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Aパート 3

 一年の長きに渡り、王国騎士たちの士気を維持し続けられたのは、騎士団長ヒルダの人望によるところ大であるが……。

 配給される食事の質が高かったことも、大きな要因であろう。


 正騎士のみならず、見習いに至るまで……王国軍に所属する者たちは毎日、焼き立ての白パンが配給されてきた。

 王国としてもなかなかの出費であったが、これを決定したのは勇者の言葉が大きい。


「いかにして、士気を維持するか、か……。

 おれは軍属ではないが、祖父は軍に入っていてな。

 『どうして軍人さんになったの?』と子供の頃に聞いてみたら、こう答えて笑っていたものだよ。

 『銀シャリが食べられるからさ』ってな。

 ああ、銀シャリというのは……」


 お互いの情報交換も兼ねた会食の場……。

 勇者イズミ・ショウとしては、なんの気もなく話した思い出話であったようだが――これが当たった。

 イズミ・ショウにとっての『銀シャリ』に相当する品……白パン。

 これを毎日食べられるようにすると、騎士たちの士気が目に見えて高まったのだ。

 食というものが軍隊に与える影響の、なんと大きいことかというこぼれ話である。


 そのようなわけで、ラグネア城にはパンを焼くための(かま)も増設され、毎日、大量のパンを焼いているわけであるが……。

 これを焼くための人手を工面するのが、なかなかに大変であった。

 専属していたパン職人たちだけでは当然ながら手が足りず、彼らの弟子たちや、時には王宮侍女からも応援として人が派遣されているのである。


 その中で、ひと際目を引く活躍をする少女の姿があった。


「……ん」


 力を入れているのか、いないのか……。

 いまいち威勢というものに欠けた無機質な声音で、褐色肌の少女がパン生地をこね回す。

 ただしこのパン生地、大きさが尋常ではない。

 もはやこれは……山か。

 明らかに自身の体積より大きいそれを、少女は銀髪から汗一つ垂らさず子供が粘土をこねるようにたやすくこね、伸ばし、軽々と叩きつけているのだ。


 なんと恐るべき――怪力!

 しかも、これだけの量をこね回しておきながら生地は極めてきめ細やかな出来であり、最初に作り方を教えた熟練の職人でも思わずうなってしまうほどなのである。


 最初は応援要員として派遣され、今では王城パン(かま)のなくてはならぬ戦力となっている少女……。

 もう、新人の冠を取っても良い頃合いとなっている王宮侍女の名を、ヌイといった。


「いや、さすがはヌイちゃんだ!」


「お前さんの生地作りを見ていると、気分が良いよ!」


「お前たちも、しっかり見習えよ!」


 口々にヌイの手際を褒め称え、これを見習うよううながす職人たちに弟子たちが不満の色を示す。


「そんなこと言われても……」


「親方たちは、あれをマネできるっていうんですか?」


 こう言われてしまえば、そっぽを向くしかない熟練の職人たちだ。


「……ふふ」


 そんなパン職人たちのやり取りを見て、ヌイが……わずかに笑みをもらした。

 この一年……。

 様々な仕事へ積極的に挑戦してきたヌイには、徐々にだが……表情というものが増えてきたのである。


 そんなヌイを見て鼻の下を伸ばす職人たちを見れば、城内で密かに彼女を支持する勢力が生まれていることを語るまでもあるまい。




--




 ――学びを得ようとする者に貴賤(きせん)なし!


 ――学徒たらんとする者よ! ここに来たれ!


 ……とは、レクシア王立学園が掲げる校訓であるが、これを言葉通りに受け取る者は皆無であろう。


 確かに、入学資格を得るのに身分は一切問われない。

 しかしながら、実際に入学するとなると勇者ショウいわく「小学三年生ほどの」学力が必要となる試験を突破せねばならぬし、その後も様々な名目からなる寄付金がなかば強要されているのだ。

 これでは事実上、実家である程度の教養を得られる富裕層しか入学できぬ。

 貴族学園と揶揄(やゆ)される由縁(ゆえん)である。


 結局のところ、庶民が学を得ようとするならば、引退した騎士などが開いた私塾にでも通うのが一番の近道なのだ。

 とはいえ、それもまた狭き門であることに変わりはなく、結局のところレクシア王国はまだまだ学問に力を入れていない国家なのである。


 その風潮に風穴があいたのは、この春のことだ。

 他でもない……。

 レクシア王立学園に、孤児院出身の孤児が数人入学したのである。

 勇者イズミ・ショウが、足しげく通い教鞭を()っていた孤児院の子供たち……。

 その中でも特に優秀な者が選ばれ、見事、入学試験に合格を果たしたのだ。

 学園への寄付金や種々様々な教材費として用いられるのは、勇者ショウが残した私財である。


 ――もし、おれが戻らなかったならば、預けている金は孤児院の子供たちを支援するために使ってほしい。


 彼の願いは巫女姫ティーナを通じ、叶えられたのだ。

 無論、尊敬する先生が(おり)に触れては書き記しておいた手習い書を元に、独力で勉学に励んだ当人らの努力も讃えられるべきであろう。


 聞くところによれば、彼らは毎日元気よく孤児院から学園に通い、旺盛(おうせい)な学習意欲を示して授業中は積極的に挙手し、授業時間外となれば学園に収められた書物や、これも勇者が残しておいた書物を読みふけっているらしい。


 ティーナの好意で、たまに菓子を差し入れに行くヌイが聞いたところによれば、彼らはこう言っていたという。


 ――僕たちは、学園に通っていっぱい勉強し、将来は国を支える官僚になるつもりです。


 ――そして、そこで得たお給金をみんなで出し合って、僕たちみたいな子供を助けてあげるつもりなんだ!


 ――先生があたしたちにしてくれたみたいに、勉強を教えてあげるの!


 ――その子供たちがまた別の子たちを助けてあげたら、きっとこの国はすごく素敵なところになるよ!


 ……悪意というものをたやすく伝播(でんぱ)させてしまうのが、人という生き物の愚かさであるとしよう。

 しかし、善意の輪を広げていけるのもまた人間であり、子供たちが語った願いのなんと(とうと)きことであろうか。


 イズミ・ショウという男がまいた種は、レクシアの地に力強く芽吹きつつあった。

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