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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第十一話『昭明にして萬邦(ばんぽう)を協和す』
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Aパート 1

 あれは、秘密結社コブラとの戦いも佳境に入りつつあった、一九七二年冬のことだ……。

 激闘に次ぐ激闘で、さしもの改造人間でさえも疲労の色がうかがえていたのだろう……。

 おれを気づかったミドリさんの誘いで、上野動物園へと繰り出したことがある。


 今も外見だけは変わらないとはいえ、当時のおれは二十そこそこの青春真っ盛りな青年だ。

 これが、嬉しくないはずはない。


 果たしてどれだけそれがかなっていたか、今となっては疑問だが……表情だけは平静を装いつつ、内心では大いに心を弾ませて上野の地に降り立ったものである。


 ああ……あの時の体験は今でも忘れない。

 忘れがたいほどに……。


 ――苦い経験であった。


 一九七二年と言えば、もはや遠き地となった我が祖国が隣国と国交を結んだ記念すべき友和の年である。

 さしずめ、その親善大使とでも呼ぶべきか……同年九月には、ある超VIPたちが上野動物園へと迎え入れられた。

 彼らの名は、カンカン……そしてランランという。

 そう……超VIPたちの正体とは、ジャイアントパンダである。


 これが、日本中にフィーバーをもたらした。

 現地の様子はと言えば、これはもう、どう形容するのが正しいか……。

 通勤ラッシュ時の総武線内部を、そのまま動物園全域へ広げたようと言えば、想像もつくかもしれない。

 とにかく人、人、人といった有様で……あれではもう、上野動物園というより上野人間(・・)園を名乗った方が本当であっただろう。


 園内へ長大にして極太の列を形成し、並ぶこと実に二時間余り……。

 それだけの時間をかけて、二キロの距離を歩き、わずか三〇秒ばかりをあずましくない状態でパンダ鑑賞に当てるわけだ。


 これに疲労を覚えぬ人間など、存在せぬはずがない。

 少なくとも、改造人間ブラックホッパーたるこのおれはへとへとに疲れ果て、出がけの高揚感など消え失せ、ミドリさんと共に浪漫の欠片もない状態で帰路についたものだ。

 帰りがてらに二人で食べたビフテキがおいしかったのが、せめてもの慰めであったといえよう。


 さておき、だ……。

 あの時は人間側の疲れについてばかり頭を巡らせたものであるが、果たしてそれだけの人間に押しかけられ舐めるように見つめられていたパンダたちはどうだったのだろうか……。


 断言しよう。

 そちらもまた、へとへとに疲れ切っていたはずである。


 さしずめ、かの日々におけるジャイアントパンダたちがごとく……。

 群衆に押しかけられ、握手やら何やらを求められ、しまいには胴上げまでされたおれが言うのだ。間違いない。


 ラトラとルスカには申し訳ないが、ハッキリ言って彼らとの戦いよりもそちらの方がはるかに死闘であった。


 恐るべき強敵との決闘を制したこのおれ――サンライトホッパーの勝利を祝うべく、王都中から人々が押し寄せてくる……。

 ヒルダさんを始めとする王国騎士たちが誘導の任を買って出てはくれたが、それすらも焼け石に水であり……おれはまるでアイドルのようにこれへ対応し続けたのである。


 ようやく人がはけ始めたのは、陽が落ちる時刻になってからだ。

 ドラグドライバーへと変じたレッカの奴は、終始ご満悦であったものだが……。

 おれはと言えば戦勝の余韻も興奮も消え去り、変身を解除した後は祝勝の宴も固辞して眠りについたのである。


 すぐさま疲労抜きに入ったのは、訳があった。

 ……これで終わるとは、思えなかったのだ。




--




 それが証明されたのは、翌日早朝のことである。


 ――カン!


 ――カン! カン! カン! カン!


 ……という、危急を知らせる鐘の音にバネ仕掛けのごとく寝台(ベッド)から跳ね起きた。


「伝令――――――――――ッ!」


「哨戒していた竜騎士からの速報っ!

 ――マナリア平原に、怪奇なる巨大建造物が出現せりっ!」


 急ぎ身支度を整え、宝物である真紅のマフラーを首に巻きながら顔を引き締める。


「やはり、来たか……っ!」


 ――魔人王レイ。


 自らの分身とも手足とも呼べる三将軍を失った奴が、いよいよ大勝負を仕掛けてきたのだ。




--




「なんなのだ……こいつは!?」


 竜騎士による哨戒活動は、二騎一組で行うのが慣例であるが……。

 この異常事態を王都に知らせるべく、相方を単騎で引き返させた騎士スタンレーは、愛竜の背にまたがりながら眼下の光景を見やっていた。


 目の前に広がるそれ(・・)を、実際に目で見たことはないが……そこは世界中の国々から船舶が立ち寄る王都ラグネアの出身だ。

 知識として、その名は知っている。


 ――極光(オーロラ)


 花嫁がまとうベールのように……。

 天空から種々様々な光を帯びて広がるそれは、話に聞く極光(オーロラ)と見て間違いない。


 だが、極光(オーロラ)とは天空に広がるものではなかったか……?


 目の前に広がるそれは、天から地上に至るまでを巨大な陣幕のごとく覆っており、警戒しながら周囲を飛行してみた結果……実に直径一キロほどの円柱状になっているのだ。


 しかも、異常なのはそれだけではない……。


「向こうに見える……あの城は……あの世界は一体……?」


 マナリア平原と言えば、初代巫女の墓標樹も存在する聖地であるが、現在、極光(オーロラ)の向こうに存在するのは自然豊かな平原地帯ではなかった。

 すでに陽は出ているというのに、まるで太陽など存在せぬかのように薄暗く陰った荒野が広がっており……時折、それを雷光のひらめきが照らしているのである。

 そんな中に、禍々しくそびえ立っているのは――城だ。


 いや、これを城などと称してよいものか、どうか……。


 ある壁面は曲線で構成され……。

 またある壁面は直線によって構成されている……。

 壁面の角度そのものも地に対して垂直ではなく、ある区画は外側へ大きくオーバーハングしており、かと思えば別の区画は丸きり逆の方向へ湾曲していた。


 使われている石材もスタンレーの知識に存在するものではなく、どこまでも深い黒色をしたそれからは何か得体の知れぬ力を感じる……。


 およそあらゆる建築技法を無視したその構造は、魔性の技によって建造されたとしか思えぬ。

 ともかく、巨大な建造物を差す言葉として城という単語を用いる他にない……そのような建築物なのだ。


「一体、何が起ころうとしているのだ……?」


 たかが竜騎士単騎でどうこうできる事態でないことは明らかであり……。

 スタンレーは細心の注意を払いながら、極光(オーロラ)の周囲を飛行する他になかった。

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