Bパート 8
「千年前……地上に打って出た俺が、先代の勇者とお前さんの婆さんに敗れたことは、知ってるな?」
レイの言葉に、ショウとレッカが深くうなずく。
「そうだ……そして、お前を封印したとティーナからは聞いている」
「ああ、ワシもそのように申し送りされておる」
「そいつは、事実の一端だ。全てじゃねえ……。
先代の勇者たちは、あえて全てを伝えることはしなかったのさ」
レイは、残がいと化し散らばっている玉座の中で、最も原形を留めている部位を指差した。
「確かに、俺という存在の半分ほどは魔界に送り返され……封印された。
だが――半分だ」
次いで、自分を支えてくれているショウの胸をとんと指で突く。
そこに、ある物……。
埋め込まれている物を忘れる、ショウではない。
「つまり、おれの体内に埋め込まれた輝石リブラとは、お前という存在の残り半分ということか?」
「そう……だ。察しがいいじゃねえか?
先代の勇者は、俺の力と意識の一部を切り取り、リブラを生み出した。
そして、こう言ったんだ」
千年間の時を経て……。
一言一句たがえることなく覚えていたのだろう言葉を、レイは紡ぐ。
――この石は……お前はこれから次元も時空も超えた世界に流れ着く。
――そこで永き時を経て、いずれふさわしき者と巡り合い一つとなるだろう。
――その者こそ、次代の勇者だ。
――お前は勇者と共に、この世界へと召喚されることになる。
――勇者と共にあることで、お前の力は膨れ上がり、やがて究極の力……太陽の域へ達することになるだろう。
――カギとなるのは、聖杖、聖斧、聖竜……そして一つまみの闇だ。
――そしてかの者闇を照らし出し、この世に平和をもたらす。
「伝承の……言葉……」
「そうだ」
レッカの言葉に、レイがうなずく。
「そして魔界に存在する俺の意識とつながったリブラは、勇者の力で違う世界へと送り込まれた。
その世界の名は、今更言うまでもないだろう?」
「……地球」
問いかけられたショウは、もはや懐かしさすら感じる故郷の名を口に出す。
「ああ、俺は以来千年を、魔界と地球二つの世界に意識を置きながら過ごした。
色んな人間の手を、転々としたぜ?
例えば、戦国時代の覇王……。
例えば、数学好きのフランス砲兵士官……。
例えば、ケンタッキー出身の大統領……。
例えば、ドイツの画家志望者……」
「そして……潮健児、か?」
「ああ……後の大首領コブラだ。
そんで最後に、お前の中へ埋め込まれた」
かつての時を思い出すように、レイが両目をつむる。
「千年の時を、人間と共に歩むことで……俺はその素晴らしさを、かけがえのなさを知った。
確かに、時には愚かな選択をすることもある。
だが、それを学び、乗り越える力が人間にはある。
ただ壊し、奪うことしか考えなかったかつての俺とは、大違いだ」
そして目を開くと、ニヤリと笑ってみせたのである。
そこには一切の虚飾はなく、おそらくレイという人物生来の笑みであると知れた。
「中でも、お前と仲間たちは素晴らしかった。
絶望的にも思える秘密結社との戦いを、みんなで協力し、はげまし合って乗り越え……ついにこれを打ち破った!」
レイの視線が、ショウの胸へ……その奥底に埋め込まれた自身の分身へと注がれる。
「リブラを通じてそれを追体験した俺は、確信した。
――この男だ。
こいつこそが、予言された勇者にちがいないってな。
魔界の様子やザギたちの報告から、再度の地上侵攻が近いことも分かっていたしな。
勇者として召喚される資格があるのは、三千世界の中でお前ただ一人だと見込んだ」
語るべきことを語り終えた弛緩から、レイがわずかに頬をゆるめた。
「後は……お前たちも知っての通りだ。
聖杖に関しては、正真正銘偶然だが……。
そこから先は、意図して魔人軍の戦術に干渉し、お前に試練を課していった……。
全ては、ブラックホッパーという改造人間を究極の力……太陽の力を備えた勇者へ導くために……」
「バクラが使っていたロケットランンチャー……。
そして、ヌイを送り込んだこと……それらは、おれに聖斧と闇の魔力を取り込ませるためだったということか?」
「もしや、ワシがキルゴブリン共の毒で死にかけた時のあれも……」
ショウとレッカの言葉に、レイがうなずく。
「お前たちの推測通りだ……。
これで、話すべきことは話した、な……。
レイが大きく息を吐き出す。
もう、彼に残された命は、長くはない。
「最期に聞かせてくれ。
お前、魔人たちについてどう思う?」
「魔人たちについて、か……」
その言葉を受けて、ショウはしばし瞑目した。
鉱石魔人ミネラゴレムを始めとして……。
これまで戦ってきた魔人戦士たちの姿が、その脳裏を過ぎ去っていく……。
導き出した答えは、果たして……。
「どうしょうもなく邪悪で、残虐な者もいた。
だが、中には真の武人と呼ぶべき、友情すら感じる男たちもいた。
時には、愛を育む者すらいた……」
目を開いたショウが、真っ直ぐな瞳でレイを見やる。
「正直に言おう。
こと内面的な面において、おれは人間と魔人との間に、さほどの差は感じぬ。
「ああ……そうだ。
俺という指導者が愚かだったばかりに、間違った方向へ導いちまったが……。
魔人も、人間と変わらない素晴らしい生き物だ。
神様は間違ったのさ。
そこら辺を見誤って、太陽のない世界に俺たちを追いやっちまった……」
レイが腕を上げ……もう目が見えぬのだろう、どこか虚空をさまよわす。
ショウは迷わず腕を伸ばし、その手をしっかりと握り締めた。
「ここまできたら、俺が何を頼みたいかは分かるだろう?
忘れるな……『そしてかの者闇を照らし出し、この世に平和をもたらす』だ。
――頼んだぞ。
勇者……ショウ……」
レイの体が、光の粒子となって分解されていく……。
それは魔性の王とは思えぬほど、暖かさに満ちたものであり……。
それらは全て、勇者と見込んだ男の胸に吸い込まれ……奥底に存在する自身の分身と一体化していった。
魔人王レイの――最期だ。
抱えていた者は全て消え去って自身の力と一つになり……。
勇者はただ一つ、残されていた純白の帽子を手に取った。
そしてそれを墓標のように残がいと化した玉座の上へ乗せ、こう誓ったのである。
「ああ……。
任せておけ――兄弟」
千年の時を越えた大願は、ここに託された。