Bパート 7
――ルミナスホッパー!
ホッパーが見せた新たな姿は、かつて聖竜レッカへ彼が起こした進化が、今度は自身に起きたものと見て相違ないだろう。
そのきっかけとなったのは、疑う余地もない……。
巫女姫ティーナが覚醒させた、聖杖である。
果たして、聖杖自身に意思と呼ぶべきものが存在するのか……。
はたまた、千年前、戦いの決着を見ずに無念の死を遂げた初代巫女の遺志が働いたのか……。
それは誰にも分からぬ。
一つだけ確かであるのは、これまで魔人を倒してきたブラックと新たな力――ルミナスは、見た目以上に全く性質が異なる形態であることだろう。
その証拠に――見よ! 新たな姿となった勇者から立ち昇る猛烈な光の魔力を!
この凄まじさは、先程空前絶後の大魔法を発動した時のティーナすら優に上回っている。
今まで、ブラックホッパーが見せてきた圧倒的な力……。
それが形を変化させた聖杖を通じ、光の魔力へと余さず変換されているのだ。
――輝きの魔術師!
大胆にもホッパー自らが名乗ってみせたその二つ名に、全く負けていない威容である。
『その魔力は……。
主殿! やはり魔法の素養があったか!?』
「フ……何やら裏口入学をしたような気分だが、な」
聖杖を肩に担ぎながら……。
操縦者の降車を受けてドラゴンモードへ変形した竜翔機に軽口で返す。
一見リラックスしているようなその姿には、しかし、微塵の隙も無い。
視界を眼前の魔人共から逸らしつつも、その聴覚で肌で匂いで……あるいは何らかの超感覚で、動向をつぶさに観察しているのだ。
「――ふん!
こけおどしに過ぎぬわ!」
青銅魔人の言葉を受けて、ゆっくりとそちらに振り向く。
そしてホッパーは、いつになく挑発的な態度で、左手をくいくいと己に向け振ってみせたのである。
「ならば、そのこけおどしを味わってみるか?
おれも、新しい力を試してやろうと思っていたところだ」
「……よくぞ言うた」
キルゴブリンに囲まれながら、ブロゴーンがわなわなと肩を震わせた。
もし、女魔人の肌が青銅そのものでなく血が通った尋常な生物のそれであったならば……。
おそらく、怒りのあまりその顔からは色が失せていたことであろう。
その証拠に、女怪は怒りのまま杖を振り上げると、配下のキルゴブリンらにこう命じたのである。
「ゆけ! 引くことは許さぬ!
――勇者に目に物見せてやるのだ!」
――キー!
引き絞られ続けた弓の弦が解き放たれたように……。
キルゴブリンらが、ルミナスホッパーに向けて殺到する。
その瞳孔なき眼には、勇者が見せた新たな姿への困惑も、死への恐怖も一切存在せず、ただただ殺意が宿るばかりだ。
魔人王によって進化を促された雑兵種族の、それが特質であると言えるだろう。
「ローダー! みんな!
――手出し無用だ!」
だが、死への恐怖を抱かぬのはホッパーとて同じ……。
しかも、ルミナスと化した彼はブラックの時に見せた猛々しい戦意を清流のごとくおだやかで清らかなものに昇華させており、圧倒的な数を誇るキルゴブリンら一体一体の動きを俯瞰で眺めているかのように把握しているのである。
「――ルミナスロッド!」
巫女の手による覚醒を経て勇者の手に渡り……。
更なる進化を遂げた聖杖――ルミナスロッドを勇者が構えた。
「――ふんっ!」
そこから彼が見せた動きの、何と流麗なことか……。
それはもはや、武闘の技ではなく舞踏の技である。
一瞬たりとも動きを止めることなく……。
得物を手に襲い来るキルゴブリンらの間を、疾風のように駆け抜けていく。
しかも、それはただ速いだけでなく周到に緩急が設けられており、足さばき一つ一つに至るまでが敵の目を惑わす幻惑の技へと昇華されているのだ。
「――てぇいいいいいやあっ!」
無論、ただ敵を惑わして終わるホッパーではない。
一連の美しき動きには、死と破壊もが内包されている。
それをもたらすのは――ルミナスロッドだ。
両端部へ新たに生み出された石突きが……。
次々とキルゴブリンに致命の一撃を与え、これを爆散させていく。
見れば石突きは光の魔力で輝きを帯びており、これを振るいながら舞うホッパーの姿はさながら光の輪舞といった様相であった。
「バッタが……せいぜい気持ちよく跳ね回るがいい!」
圧倒的優位に立ち回るホッパーを一人眺めながら、ブロゴーンが唇を舐める。
元より、キルゴブリンごときにどうこうできる勇者だとは思っていない。
だが、その足止めをするくらいならできる。
それだけで、十分だ。
何故ならば、ブロゴーンには一度勇者を破った必勝の術法が存在するのだから……。
そして、もはやその準備は整っているのである。
「ホッパー! 再び物言わぬブロンズ像と成り果てるがいい!」
ブロゴーンの頭部に巣食う無数のヘビたちが……。
鎌首をもたげ、両の瞳から怪しき光条を放つ。
それは青銅魔人が構えた魔杖の蛇飾りに収束され、巨大な光球を形作ったのである。
今度放つのは、マナリア平原で放ったのと同じ……。
ブロゴーン最大の奥義たる、禍々しき閃光が魔杖からほとばしった!
