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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第十一話『昭明にして萬邦(ばんぽう)を協和す』
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Aパート 5

 一〇〇万ドルの夜景という言葉がある……。

 おれが孤児院の子供たちと同じくらいか、それよりも幼いくらいの時分に生まれた言葉で、要するに高度な経済成長を経た都市が闇の中、無数の電光できらめく様を讃えた言葉だ。


 では、目の前にある夜景をどのような言葉で表すべきであろうか……。

 ラグネア城のバルコニーから見下ろす王都は、各所に存在する不寝番の詰め所にかがり火が灯っているくらいであり、後は月と星の明かりが照らすのみである。

 改造人間たるおれの夜目(よめ)ならば、各家屋(かおく)に灯る油皿やロウソクの光を捉えることもできるが、これらは地球から渡り来た身としてはあまりにか細く、ホタルのそれに例えるのもためらわれるほどに弱弱しい。


 だが、おれにはこれが、たまらなく美しく、愛おしく思える……。

 地上に星空など描かなくとも、そこには人々の生活があった。

 明日を信じてこれから眠りにつこうという、息遣いがあった。

 希望が、あるのだ。


 ……守らねばならない。

 例えこの身が、朽ち果てようと。


「……明日、()とうと思う」


 おれは背後を振り返り、仲間たちにそう宣言した。

 後ろから夜景を眺めるおれを見守ってくれていたのは、ティーナ、ヒルダさん、レッカ……そして、ヌイである。


 黙って決意を固めるまで待ってくれていた彼女たちは、何かを諦めたような……何かを納得したかのような……複雑な表情をその顔に浮かべていた。

 ただ一人、不敵な笑みを浮かべていたのは――レッカである。


「……いよいよじゃな!」


 そう言いながらうなずくと、一歩前に進み出てきた。

 見た目は、人間の少女に過ぎない。

 しかし、人間のものとは異なる縦長の瞳孔には、これも人間の少女にはとても宿せない戦意がみなぎっていたのである。


「すまんな、レッカ。

 ――つき合ってくれるか?」


 聞くまでもないことを、あえて言葉にして投げかけた。

 単純に、彼女がいなければ最大の(フォーム)――サンライトホッパーにはなれないというのもある。

 だが、魔人族との戦いを経て……おれはもう、聖竜の末裔たる彼女が傍らにいない戦場を想像することができないまでになっていたのだ。


「つまらぬことを聞いてくれるな……。

 ――主殿、お主の行く所こそが、ワシのゆくべき場所じゃぞ?」


 そう言いながら、レッカが片目をつむってみせる。

 なんとも力強い、相棒の返事であった。

 感謝の念と共に深くうなずき、おれは続いてヒルダさんを見やる。


「ヒルダさん……後の守りを託します」


 おれの言葉に、ヒルダさんはなんとも申し訳なさそうか表情を浮かべた。


「このような時にこそ、勇者殿の先鋒(せんぽう)を務め道を切り開くのが我らの役目……。

 それを果たせぬのは、無念だ」


 そう言いながら視線を腰の剣に落とし、これをかちゃりといじる。

 果たして、彼女の無念さたるやいかほどのものか……。

 そしてそれは、スタンレーを始めとする全騎士に共通のものであるはずなのだ。


「魔人王の言葉が真実であるとは限りません。

 むしろ、おれをおびき寄せ別の手勢で王都を攻めるという線も十分に考えられる……。

 ヒルダさんたち、王国騎士が後方で控えているからこそ、おれは後顧(こうこ)の憂いなく乗り込めるのです」


 実際、これは慰めではなく真実の言葉である。

 天の目を持たぬ身である以上は、何事に対しても用心してし過ぎということはないのだ。


「……勇者殿の不在を突き、万の軍勢が押し寄せてきたとしても防ぎ切ってみせると約束しよう」


 そう断言してくれたヒルダさんと、互いにうなずき合った。

 次に向き合うのは、この短い期間ですっかり侍女姿が板についてきたヌイである。


「魔人王は……危険……」


 無表情のまま、ヌイは開口一番そう言い切った。

 これが余人であるならば、ただの一般的な注意喚起となるだろう。

 しかし、なんと言ってもヌイはあの大将軍ザギが妹である。

 ……直接聞いたことはないが、おそらく、魔人軍の中でも高い地位にいたことは想像がついた。


「……だろうな」


 ヌイの言葉に、おれは深くうなずく。


 ――魔人王レイ。


 奴は心底からふざけた男であり、阿呆(あほう)な男であり、間抜けな男である。

 恐ろしいのは、その阿呆(あほう)さや間抜けさが道化(どうけ)を演じてのものではなく、ごくごく自然なものであるという点だった。


 ――底が、知れぬ。


 ただ恐ろしいだけの悪党ならば、いくらでも相手取ってきたこのおれだ。

 しかし、奴に関しては思考の一切が読めぬ。

 ……ゆえに、危険なのだ。


「だが、それでもゆかねばならない」


 顔を引き締め、決然とそう言い放つ。

 そうした後、少しだけ頬を緩めながらこう続けた。


「……そして帰って来た時には、きっとこの服も汚れきっていることだろう。

 ヌイ、その時には洗濯を頼めるか?」


「……ん」


 おれの言葉に、ヌイはこくりとうなずく。


 最後におれは、ティーナに向き合う。

 巫女姫たる少女は、泣きそうな顔をしながら桃色の髪を夜風に揺らしていた。


「思えば、地球――あちらの世界で君の声を聞いてから、全てが始まった。

 大して長い時間を過ごしたわけでもないのに、もう何年もここで暮らしたような気がするな……」


「…………………………」


 おれの言葉にティーナは何も答えず、ただ何かを訴えかけるような眼差しを向けるだけである。

 おれはふところを探ると、丁度あの時――ティーナの声が脳裏に響く直前、眺めていた品を取り出した。


「君にこれを、預かっていてもらいたい」


「これは……?」


 差し出された品を受け取ったティーナは、不思議そうな顔をしながらそれを見やり、次いで目の前にいるおれを見る。

 彼女に渡したのは――一葉の写真だった。


 若かりし日の……今と変わらぬ姿をしているおれが、おやっさん、ミドリさん、ナガレと共に撮った写真である。

 当然ながら写真など存在しないこの世界であるから、さぞかし不思議な物に思えることだろう。


「おれの……青春だ」


 あえてくどくどと説明するような真似はせず、簡潔にそう告げる。

 だが、口にしてみれば驚くほどしっくりくる言葉だ。


 ――おれの青春。


 この写真を言い表す上で、これ以上の言葉はあるまい。

 そして、その青春に隠されていた秘密を解き明かすためにも……。

 半世紀近く前から知らずくすぶっていた因縁(いんねん)に終止符を打つためにも、おれはゆくのだ。


「おれは必ず、それを取りに戻ってくる。

 だからどうか、そんな顔をしないでくれ」


「……はい」


 おれの言葉に、どうにかティーナは笑みを浮かべてみせる。

 それは明らかに作ったもので、ぎこちない代物であったが……。


 月明かりに照らされたそれは、とても綺麗なものだと思えた。


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