Aパート 6
勇者が出撃を決意した旨は、翌日の朝一番に王国議会へ伝えられ……。
ごく短な議事を経て、王国議員総員による敬礼という形をもって承認された。
決定打となったのは、勇者自らによる議員たちへの演説であろう。
感動的な内容だったわけではない。
決して、他者へ語りかけることが得意な者の弁舌でもない。
しかし、不退転の決意が込められた一つ一つの言葉には、慎重論派の議員たちも口をつぐむ他になかったのである。
――勇者出撃す!
この一報は、騎乗した騎士たちにより王都の隅々まで触れ回られた。
これなるは、巫女姫ティーナの命である。
――此度の事態に対し、勇者ならぬわたしたちは一切の助力ができません。
――ならばせめて、王都に生きる民総出でこれを見送りましょう。
巫女姫の願いは、王都市民全ての願いでもあった。
ゆえに、急な触れであるというのにほぼ全ての市民が仕事を放り出し、太陽が中天へ座す頃合いには目抜き通りへ人垣を形成するまでに至っていたのである。
「――来たぞ!」
「――勇者様だ!」
固唾を飲みながら待っていた人々が、遠くに見えた人影を見て口々にそう言い合う。
騎乗した騎士団長ヒルダ直々の先導を受けながら目抜き通りを進む勇者がまたがるのは、騎馬ではない。
およそ誰も見たことも聞いたこともなかった……しかし、今となっては、誰もが知るところとなっている奇怪な乗り物である。
一見すれば、香箱座りをする猫のごとく体の各部を収納した鋼鉄の竜だ。
だが、竜の腹部からは一対の車輪が生えており、これが目抜き通りの石畳を削りながら力強く進んでいるのである。
――竜翔機ドラグローダー。
……その、バイクモードと呼ばれる形態だ。
今代の聖竜が変身し変形したそれは、今となっては勇者が首に巻くマフラーと共に、その象徴として知れ渡っていた。
竜翔機にまたがった勇者へ注がれる言葉は、実に様々である。
「勇者様ー!」
「頼みましたぞ!」
「魔人王を打ち倒し、真の平和を勝ち取ってくだされ!」
その勝利を確信し、力強く激励する人々の姿があった。
「無理をなさらないでくだされ!」
「私たちは、共に戦う決意ですぞ!」
「何も、あなたお一人で乗り込むことはないのです!」
しかしながら、単独での出撃を危ぶみ、これを引き留めようとする声はそれよりさらに多かったのだ。
市民たちの中にも存在する、決戦論派と慎重論派……。
見事な操縦桿捌きで相棒を操りながら、勇者はこれらに分け隔てなくうなずきかけて行った。
背中を後押ししてくれた人たちには、感謝の念を……。
引き留めようとしてくれている人たちにも、やはり感謝の念を……。
勇者は目抜き通りを進む相棒の歩みを、決して緩めようとはしなかった。
ただ、実に晴れ晴れとしたその表情を見れば、いささかの不安も後悔も存在せぬと感じられたのである。
これを見れば、引き留めようとする人々もただ畏敬の念を抱き、見送る他になかった。
ある、子供たちを除けば……。
「――先生!」
人垣の一部……。
老齢の神官に率いられた子供たちが、他のそれにも勝る悲痛な表情を浮かべながらそう叫んでいた。
イズミ・ショウを差して勇者ではなく先生と呼称する子供たちと言えば、これはもう一つしかあり得ぬ。
彼が教鞭を執ってきた、孤児院の子供たちである。
「…………………………」
竜翔機にまたがった勇者が、彼らに首を向けた。
「先生!」
「……先生!」
子供たちはただ、彼を先生と呼ぶだけである。
出陣に際し鼓舞するわけでもない……。
しかし、その足を止めようとするわけでもない……。
ただ、言葉にできぬ無数の感情を視線に乗せるだけである。
あの時……。
出撃せぬよう訴えかける子供たちに対し、勇者は……彼らの先生は結局、何も答えることがなかった。
子供たちが見たことのない、困ったような顔を浮かべるだけであったのだ。
それが何よりも雄弁に、彼の決意と決断を物語っていたから……。
せめてこれ以上、困らせぬようにするのが子供たちなりの気づかいであるのだ。
ああ、思えばあの時……。
――では、授業を終わりにする。
……彼はこう、言ったではないか。
今日の、ではない……。
授業を終わりにする、と、そう言ったのだ。
誰ともなく、その事実に気づき……。
子供たちは、己が口にするべき言葉を見い出した。
「ぼく、絶対に文官になってこの国の役に立ちます!」
「あたしも!」
「先生が教えてくれたこと、絶対忘れません!」
「そして、大きくなったら……!」
「今度は、私たちが他の子供を助けられる大人になります!」
子供たちの言葉に……。
勇者は、確かに微笑んでみせた。
そして、その日一番の力強いうなずきを返してみせたのである!
多くの人々に見送られ……。
その想いを背に受け、勇者を乗せた竜翔機が目抜き通りを進む。
その歩みはやがて、王都を囲む城門の大正門へと達した。
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『いよいよじゃな?』
「ああ。
――もはや、なんの憂いもない!」
レッカの――ドラグローダーの言葉にうなずき、眼前へ広がる街道を見やる。
ここより先……。
マナリア平原に、敵の居城があった。
「ショウ様……!」
「……いって……らっしゃい……」
護衛の騎士らと共に、あらかじめ大正門で待機していたティーナとヌイが横合いからそう呼びかけてくれる。
「勇者殿……お頼みいたします!」
最後に、ここまで扇動してくれたヒルダさんが馬上からそう呼びかけ……。
おれは、こんな自分を……改造人間を受け入れてくれた人々との別れを済ませた。
「――行ってくる!」
決然とそう言い放ち……。
素早く各部を操作すると、竜翔機に秘められた恐るべき力を開放する。
おれが地球で思い描いていた理想のバイクの構造を受け継ぎ、さらに昇華させた車体は抜群の加速性能で悪路そのものと呼べる街道を突き進み……。
この背を見送る人々から、遠ざかっていく。
「ここからは、おれとお前の二人だけだな……」
『なんじゃ? 寂しいのか?』
おれの言葉に、ローダーがそう尋ね返す。
「いや……万の味方を得た気分だ!」
『おうよ!』
街道を行く竜翔機の車上で、力を引き出すための動作を繰り出す。
「変ンンンンン――――――――――身ッ!」
体内に埋め込まれた輝石リブラが、力強く鳴動した。
新作短編投稿したので良かったら読んでやって下さい
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