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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第六話(ギャグ回)『腐のシンギュラリティ!』
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Aパート 5

 その晩……。

 おれは自室で、院長先生から託された書物を開いていた。


 果汁水に加え、おやつのポテトチップス――普通にこの世界にもある――まで用意した完全体勢である。


「さて、院長先生は中身を確認済みのようだが……。

 一体、何が書かれているのかな?」


 あらすじどころかタイトルすら定かではない本を開く……。

 これはちょっとした冒険であり、喜びでもある。

 CDショップでジャケ買いをするようなもので、結果としてそれが自分の趣向にそぐわぬものだったとしても、常ならば触れぬ分野に触れた経験は残るのだ。

 だが、そんな子供じみた冒険心は最初の一ページを開いたところで霧散(むさん)した。


「これは……活字本だと!?」


 原理上当然のことではあるのだが……まるで判を押したような、硬質で四角い文字が羊皮紙の上で踊っていたのである。


 ――活版印刷。


 それが文明世界に及ぼす影響は、はなはだ大きい。

 歴史の授業で産業革命について触れる際に必ず教わるのは伊達や酔狂ではなく、この技術によって様々な科学技術や情報が迅速に広まったからこそ、今日(こんにち)の地球文明が存在するのだ。


 どうも羊皮紙を用いて強引に印刷しているようなので、コスト的にそこまで劇的な効果は望めぬだろうが……ともあれ、この世界における技術レベルから考えれば存在し得ぬ品である。


 果汁水にもポテチにも手を付ける気は起きず……油皿の明かりに照らし出しながら、紙面を読み進む。

 どうやらこれは、さる青年騎士の日常を描いた物語のようだ……。


 青年騎士の名はスタンレー。これだけなら、さほど珍しい名前ではない。実際、騎士団には数名のスタンレーが在籍している。

 だが、光の魔力を操り竜騎士の資格も持つ精鋭騎士となると……これはどうも、先日この部屋で飲み会をしたあのスタンレーをモデル――というよりそのまま登場させているのではないかと思えた。


 彼の日常にまつわる描写も、まるでよく知る者が書いたかのように詳細である。

 しかもこれは……ごく最近の様子をつぶさに観察したものだ。

 先日、彼とヒルダさんが立ち合った際のこと……。

 スタンレーが受け太刀を誤り、脇腹に青アザをこさえた時のことまでが書かれているのである。


「一体、何者がこんなものを……?」


 疑念を口に出しながら、読み進む。

 物語内における騎士スタンレーの日常……それは本物の方と同様、騎士の模範と呼ぶべきものであり、これだけならば何の問題もない。

 だが、陽が落ちる時間から先の描写になると、ずいぶんと様子がおかしくなってくる。

 まるで、恋人にでも会いに行くかのような……。

 恋愛小説的な表現が、ここぞとばかりに増えてくるのだ。


「そういえば、彼の浮いた話は聞いたことがないな……む、これは!?

 ――おれが登場しているだと!?」


 うわついた心持ちで騎士スタンレーがおもむくのは、他でもない……城内に存在する勇者ショウの自室であった。

 その手には、酒瓶を手にしており……そして……そして!




--




 主人公が便所へ吐きに行っているところです。

 綺麗な景色を思い浮かべたりしながらお待ちください。




--




「なんじゃこりゃあっ!?」


 便所から戻り、太陽にほえるような心持ちでそう叫ぶ。


「おれがその……何!?

 何っていうか……ナニ!?」


 あまりの衝撃に、何をどう言葉にすればいいのか皆目見当もつかぬ。こんなことは生まれて初めてである。


「スタンレーとおれが、あんな趣味の人みたいになっているではないか!?

 なんだこの『キスしてもいいかな?』って!?

 おれは奴に、『キムチでもいいかな?』と勧めただけだぞ!」


 ようやく、口にするべき言葉を見つけ出せた。


「しかも、おれがなんかエライことになってしまっているし! なんだこの謎の形態!?」


 作中におけるおれも変身をするのだが、ブラックホッパーのさらに先……ルミナスともギガントとも全く異なる、卑猥(ひわい)極まりない姿へと変貌を遂げてしまう。こんな変身してたまるか!


「落ち着けおれ……深呼吸だ。

 これの何がまずいのかと言えば、そう……」


 新鮮な酸素を送り込まれたおかげだろう。

 冴え渡った脳が、考え得る最悪の状況を提示した。


「これが……世に流通しているかもしれないことだ」


 思い返してみれば……。

 孤児院へ向かう道中、時折妙に熱っぽい視線を感じることがあった。

 そして、そういう視線を向ける婦女子の中には、これとよく似た本を手にしている者もいた覚えがある!


「そうでなくとも、孤児院の子供が偶然拾ってしまうくらいの数が存在するのだ……。

 一体、誰がこんなことを……!?」


 屈辱に震えながら、更なる推理を展開していく。

 だが、行き着く結論は一つしかない。

 まず、人間の犯行……これがありえないからだ。

 もし、そうだとしたならば、おれのごく身近におりかつ豊富な資金力と人脈を有する何者かが、実は想像を絶するほどの天才的才能を秘めていて密かに活版印刷技術を実用化し、その上で、こんなアホで破廉恥(はれんち)な書物を秘密裏に製造したということになる!

 ……そんな話が合ってたまるか!


 というわけで、おれは至極(しごく)合理的な結論を口に出す。


「――魔゛人゛族゛の゛仕゛業゛か゛!゛」


 先日倒した装魔砲亀(そうまほうき)バクラ……奴は地球のロケットランチャーを再現したような武器と、その弾頭を生み出す力を魔人王から与えられたと言っていた。

 もし、他にも機械文明的な能力を与えることができるのならば、活版印刷技術の一つや二つは再現できたとして全くおかしくはないだろう。


 四九年前の日々が思い起こされる……。


 ――幼稚園バスのハイジャック!


 ――貯水池の毒物汚染!


 ――大規模自転車泥棒!


 ――マグロの買い占め!


 世界征服を目指すコブラの作戦は実に多彩であり、非道の限りを尽くすものであった。

 同じように魔人族の企みが多岐に渡るものだとしたなら、おれが特殊な性的趣向を持つと人々が誤解するよう仕向けたとして全くおかしくはない!


「おのれ魔人族……絶対に許さんぞ!」


 おれは自室を出てのしのしと歩き、隣にあるレッカの部屋に押し入る!


「起きろレッカ! 魔人族の野望をくじくのだ!」


「ふえっ!? なんじゃ主殿、こんな夜中に……」


 いつぞやと同じように裸で寝ていたレッカを叩き起こして着替えさせ、小脇に抱え廊下を突っ走った。


 この広い王都で、魔人族がどこに拠点を構えているのか……それは分からぬ!

 だが、草の根分けてでも探し出し、必ずや一網打尽にしてくれる!


「むう~、眠いぞお。ワシは読書で疲れておるのじゃ……」


「それは済まんが、今は時間が無い! 一刻も早く魔人族を倒さねばならんのだ!」


 廊下を駆けながら、ねぼけ(まなこ)のレッカにそう詫びた。

 実年齢はさておくとして、レッカのような子供が健全な読書に励める世界を取り戻さねば!

 おれはますます闘志を燃え上がらせ、夜の王都に繰り出したのである。

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