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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第六話(ギャグ回)『腐のシンギュラリティ!』
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Aパート 2

 騎士団長たるヒルダがその筆頭であるが……。

 レクシア王国騎士団には、少数ではあるものの女性騎士が在籍している。

 荒事において女が男にあらゆる面で不利なのは神が定めた法則であるが、この世界には、その条理をくつがえすだけの力が存在した。


 ……魔力である。


 光の魔力を宿し、それを使いこなすことがかなえば肉体的な能力を数倍にも高めることが可能だ。

 現に、騎士団長ヒルダはその力を駆使することで、常人にはまたがり続けることすら不可能な騎竜を自在に操り、騎士団に在籍する男性騎士たちを寄せ付けぬ剣技を身に着けているのである。


 また、実務的な面でも歴代の巫女姫を護衛する上では女性の方が都合の良い場面も多々あるため、王国騎士団には慣例として女子枠が必ず設けられているのであった。


 そんな女性騎士たちの中にあって、近頃めきめきと頭角を現してきているのが他でもない……少女騎士ケイトである。

 少女というだけあり、見習いを経て叙勲(じょくん)を受けたばかりの新米騎士だ。

 だが、その剣術は新米の域に留まらぬ。


 王都に存在する貸本屋の娘という出自もあり、見た目はごくごく平凡な三つ編みの似合う少女であるのだが、果たして華奢(きゃしゃ)な体のどこにこれほどの才覚を秘めているのか……。

 彼女と立ち合いをした男性騎士たちは、こぞってこう言う。


 ――まるで、ヘビか何か……捕食動物に(にら)まれているようであった。


 ……と。

 木剣を手にし対峙すると、ケイトの眼光は変わる。

 まるで、上半身を剥き出しにしたこちらの筋繊維一本一本に至るまでを、その目に焼き付けようとしているかのような……。

 まさしく、獲物を前にした狩猟動物そのものと呼ぶべき目力がそこに宿っているのだ。


 実際、受けにおいてその観察力はいかんなく発揮されている。

 上段を、中段を、下段を……。

 彼女は対峙した相手の筋肉から予期し、いち早く回避動作に入ることで難なくこれをしのぐ。

 勇者ショウならば、その直後か攻撃の予備動作時に雷鳴のごとき返しの一撃を放ってくるのだが、ケイトの場合そうではない。


 無論、消極的に過ぎては稽古(けいこ)にならぬため、最低限手は出してくるのだが、基本的には受けに専念し、専念し、専念し続け……とうとう対戦相手の気力体力が尽きつつあるところでトドメの一撃を入れるのだ。

 その間にも、常に野獣のごとき視線は対戦者の筋肉へ注がれ続けており、自らの気力も尽きさせぬそれは、抜群の集中力と評する他にないだろう。


 しかも、その集中力は自分が立ち合う時以外にも発揮されている。


 ――見稽古(みげいこ)


 男性騎士同士での立ち合いを観戦する彼女のあり様は、そう表現する以外にない。

 上半身裸で木剣を振るい合う騎士らの一挙一動を、余さず記憶へ押し込めるように……。

 まばたきすらも少なく、彼女は熱い視線を注ぎ続けるのである。

 その間、隣に立っても聞こえぬほどの小声で何やら高速の独り言をつぶやいているのは、これを参考にどうすれば己の剣技をより高められるのか、口に出すことでより効果的に想像と検討をしているのだろう。


