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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 英 慈尊
第四話『輝きの魔術師!』
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Bパート 2

 ――二日後。


 もう何度閃光に満ち溢れたかも知れない儀式の間で、再びティーナは落胆のため息を吐くこととなった。


「また……ダメだった……」


 元来より、体の強い性質ではない。

 ろくに休まず強大な魔力を行使し続けたその身は、一見して分かるほどに痩せ衰えていた。


「ティーナ……ただでさえ先日は倒れ、丸一日寝込むこととなったのだ。

 このまま無理を続ければ、主様を救う前にお主が枯死(こし)してしまうぞ?」


 ただ一人この場に同席し、ティーナが無理をしすぎぬよう見守っていたレッカがそう進言する。

 ヒルダがこの場にいないのは、再度の襲来を予言した魔人への対策を練るためであった。


「そうはいきません……何としてでも、ショウ様をお救いしなければ……!」


 眼鏡をかけ、手にした書物と床に描かれた魔方陣を見比べながら思案にくれるティーナがこれを拒絶する。

 気絶から覚めた後、ティーナはただ無為に同じ儀式を行い続けてきたわけではない。

 失敗の度に魔方陣の模様を工夫し、何とかその効力を高めようとしてきたのだ。


「やはり、かまど座の位置に対応させた方が……でもそうすると、太陽への祈願がおろそかになりますし……」


 眼鏡をかけているせいもあるだろうが、こうしているティーナの姿は、巫女でも姫でもなく学者のようである。

 疲労を気にせず……というよりは、むしろ極度の疲労こそが集中力を増す結果となっているのかもしれない。

 それこそレッカのことなど空気か何かのように気にせず、ぶつぶつと呟きながら一心不乱に聖別(せいべつ)されたチョークを振るっているのだ。

 己と魔方陣以外存在しないかのように添削(てんさく)し続けるティーナを見やりながら、レッカがぽつりとつぶやいた。


「なあ、ティーナよ?

 ……倒してしまえば良いのではないか?」


 その言葉に、ティーナの動きがぴたりと止まる。

 そして、緩慢(かんまん)な動きで振り返りながらレッカにこう問い返したのだ。


「レッカ様。

 何を……言ってるんですか?」


「じゃから、倒してしまえば良いのではないかと言っておるのじゃ。

 例のブロゴーンとかいう女魔人……奴は再度の襲来を予告しておった。

 ワシは呪術というものには詳しくないが、術者を倒せば光明も見い出せるのではあるまいか?」


 レッカとしては、単純明快な名案へたどり着いたという気分であった。

 だから、その声も自然と明るい色を帯びていたのである。


「今、ヒルダの奴めも騎士たちをまとめ対策を練っておる。

 だからお主も、ここは一つ休息を――」


「――やって」


「うん……?」


 この時、レッカはティーナの声を聞き間違えたかと思った。

 震えるように絞り出されたその声には、癇癪かんしゃくと呼ぶべき感情の爆発が含まれていたのである。

 ティーナがそのような声を出す姿など、これまで見た事がない。

 いや、ひょっとしたらあるかもしれないが、その辺りはどうも記憶が曖昧(あいまい)だった。レッカはいつだって幸福なのである。


「――どうやって倒すって言うんですか!?

 確かに! この呪いがここまで強固なのは恐るべき呪詛の念に加えて、呪いをかける際につながった経路(パス)から魔力を注がれ続けているからです!

 例の魔人を倒しさえすれば、元に戻すこともできますよ!

