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Aパート 4

 全身は、昆虫じみた甲殻に覆われており……。

 関節部では剥き出しとなった筋繊維が、今にもミリミリと音を立てそうである。

 最大の特徴と言えるのが、頭部であろう。

 まるで、バッタの頭と人間の頭をデタラメに組み合わせたかのような……。

 バッタ人間と称すべきその異貌(いぼう)は、見ようによっては頭蓋骨のようにも思え……。

 さながら、地獄の底から現出した正義の死神がごときであった。

 この世界に生きる人々とつむいだ絆の証であるマフラーは、風になびくかのような見事な角度で静止していた。


 異形の戦士……彼が騎乗しているのもまた、この世界に生きる人々が見たことも聞いたこともない乗り物である。

 前と後ろ……いかにも不安定そうな二輪で大地を疾走する、鋼鉄のカラクリ車……。

 特徴的なのは、各部に竜の意匠が施されている点であろう。

 だが、その雄々しさときたら……。

 王国が誇る竜騎士たちの飛竜ですら及びつかぬほどの精悍(せいかん)さであり、事実、これは竜たちの最上位に位置する存在がその姿を変え、さらに各部を変形させた姿なのである。


 これなる戦士と乗車の名を、知らぬ者などいようはずもない。


 ――勇者ブラックホッパー。


 ――竜翔機(りゅうしょうき)ドラグローダー。


 ……その、大理石像である。


 王国一の職人が一年近くの時をかけて作り上げた造作は、見事と言う他にない。

 今にも動き出し、正義の名乗りを上げそうな、圧倒的な躍動感と迫力が備わっているのだ。


 余談だが、当初は青銅像として発注する案もあったのだが、これは実際にホッパーがブロンズ像となった事件が存在するためお流れとなった。

 その事件の下手人が終戦を確信させる使者として巫女姫と対話したのは、なかなかに因縁を感じさせる出来事である。


「これが、当日大神殿前の広場に運び込まれ、式典の目玉として公開される予定です」


 王城内に存在する倉庫……。

 そこで高官らと共に完成した大理石像を見上げた巫女姫ティーナは、珍しくその眉をしかめた。


「分かってはいたことですが、白色ですか……」


「着色した方がよろしかったでしょうか?

 ですが、恐れ多くも申し上げます。

 これから屋外で長きに渡り我らを見守ってもらうこと、また、使用させていただいた素材の上質さを思えば、自然なままの状態こそが最上であるかと……」


「ああ、いえ、こちらの話なのです」


 迂闊(うかつ)なつぶやきに、矜持(きょうじ)を傷つけられたのだろう……。

 脇に控えながらも熱弁する製作者に、苦笑しながら手のひらを見せる。


「当代一の呼び名にふさわしい、見事な仕事ぶり……。

 わたしだけでなく、これを見た全ての王国民が勇者ブラックホッパーの勇姿を思い出し、子々孫々へと語り継いでいくことでしょう。

 短い期間で、よくぞここまでのものを造り上げてくれましたね?」


「姫様直々にそう言っていただけるとは……!

 それだけで、苦労が報われるというものです」


 今度は恐縮し始める職人にほほえみを向けながら、そっと胸元を押さえた。

 そこに仕舞われているのは、もはや返せぬことが判明した預かり物……。


「記憶が風化せぬよう、その姿を残せて本当に良かった……」


 独り言のように、ティーナはそうつぶやいた。




--




 この一年あまり……。

 ティーナの心に生まれた間隙(かんげき)を埋めてくれたものといえば、それは日々の激務を置いて他にないだろう。


 国の象徴として……。

 あるいは、宗教上の最高指導者として……。


 少女に求められる公務は、その種類も数も多岐に渡る。

 当然ながら、本来ならばその全てをティーナ自身がこなす必要はなく、巫女姫のために用意された官僚組織や、大神殿に務める高位の神官達がある程度は代理を務められる体制が整っていた。

 しかし、巫女姫はそれを拒否し、あえて一身に公務のほぼ全てを引き受けていたのである。


 その心中たるや察するに余りあるものがあり、良くないことと知りつつ、側近らもこれを止めることはかなわずにいたのであった。


 結果、落ち着いた食事の時間など取る(いとま)もなく……。

 ティーナは今、王城の一室で同じく多忙を極める騎士団長ヒルダと、報告を主体とした食事会を開いていた。


「……以上が、当日の警備体制となります」


 図面を机の上に広げ、その横に片手でつまめる品々が並ぶ……。

 一国の姫君が食事としてはあまりに実用一辺倒の食卓にも、すっかり慣れたティーナである。


「そして最後に、対魔人族に向けた警戒体制の解除をわたしが宣言し、騎士たちがその場で鎧を脱ぎ捨てるわけですね?

 ヒルダのことですから抜かりはないと思いますが、くれぐれも羽目を外して鎧の部品を放り投げる者などが出ないようにしてください」


「承知しました。あらためて皆に周知徹底いたします」


 二人が今、話し合っているのは、魔人族との終戦を記念した式典に関する事柄であった。

 昼間、視察した大理石製のブラックホッパー像……。

 あれもまた、この式典がために制作されたものなのである。


「それにしても、当初はひとまずの区切りとして計画されていた式典ですが……。

 ブロゴーン女史の連絡を得て、はっきり戦いが終わったと確認できたのは僥倖(ぎょうこう)でしたね」


 給仕を務める王宮侍女ヌイが出した茶を飲みながら、ティーナがそうつぶやいた。


「国民の感情を考えても、楽観的な観測ではなく厳然(げんぜん)たる事実として受け止められたのは大きいかと。

 私の立場からすれば、騎士たちの気がゆるまぬようにするのが大変ですが」


 苦笑を浮かべながら、ヒルダがそう応じる。

 王都の治安を預かる者として、平和な時には平和な時なりの気苦労があるということだった。


「特に、パンの配給を終えることに関しては不満も出るかもしれません。

 ヌイの焼くパンは、騎士たちにも好評でしたから」


「お褒めに預かり……恐縮……です」


 無表情にも見えるヌイの顔が少しだけ赤らんでいることを見抜き、ティーナとヒルダはほほえみを交わす。


「何事にも節目はあり、変わらぬものはないということですね……」


 ティーナが、懐から一枚の紙を取り出しながらそう言い放つ。

 いや、それは紙ではない。

 一見すればよく似ているが、質感といい光沢といい、羊皮紙とも東方世界で用いられる穀紙(こくし)とも全く異なる品なのだ。


 そこに描かれているのは、数人の男女……。

 いや、これも描かれているというのは正確ではない。

 まるで、そこにある風景をそのまま切り取ったかのような……。

 絵画とは明らかに異なる技術が用いられた絵なのだ。


 男女の中心に位置している青年の名を、忘れるティーナではない。

 勇者イズミ・ショウ……。

 彼が異世界から持ち込んだこの紙の中では、勇者とその友人だろう人々がにこやかにほほえんでいた。


 もはや返すことのかなわぬ、勇者からの預かり品である。


「わたしも、新しい一歩を踏み出さないといけませんね……」


 己へ言い聞かせるようにそうつぶやくティーナへ、ヒルダもヌイもかけるべき言葉を見つけられなかった……。

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