Bパート 6
……果たして。
斬風隼魔ハマラが再び現れたのは、勇者ショウが見立てた通り十日後の早朝であった。
「ヒャッ――――――――――」
方角から考えて、おそらくは北部の山岳地帯に身を潜め傷を癒していたのだろう……。
耳障りな大音声を響かせながら突風を巻き起こす姿からは、もはやホッパーの蹴りによる負傷の影響を感じることは出来ない。
「――――――――――ハッー!」
前回同様、地上からわずか数メートルほどの低空を高速で飛び回り、人々や建物を蹂躙せんとする魔人に対し、王都ラグネアの民はまたも無力を晒すのみなのか……?
応えは、否である。
その証拠に、奴めが飛翔しているのは王都でも最も人が多いはずの目抜き通りであるのだが、前回と違い表を出歩く人が吹き飛ばされることはない。
しかもそれだけではなく、地上から巻き上げられる桶やタルといった設置物も数えきれるほどの少なさであり、様々に工夫を凝らして補強された建物群は雨戸を下ろし、しかと荒れ狂う魔風に耐え抜いているのだ。
「ンンンンンンンンンン!?」
一旦、飛び回るのをやめて目抜き通りの直上に滞空したハマラは、ハヤブサのごとき顔を心なしか退屈そうにさせながら腕組みし首をひねる。
「オイオイ、どーしたよ!?
どいつもこいつも、ノリが悪いじゃねえか!? なあ!?」
舞台歌手も裸足で逃げ出すほどの大声で問いかけるが、答える者など存在するはずもない。
何故ならば、二十四時間体制で配置された見張り員によってハマラの襲来は早期に発見されており、警鐘が鳴らされると同時に人々は屋内へ避難してしまっているからであった。
各町区の顔役へ話を通し、避難経路と避難場所を定めてこれを徹底させる。
のみならず、危うい建物は補強し簡単に風で巻き上げられるようなものは道端に置かぬよう周知されていた。
地味ながらも此度の魔人に対する最も有効な防備策であり、たった十日でこれを実現する王都民の団結力には賞賛すべきものがあるだろう。
「……チッ!
ンーだよ!? ノリの悪い連中だなあ!?
――テメーらも、そう思うだろ!?」
飛来した数本の矢を見ることもなく巧みに回避しながら、ハマラは到着した竜騎士らに向けて問いかけた。
「全騎散開!
奴の跳梁を許すな!」
――応!
騎士団長ヒルダの号令に竜騎士たちが答え、ハマラを取り囲むように展開していく。
次々と打ち放たれる矢をその都度回避しながら、ハマラはおかしそうな声を上げた。
「あっれー!?
おっかしーな? 噂のブラックホッパー様が見当たらねーなー?
どーしたのかなー? こないだみたく不意打ちするために潜んでるって感じもしねーなー?」
さらに矢を回避し、騎士の一人をすれ違いざまの蹴りで叩き落としながらポンと手を打つ。
「あ、そーか!?
きっとザギ様の作戦が上手くいったんだろーなー!
テメーらが頼りにしてる聖竜はもう、ドルドネスが遺した毒液でおっ死んじまってるにちげーねーわー!
アイツには感謝しねーとなー! アイツ酒好きだったから供えてやったら喜ぶかなー!?」
その言葉に動揺したか……。
明らかに軌道が乱れた一騎を翼が生み出した突風で打ち落とし、なおも続ける。
「ま、そんなわけでテメーらが期待してた通りにはならねーんだわ!
さっさと諦めちめーな!」
こちらをあざけりながら恐るべき事実を明らかにするハマラであったが、その言葉にただ一騎、微塵の動揺も見せぬ者がいた。
騎士団長ヒルダである。
「魔人の言葉などにいちいち惑わされるな!
皆、手はず通りにやれ!」
ただただ音量ばかり大きい、ハマラのそれとは違う。
他者へ指図し慣れた者特有のよく通る声で指示を飛ばしながら、自身も鞍にくくり付けた荷を探った。
果たして取り出したのは……丸めた網である。
そして見やれば、ハマラを取り囲むように展開する他の竜騎士たちもそれを手にしているではないか!?
「――放て!」
ヒルダの号令に応じ、それぞれが手にした網を投てきする。
先端部に重りを仕込まれた網は空気抵抗にも負けずハマラ目がけて猛進し……入念な実験通りに広がった。
ハヤブサ魔人の周囲で、前後左右を問わず投網が展開していく。
いかな斬風隼魔の異名を持つ魔人と言えど、これには逃れる術がないと思えた。
だが、
「くっだんねー!」
ハマラは叫びながら、翼を一際大きく羽ばたかせる。
そこから生み出されるのは、斬風隼魔必殺の一撃……。
自然界のそれを遥かに凌駕する、カマイタチである。
闇の魔力によって生み出される風の刃は、港で働く者たちが恨みを込めて作り上げたそれをいともたやすく切り裂き、吹き飛ばした。
「おいおいおい!? 知恵を絞って投網かあ!?
頼みの綱のホッパー様と聖竜様がいなきゃあ、こんなもんかよお!?」
「く……っ!?」
予想できていた結果とはいえ、用意していた策が簡単に破られたことにヒルダがほぞを噛む。
果たして、こやつを止める術はないのか……?
諦めず弓を構えながらも、騎士たちの誰もがそう思ったその時である。
「団長! あれを!」
先日、勇者運搬の任に預かった騎士スタンレーが空の一点を指さしながらそう叫んだ。
「なんだあ……?」
当然、その声はハマラの耳にも届く。
だが、魔人が目にしたのはスタンレーが見たものと同じであったか、どうか……。
スタンレーが指さした方角……そちらから飛来するのは猛烈な勢いでハマラに撃ち放たれた火球であった。
「ううおっ!?」
これには魔人も驚き、それこそ宙を舞うハヤブサのように鋭い回避軌道を取る。
だが、放たれた火球は一発や二発ではない。
無数の火球が連続して放たれ、ハマラめを回避一方へ追いやっているのだ。
「これは……」
ヒルダが、期待を込めた眼差しをそちらに向ける。
果たして、連続で火球を放ちながらすさまじい速度でこの空域へ迫るのは期待通りの……いや、期待を大きく超える存在であった。
「何だあっ!? こいつはっ!?」
ハマラが驚きの声を上げたのも無理はない。
「おれは勇者――ブラックホッパー!」
そう叫んだのは、この場で戦う誰もが知る異形の勇者であった。
だが、彼が乗っているそれは一体……?
全長は馬ほどの大きさに縮んでしまっているが、真紅のシルエットはまごうことなく聖竜のそれである。
しかし、全身を構成するのは生物の肉や鱗ではなく……全く未知の光沢を持つ金属であった。
つまりこれを一言で表すならば、金属を用いて作り上げた聖竜の精巧な模型ということになる。
ならば、全体から発されている圧倒的な生命力と光の魔力は一体……?
しかも、首といい四肢といい……ごく自然な生物のように自在に動いているのだ!
勇者のまたがりし金属竜が、不可思議な光の粒子を放つ翼を羽ばたかせ、ハマラのそれすら及ばぬ雄叫びを上げた。
『そしてワシこそが生まれ変わりし聖竜!
――竜翔機ドラグローダーじゃ!』