撒くとは、何たる悪逆!
神々と精霊が許したとしても、ワシらが決して許さぬぞ!』
「ローダー、よく言ってくれた!」
振り向くホッパーに、バイクモードのローダーがアイライトを点滅させて同意の意を示す。
『主殿の怒りは我が怒りも同然!
共に戦い! こやつらが何も言わぬうちに跡形もなく消滅させてくれようぞ!』
「うむ! もはやこいつらに空気を吸わせておくことすら腹立たしい!」
ローダーの言葉に、ホッパーが力強くうなずく。
ブラックホッパーとドラグローダー……両者は異体同心!
隠し事もウソも一切存在しない真の相棒なのだ!
「だが、こいつらだけはこの手で叩き殺さねば腹の虫がおさまらん!
ローダー! とりあえずそこで待機していてくれ!」
『そ、そうかのー……?
でもでも、瞬殺しちゃうのがいいんじゃないかと思うのー……?』
「任せておけ!」
ドラグローダーのライトに照らされながら……。
雨に濡れたホッパーが、怒りの殺戮者と化して一歩……また一歩と歩みを進める。
「さあ――貴様らの罪を数えるがいい!」
「い、いや!? だから数えるも何も……!?」
――キーッ!?
これには、地上侵攻の尖兵たる魔人戦士たちも及び腰にならざるを得なかった。