――キー!?
背後からの強大な呪詛に、キルゴブリンたちが次々と動きを止めブロンズ像と化していく。
津波のように押し寄せる呪詛の輝きを浴びたならば、新たなホッパーとてかの日の再来となるのは火を見るよりも明らかだ。
「――甘いぞ!」
しかし、その手を食うルミナスホッパーではない。
――ガキン! ガキン!
ルミナスロッドに備えられたレバーを素早く二回動作させると、柄に彫り込まれた魔法文字がまばゆく輝き出したのだ!
そして叫ぶ!
勇者に備わった、光の魔術が名を!
「ルミナス――――――――――ガーディアン・クラスタ!」
魔法文字の一つ一つから……。
無数の光が生み出される。
それは、ティーナが生み出すような光の粒子ではない。
――バッタだ!
光のバッタが無数に生み出され、ルミナスホッパーの周囲に展開し始めたのだ。
そして、光のバッタたちは群れ集うと巨大な盾を形作り、主を守るべく呪いの閃光を阻んだのである。
「――何っ!?」
ブロゴーンが驚愕の声を漏らす。
それも無理からぬことであろう……。
光虫たちの群れは、ただ障壁となってこれを防いでいるだけではない。
まるで、大量発生したバッタが作物を食い荒らすかのように……。
呪いの輝きの一片たりとてこの世に残らぬよう、これ吸収し浄化し続けているのだ。
これはまさしく――光の飛蝗!
「お……おのれ!
おのれえええええっ!」
最後の力を振り絞り……。
ブロゴーンが更なる呪いを振りまこうとする。
するとおお……女魔人の何という底力であろうか!?
頭部から生えるヘビの瞳一つ一つから……。
そして、魔杖の先端に備わった蛇飾りから……。
さすがに先よりは小ぶりなものの、十分な呪詛を秘めた怪しき光球が生み出されたのである。
「くらえええええっ!」
必死の形相となりながら、ブロゴーンがこれを一斉に撃ち放つ。
もはやこれは、魔法魔術の類ではない。
――執念だ。
ブロゴーンはただ執念のみで、恐るべき呪いを吐き散らしているのだ。
「――無駄だ!」
――ガキン! ガキン! ガキン!
ルミナスホッパーがこれを迎え撃つべく、レバーを三度動作させた。
すると先にも倍するほどの光虫がロッドから生み出され、呪いの閃光を阻み終えた群れと合流し集っていく。
そうして生み出されるのは……障壁ではない。
――ホッパーだ!
光虫はそれぞれ群れ集うと合体し、次々にルミナスホッパーと同じ姿を形作っていくのだ!
そうして生み出された光の分身は、十数体にも上るだろう……。
「――とおっ!」
ロッドを地に突き刺したルミナスホッパー本体も跳躍し、分身たちと共に跳び蹴りの体勢となる。
これこそは、ルミナスホッパー最大の必殺技!
「ルミナス――――――――――イリュージョンンン・インパアクッ!」
ルミナスホッパーたちによる跳び蹴りが……。
放たれたブロゴーンの呪詛球を次々と迎撃し、蹴り破っていく!
執念の呪いと、光の魔術……。
この対決を制したのは、後者である。
ルミナスホッパーの勝利だ!
「くう……っ!?」
自身の権能を打ち破られた絶望からか……。
はたまた極度の疲労からか……。
もはや完全な敗北を遂げたブロゴーンが、無念に膝を付く。
もし彼女に汗腺が備わっていたならば、大量の脂汗を浮かべていたに違いない。
その眼前に、分身を消し去ったルミナスホッパーが降り立つ。
もはや、女怪を守るべきキルゴブリンは彼女自身の手により全滅しており……。
力も使い果たしたブロゴーンに、反撃の術などない。
「…………………………」
ホッパーが右手をかざすと、技の発動にともない手放していたルミナスロッドが、念動力でその手に飛来し握りしめられた。
刺突の構えでそれを構えたホッパーが、青銅魔人を見やる。
だが、いつでもトドメを刺せる体勢でありながらそれは突き出されない。
「そういう……ことか……」
その青い瞳で、果たして何を見抜いたのか……。
次に輝きの魔術師が見せたのは、誠に意外な行動であった。
――ガキン!
ロッドに備わったレバーを、一度動作させる。
そこから生み出されるのは、防護の技でも必殺の技でもない……。
「ルミナス――――――――――ヒーリング・プリズム」