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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第五話『鋼鉄の重騎士!』
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Aパート 2

「勇者殿か……。

 相手にとって不足はない!」


 汗を流せど呼吸は乱れず……。

 連戦の疲労など存在せぬかのような姿で、ヒルダさんがこちらに向けそう叫んだ。


「勇者殿とヒルダ団長か……」


「これは、初の立ち合いではないか?」


「この目に焼き付けねばならんな……」


 輪を作っていた騎士たちが口々に言い合いながら、おれのために道を開けてくれる。


「勇者様、これを!」


「おう、すまないな」


 倒された騎士の介抱などに従事する騎士見習いの一人が、おれに向けて木剣を差し出してくれた。

 それを受け取り、輪の中央に向け悠然(ゆうぜん)と歩み出す。

 目測にして三メートル足らずの距離を取り、ヒルダさんと向き合った。


「…………………………」


「…………………………」


 自然体のまましばし視線を交わし、礼をする。

 剣術の訓練において礼節を重んじるのは、剣道も異世界の騎士剣術も変わらぬ点であった。

 ただ一つ違うのは、審判など存在しない点であろう。

 互いが剣を構え、呼気を合わせたその瞬間から勝負は始まるのだ。


「――ふう!」


 木剣を正眼に構えたヒルダさんが、声にならぬ気迫と共に大きく息を吐き出す。

 対するおれはといえば、同じく正眼の構えだが努めて全身の力を抜き、軟体動物がごとくリラックスしていた。

 なるほど、こうして向き合えばやはり、他の騎士たちとはものが違うと知れる。


 おれとて、日頃の時間を無為に過ごしてきたわけではない。

 他の騎士たちとは幾度となく木剣を交わし合い、やや幅広なレクシア王国の剣に合わせて自身が身に着けていた剣術も最適化を果たし終えていた。

 だから、こうして切っ先が触れ合う程の距離で構え合うと、彼女が剣に捧げてきた時間と汗の量もおおよそ量り知ることができるのだ。


 さておき……。

 先ほどの騎士も言っていたが、こうしてヒルダさんと立ち合うのはこれが初めてだな……。


「――つぇい!」


「――むん!」


 必殺の踏み込みと共にみぞおち目がけて放たれた突きを、木剣の腹で軽く受け流す。

 相手が気を緩めれば、すかさずそれを咎め攻め立てる。

 素直すぎるのは玉に(きず)だが、やはり見事な仕上がり具合だ。

 何故ならば、おれは構えそのものに隙は作っていない。

 相手の呼気を意識を読み、勝機を見い出す……この境地へ達するには、そもそものセンスが必要であり、それを磨き上げるための途方もない時間と努力もまた、必要なのである。


「……くっ!?」


 受け流された勢いのまま体勢を崩すヒルダさんと、軽くステップを踏んで立ち位置を変えるおれ……。

 ちょうど、立ち合い開始時と互いが入れ替わる形になった。


 おそらく、自身が勝利する姿を幻視するほどに確信を得て放った一撃だったはずだ。

 一瞬でも放心したとて、咎める気はなかったが、しかし、


「――しっ!」


 ヒルダさんは最短で体勢を立て直し、再びおれに木剣を振るってきた。

 今度のそれは、一撃で勝負を決めるためのものではない。

 防ぎかわされる前提で放ち、攻防を交えながら勝ちへの流れを作り出すための攻撃だ。

 とはいえ、その全てが速く……そして鋭い。

 余人相手であったならば、剣閃のいずれもが必殺として機能したことであろう。


 だが、おれには通用しない。

 かつての日、コブラが生み出した改造人間ブレードマンティスは二本の剣を自在に操る恐るべき敵であった。

 おれはそれに対抗すべく、おやっさんの紹介で剣道家の新堀先生から直々に特訓を受けているのである。

 いかに速く鋭くとも、直線的に過ぎる連撃を捌くことはわけもなかった。


「――はっ!」


 小手狙いの横打ちを、しかし、片手持ちとなることで瞬時に回避する。


「――てぃっ!」


 そのまま踏み込み、おれの頭を狙って放たれた上段打ちは、こちらから斜め一歩踏み込み返すことでかわした。

 更にもう一歩踏み込み、ヒルダさんと肉薄する。

 狙いは鍔迫(つばぜ)り合いである。

 振り抜いたまま戻し切れていないヒルダさんの木剣にこちらも木剣を噛み合わせ、剣の腹同士で超至近距離から力試しを挑んだのだ。


「くぬ……っ!?」


 体勢十分だったこちらと引き換え、彼女は上段打ちを外した影響で上体が泳いでいる。

 アームレスリング……相撲……そして、鍔迫(つばぜ)り合い。

 人間同士の力比べというものは、実のところ力比べであって力比べではない。

 間合いから体勢から、互いの呼気や思考の間隙(かんげき)に至るまで……人体が抱え得るおよそ全ての要素が作用する総合勝負なのだ。

 その内、少なくとも一つ――おれの見立てではそれ以上――を欠いたヒルダさんに、勝ちの目はないと言えるだろう。


「く……くく……っ!?」


 事実、おれの目と鼻の先で彼女はその美しい顔を苦悶(くもん)に歪ませていた。

 受け流すことも、押し返すこともかなうまい。

 生殺与奪の権利は、万全の状態からこれへ挑んだおれの手に握られているのだ。

 およそ一分程もそうしていただろうか……。

 だが、巨岩を押し付けられているかのような苦痛を味わうヒルダさんは、その何倍もの体感時間を味わったことだろう。


「――ふん!」


 こちらから剣の腹を突き出し、彼女を突き飛ばす。


「――くっ!? はあっ!?」


 二メートル程の距離でたたらを踏んだ彼女は、大きく息を吐き出していた。

 彼我の実力差は、これで知れたはずだ。

 だが、彼女は闘志の失せぬ目でキッとこちらを見据える。


 ――その意気は良し。


 だが、彼女は気づいているだろうか……。

 それがやや、上滑りしてしまっていることを……。


「――しっ!」


 果敢に攻め立ててくる彼女だが、攻めの一辺倒で思考を固めてしまっているのがその証左だ。

 しかも、今放った中段突きは最初に受け流したものと同じ技なのである。

 今度のおれは、あえて気を緩めてやってすらいない。

 当然ながらそれは軽く受け流され、最初の攻防を再現する形となる。


「――ふっ!」


「――はあっ!」


 その後も彼女は、幾度となくおれの急所目がけた斬撃を放ってきたが……。

 瞬発的な工夫と読みを欠いたそれは、新兵の素振りも同然である。

 戦いとは相手と自分あってのもの……。

 その内、相手を見失ってただ自分を押し付けているだけでは、稽古(けいこ)の形をしていてもその意味をなさぬ。


 さっきの騎士相手に対する瞬殺劇から懸念(けねん)したが……。

 やはり、おれの読みは正しかったようである。


「――むんっ!」


 ――ガシイイイイイン!


 ……と、木剣の跳ね飛ばされる盛大な音が周囲に響き渡った。

 跳ね飛ばされたのは無論――ヒルダさんの木剣だ。


「ここまでにしよう」


 木剣越しに伝わった衝撃で手をしびれさせる彼女に、おれはそう言い放ったのである。

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