 少女の身でありながら、全くもって頭の下がる勉強熱心な若手騎士……。

 それが騎士スタンレーの、少女騎士ケイトに対する評価なのであった。

 で、あるから、訓練と訓練の間に存在する隙間時間とも呼ぶべき休息の時間……ケイトに話しかけられたスタンレーは、ほがらかにこれへ応じたのである。


「ケイトか? どうした? 君から話しかけてくるとは珍しいな」


「えっと……そのその……あの……」


 目線を前髪の下に隠し、声をどもらせながらケイトが必死に言葉をつむごうとした。

 何者にも欠点というのは存在するものであるが……。

 彼女の場合で言うなら、それは対話能力ということになる。

 稽古の時に見せる積極性はどこへやら……。

 いざ剣を納め会話しようという段になると、目線はあちこちに泳ぎ回り、声はどもり、両手は服の裾を掴んでとても話などできる状態ではなくなってしまうのだ。


「まあ、落ち着いて話してごらん?」


 騎士団内における実質的な副長であり、若手を導く立場のスタンレーである。

 ケイトのあがり症については密かに心配していたので、自分から話しかけてくれたこの機会を逃してはならぬと思い、優しくそううながした。


「は、はい……すぅー……はぁー……」


 立ち合う時のように呼吸を落ち着かせ、ようやくケイトが本題に入る。


「あ、あの……先日スタンレーさんが、勇者様のそ、その……お部屋に遊びにうかがったと聞いて……」


「ああ、そのことか」


 先日のことを思い出す。

 別に密談をしに行ったわけでもなし、誰かが目撃し噂となったのだろう。

 そもそも、王宮侍女サーシャには世間話でそのことを話しているので、彼女経由で広まったのかもしれない。


「うむ……まあ、あれはそうだな……」


 ありのまま、事実を事務的に伝えても良いところだが……。

 この娘には、会話の妙味というものを知ってほしい……。

 そう考えたスタンレーは、少し捻りを加えて語ることにした。


「言うなれば、男同士でのお楽しみというところだ」


「ふおおおおお!?」


 突然、ケイトが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。


「ど、どうした?」


 あまりの唐突さにちょっとびびりながらも、スタンレーはそう尋ねた。


「い、いえ……そそ、そういうのちょっと憧れていたもので……」


「ほう、憧れているのか?」


 いかにも酒には弱そうな見た目のケイトであるが、まあ、この年代の少年少女というものはとかく大人の振る舞いに憧れるものだ。

 そう思ったスタンレーは、続けてこう答える。


「何事も、挑戦してみるというのは良いことだ。

 私でもいいし、他の誰かでもいい……君もやってみてはどうかな?」


「わわ、私ですか!?」


 再び大きな声を上げるケイトだ。


「いいいいい、いえ! そそ、そんな! 私は素人ですから!」


「何事にも初めてというのはあるものだ。まあ、気負わず気が向いたらやってみるといい」


「あ、あはは……そうですね……」


 さすがに強引が過ぎたか……。

 ケイトの様子を見て反省したスタンレーは、話題を変えることにする。


「そういえば、その席で勇者殿が面白い物をお出しになられてな……。

 なんでも、あちらの世界に存在したのを再現したらしいのだが……」


 ――キムチ。


 勇者ショウが酒のつまみにと出してくれた漬物を思い出しながら、そう話した。


「ほう……! ぜひ詳しく!」


 ぎらり、と……。

 まるで立ち合いの時に見せるような鋭い視線になったケイトが、続きをうながした。

 やはり、一番先に立つのは食い気か……。

 自分の少年時代を思い出し、微笑ましい気持ちになりながらスタンレーはあの味を思い出した。


「そうだなあ、あれは……」


 だが、勇者ショウには悪いが正直言ってあの漬物は辛すぎた……いや、もはや……。


「……痛かった、かな」


 ――舌に。


「ほう!? 痛かった!? ほう!」


 対するケイトは、何やら大盛り上がりである。ひょっとして辛党なんだろうか?


「ああ、あれは本当に痛かった……。

 その時はそれだけだと思ったのだがな、翌日は尻がひりひりとしたものだ……」


「ふおおおおお!? 尻が! ほう!」


 やはり、辛党か……。

 愛好者ともなれば、体調が崩れるのを分かっていながらもそれに挑むという……。

 どうやら、ケイトもその口であるらしい。


「ひょっとしたら、まだあるかもしれないぞ?

 直接に話しかけるのが恐れ多いなら、私から口を()こうか?」


「いい、いえ! わわ、私はお話がうかがえただけでもう大丈夫です! はい!」


「うん、そうか」


 さすがは感心な若手騎士である。

 いかに辛い物が好きであろうが、体調を崩しかねぬと分かった上では挑まぬのをスタンレーは好ましく思った。


「でで、では私はこれで……!

 おお、お話ありがとうございました……」


「ああ、またな!」


 すごすごとその場を立ち去るケイトの背を見ながら……。


「今日は交流のない若者とそれが持てた。

 良い日だなあ……」


 スタンレーはのん気に、そう独り言を漏らしたのである。




--




「遥かな異界に存在するモノを再現した品が、すごく痛く……翌日になっても尻がひりひりした……。

 ふふ……ふふふふふ。

 ――()()()()()()()()()()


 一人城内の中庭を歩きながら、ケイトがぶつぶつと独り言をつぶやく。

 その脳内では、恐るべき……いや、おぞましき世界が展開されているのであった。


 賢明なる読者諸君はすでにお気づきであろう。

 少女騎士ケイト……もう一つの姿は、『素晴らしき白薔薇の会』会員ケーである。

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