 でも、どうやって倒すんです!? 唯一魔人を打倒できる勇者は、こうしてブロンズ像にされてしまってるんですよ!?」


 今は少女の姿を取っているが、レッカの本性は地上において頂点に立つ生命――聖竜だ。

 どれほどの怒気を込められようとも、小娘の言葉に揺らぐほど胆力は弱くない。

 だからただ、その言葉に悲しくなったし――ティーナの心に巣食う問題にも気づくことがかなった。


「なあ、ティーナよ」


「なんです!? まだ何かあるんですか!?」


 解呪が上手くいかない八つ当たりもあるのだろう……。

 普段は努めておだやかに話すティーナが、まるで幼子(おさなご)のようである。

 ならば幼子へ接するようにしてやれば良かろう……。

 寿命が尽きるまでのごくわずかな期間……自分にそうしてくれた母竜の姿を思い出しながら、続けた。


「ワシはな――実は昔、鹿めに噛みつかれたことがある」


「は?」


「まあ聞け。

 お主が生まれるより前……お主の父親が、まだ二十そこそこの若造だった頃の話じゃ。

 あの頃のワシは、まだ幼くてな。

 群れからはぐれた鹿を森で見つけ、腹が減ってるわけでもないのにこれを追いかけ回したことがあるのじゃ」


 それは人間の幼子(おさなご)がアリをいじめるようなものであり、子猫がネズミや虫をいたぶるようなものだったのだろう……。

 幼さ故の残酷さを発揮し、聖竜本来の巨体でまだ若い鹿を追い詰めたものだった。


「じゃが、霊峰ルギスの絶壁まで追い詰め逃げ場をなくした時にじゃな……。

 牙を剥き威嚇するワシに対し、その鹿は死に物狂いで噛みついてきたのじゃ。

 ――無論、鹿ごときの歯で傷がつくようなワシではない。

 だが、鼻先を噛みつかれ驚いている隙にそいつは逃げのびたというわけじゃ。

 のう、ティーナよ? この話を聞いてどう思う?」


「どうって……」


「極限まで追い詰められ逃げ場を失えば、鹿でも勇気を発揮する。ワシはこれを匹夫の勇とは思わぬ。現にその鹿は活路を切り開いたのじゃからな。

 しかるに、ティーナよ? 今のお主はどうじゃ?」


「わたしが……鹿と同じだというのですか!?」


「それ以下であると言うておる」


 ぴしゃりと言い放つ。


「今のお主は、極限まで追い詰められた状態でありながら、尚も我が主という逃げ場を求めようとしておる。

 それが現状不可能であると、理解しておりながらじゃ」


「…………………………」


 ティーナが、何も言い返せないまま悔しげに唇を噛む。

 おそらくは、彼女も内心理解していたのだ。

 自分はただ、解呪の儀式に工夫をこらし続けることで現実逃避していたということを……。


「もう一つ教えておこう……。

 本人から聞いた話じゃが、我が主は最初から勇者だった男ではない。

 勇者になろうとした男でもない……。

 勇者に、なってしまった男じゃ」


「ショウ様が、ですか……?」


 ティーナが目をむいたのは、これがそれだけ意外な事実だったからであろう。

 確かに、今の彼を見れば生来の勇者であり、正義の遂行者であるとしか思えぬ。

 だが、かつて抱いていたという夢をも語ってくれたあの夜……彼の言葉に嘘の響きはなかった。


「望まぬ力を手に入れ、主殿の世界にはびころうとしていた巨悪を食い止められる唯一の身となった。

 じゃから戦い……そして今の強さを手にしたのじゃろう」


 それが、肉体的な強さのみを意味する言葉でないことは今のティーナなら理解できるはずだ。


「あの主殿ですら、発端(ほったん)はそうであったのじゃ。

 最初から強い者などおらぬ。

 じゃが、強くあろうとすることは誰にでもできる」


「強く、あろうとすること……」


 ティーナにうなずきながら、続ける。


「何も、一人でそうせよとは言わぬ。

 ここには、ワシがいるし――」


「――姫様! 我らもおります!」


 入り口の方を見やれば、そこに立っていたのはヒルダと――彼女の部下である精鋭の騎士たちだ。

 皆が皆、この状況であるにも関わらず瞳を戦意に燃やしている。

 その姿と言葉は、今のティーナにとって何よりの良薬となったに違いない。


「皆さん……よろしいのですか?

 ショウ様と同じように、いえ、もっとひどいことになるかも知れないのですよ?」


 ティーナの言葉に、集った騎士たちが力強くうなずく。


「我らは、この身を国に捧げた身……」


「命など惜しくはありませぬ!」


「例えこの身と引き換えになろうと、必ずや魔人を打倒し勇者様をお救いしてみせましょう!」


「やれやれ、ワシの言葉を全部言われてしもうたわい」


 おどけるレッカとは裏腹に……。

 ティーナは、感無量といった様子で顔を伏せていた。

 そして、涙の代わりに決然とした表情を浮かべ、再び顔を上げたのである。


「……よろしい。

 ならば、皆さんの命をわたしに預けてください。

 わたしも当代の巫女として、共に戦うことを誓いましょう!」


 ヒルダたちが一斉に腰の剣を抜き、それを天に掲げた。

 気合の声が儀式の間を満たした、その時である。


 ――魔人襲来を告げる、警戒の鐘もまた王都中に鳴り響いたのだ。


「――姫様!?」


「――行きましょう!」


 一同は決意の眼差しを互いに向け合い、儀式の間を後にしていく……。

 そのような状況であったから、誰も気づかなかったのだろう……。

 ティーナの手にした石杖(せきじょう)が、ほんの一瞬だけ光を宿したことに……。

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[一言] うぉぉぉがんばれ姫様ー!騎士団!
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