Aパート 1
――明光の間。
王都ラグネアが誇る大神殿の中でも、とりわけ奥まった場所にその部屋は存在する。
間……と言っても、さほどの広さがあるわけではない。
十数人が座れる円卓を置けばそれで室内のほぼ全てが埋まってしまう程度であり、宗教的に重要な祭具や宝具が収められているわけでもなく、日々を宗教行事やケガ人及び病人の治療に追われる大神殿内にあって、なかば忘れ去られた場所となっていた。
……表向きには、だが。
月に一度、そこでは定例会合が開かれる。
何を目的とした会合なのか……それを余人が知ることはない。
そもそも、そこに集う人々はいずれもが顔を面布で覆っており、体つきから女性であること以外はいかなる素性もうかがうことはできないのである。
今また、面布で素顔を隠した一人の女性がここを訪れ、扉を軽くノックしていた。
「七……五……三……」
閉ざされた扉の向こうから、意図して固く変えられた声音が漏れ聞こえる。
「三……一……五……」
女性がそう答えることで、ようやく扉が開かれた。
目的も参加者の素性すらも隠し、更には合言葉を用いるという徹底ぶり……。
ここで話される内容が、表ざたとなってはならないという何よりの証拠である。
招き入れられた女性が円卓に着席すると、上座に位置する者が重々しい……けれど年相応のやわらかさが隠し切れぬ声を発した。
「全員、揃いましたね?
では、『素晴らしき白薔薇の会』今月の会合を始めます」
――『素晴らしき白薔薇の会』!
それこそが、彼女たちを表す組織名である!
時に鎧を着て徒手空拳で戦う少年たちについて語り合い……。
時に思春期を犠牲とした少年の心に翼は宿るかを語り合い……。
時に煙突掃除へ従事する少年たちの青春について語り合い……。
時に東洋から渡り来た松盆栽を穀潰しに見立てた場合について語り合い……。
はたまた時には、同じく東洋から渡り来た刀剣を男子に見立てて語り合う……。
端的に述べるならば、美少年美青年同士でのくんずほぐれつについて語り合うことを目的とした悪の秘密結社であり、本作における真のラスボスであった。
余談だが、先月の会合内容は『柱同士での設置角について』である。
ごく一般的な単語を用いながら、鬼ですら震え上がりそうな無惨さを内包していることから、その醜悪さは計り知れるであろう……。
「司会進行はいつも通り、このわたし……大首領ティーが努めますので、皆さんよしなに」
――大首領ティー!
きっと十代半ばの美少女であろう顔を面布で隠し、とっても珍しい桃色の髪を今日はお団子状にまとめ上げた組織の首魁であり、素性の全てが謎に包まれた巫女姫である!
その大首領が会合の始まりを告げると、一斉に語り合いが始まった。
「やっぱり、風というものは水がぐいぐい押し込んでナンボなのよ!」
「炭を霞がしっとりと覆うのって、素敵だと思いませんか?」
「宙ぶらりん気味な岩の扱いはどうしましょうか……?」
余人には、内容を理解することなど不可能つーかしたくもない会話が、明光の間を飛び交う。
何故か王宮でも御用達になってそうなお菓子が用意されていることもあり、彼女たちの話は弾みに弾んだ。
その熱量たるやすさまじいものがあり、生卵を置いておけば半熟のゆで卵くらいは作れるのではないかと錯覚させられるほどである。
やがて、各々の話も一区切りついてきたところで、会員の一人が「ところで」と切り出した。
「会員サー。
何か、気になることでもあるのですか?」
大首領ティーが、正体不明の王宮侍女である会員サーに続きをうながす。
ここで言う「気になること」とは、すなわち新たな妄想材料を指す隠語であり、全員の視線が一斉に会員サーへと向けられる。
「実は、ある晩に勇者様の自室で起こった事なのですが……」
会員サーは臆することなく、自らが聞いたことの一部始終を語った。
それは会員サー自身の正体も思いっきり明かす行為であったが、この場にそれを気にする者など存在しない。
そんなことより新鮮な妄想材料の方がはるかに大事であり、その貪欲さたるやかもすべき食材を見い出した微生物がごときであった。
「なるほど……『キスしてもいいかな?』ですか……」
話を聞き終え、大首領ティーができるだけ重々しくなるように工夫したかわいらしい声を発する。
果たして、大首領の判断たるや……!?
話に出た勇者の故郷で例えるなら、新連載会議中の漫画雑誌編集者がごとき心境で全員が大首領ティーを見据えた。
今聞いた言葉をじっくりと咀嚼するように、大首領がしばしの沈黙を置く。
やがて……その唇が開かれた。
「あり……ですね」
――ワッ!
……と、集った会員たちが興奮の声を上げる。
「やっぱり、その気になればよりどりみどりなのに浮いた話の一つも無いなんておかしいと思ってたのよ!」
「騎士たちの訓練へ積極的に混ざっているのも、半裸の男子を眺めるために違いないわ!」
各々、名誉棄損にもほどがある内容の言葉を好き勝手に言い放つ。
「やはりな……おかしいとは思っておったのじゃ」
そんな一同の言葉に深くうなずく、燃えるような赤髪の少女がいた。
彼女こそは、会員レッカ。普通に今代の聖竜レッカである。お前は面布を付けろ。
そして、その肩で器用にうんうんとうなずいている三匹の昆虫は、クワガタとカマキリとバッタだ。出待ち中である。
「ワシの裸を見ても、何の反応もしないくらいじゃからのう……」
そんなレッカのたわ言はガン無視し、一同はさらに燃え上がっていった。
「これは……書かねばならないでしょう!」
その最中、一人の会員が拳を握りながら立ち上がる。
「会員ケー……。
『寝台の下の模造品の息子』を執筆した、あなたが立ち上がって下さるのですか?」
「はい! お任せください!」
大首領の言葉に、会員ケーと呼ばれた少女は力強くうなずいてみせた。
普段は(頭が)かわいそうな人と呼ばれる彼女であるが、このような時は実に頼もしい。
「ならば……わたしも例の品が完成したことを伝えねばなりませんね」
大首領の言葉に、一同が騒然とする。
「まさか……ついに完成したのですか?」
「基礎的な仕組みは問題ないと思われていましたが、実用するにあたっては熟練の手際が必要になると目されていましたが……?」
「ふふ……だからといって、ジーッとしていてもドーにもならないですから」
聞く人が聞けばそこが後輩の戦場でも新形態を引っさげて乱入しそうなことを言いながら、大首領は面布の下にある唇をにやりと歪めた。
「水面下で密かに集めていた同行の士たち……。
彼女らは、恐るべき早さで使い方を習得してくれましたよ。
聖杖や聖斧の口伝しかり……正しき一念というものは、何物にも勝る力になるということでしょう」
断言するが、千年前のご先祖様たちもこんな場所で引用されるとは夢にも思わなかったことであろう。
「では、会員ケーよ。
あなたに、今聞いた事実を大いに膨らませた上での魅力的創作物執筆を命じます」
「は!」
大首領の言葉に、会員ケーはぴしりと背筋を正す。
「それが完成した暁には、密かに流布していくとしましょう……。
我らが新たな力――名付けて、活版印刷機を用いて」
――ふ。
――ふふふ。
大首領の宣言を受けて、誰ともなく笑い始める。
――ふふふふふ。
――腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐。
……明光の間を満たす臭気すら感じられるほどの邪悪な空気は、魔界にいる三将軍ごときでは逆立ちしても生み出せないものであった。