Bパート 9
「どうしたホッパー……?
その程度では、あるまい……」
横倒しになった竜翔機から放り出され倒れるブラックホッパーを睥睨しながら、ラトルスカが一歩、また一歩と、静かに距離を詰める。
その姿からはトドメの一撃に至るまでを引き延ばし、今少しこの力を楽しまんとする強者の余裕と傲慢が見て取れた。
つまりそれは――スキだらけということ!
「――おおっ!」
立ち上がった勇者がバッタの脚力を活かし、怒涛の勢いで獣烈幽鬼の懐へ飛び込む!
疾走する最中でその身は鋼鉄の重騎士へと変化を遂げており、すでにギガントアックスのトリガーは引き絞られていた!
――シュゴオオオオオオ!
……と、アックスの背部から猛烈な勢いで圧縮空気が噴き出す!
ギガントホッパー持ち前の剛力に、圧縮空気による猛加速を加えたこの斬撃こそは重騎士最大の必殺技……。
「大ィィィィィ――――――――――烈断ッ!」
騎士団長代々の口伝に「あらゆる敵を烈断せん」と伝えられる一撃が、ラトルスカに襲いかかった!
……だが、
「――はあっ!」
「――何っ!?」
その刃が、掴み取られていた。
無造作に突き出された獣烈幽鬼の右手が、アックスの切れ味をものともせずその刃を掴み、必殺の斬撃を完全に抑え込んでいたのである。
「ぐ……くうっ!」
なんとかこれを押し込もうとするホッパーであるが、一寸たりとも刃は前進せぬ。
恐るべきは、掴み取っているラトルスカから一切の力みが感じ取れぬことであろう。
両者のパワーには、隔絶した差が存在することの証明だ!
「――ぬるいわ!」
「――ぐおわっ!?」
逆に捉えられる形となったギガントホッパーの胸部に、獣烈幽鬼が空いた手で殴打を加える。
これも、ろくに腰を入れていない手打ちの一打に過ぎなかったが、
「――がっ!? ぐはっ!?」
重騎士は広場の中央部まで吹き飛ばされ、手からこぼれた聖斧は石畳に突き刺さることとなったのである。
「ま……まだだ……!」
倒れた勇者が、気力を振り絞り立ち上がった。
立ち上がると同時に、その身は輝きの魔術師へと姿を変えている!
――ガキン! ガキン! ガキン!
ホッパーが、ルミナスロッドに備わるレバーを三度動作させた!
すると、ロッドの柄を走る魔法文字からおびただしい量の光虫が生み出され、それらは空中で群れ集うと光り輝くホッパーの分身をいくつも形成したのである!
ここから繰り出されるのは、ルミナスホッパー最大の奥義!
「ルミナス――――――――――イリュージョンンン・インパアクッ!」
分身体たちによる跳び蹴りが……。
次々と獣烈幽鬼に放たれる!
「――とおっ!」
最後に、ルミナスホッパー自身もアックスの隣に聖杖を突き刺し、殿となって跳び蹴りを放った!
回避不能な圧倒的物量による蹴撃を前にし……。
「……ふん」
しかし、ラトルスカの余裕が崩れることはない。
「――ぬるいと言っている!」
そして、今度はその全身から漆黒の稲妻が迸り、それらは黒雷のムチとなって迫りくる光の分身たちを迎撃したのである!
「――ぐうああっ!?」
たちまちの内に分身たちはかき消され、ルミナスホッパー本体もまともにこれを浴びて吹き飛ばされた!
「ぐ……がはっ……!?」
石畳へ突き立った聖斧と聖杖の傍らへ倒れるその姿は、すでに通常のブラックホッパーへと戻っている。
おお……獣烈幽鬼のなんという威力よ。
アクセル……ギガント……ルミナス……。
最強の改造人間たるホッパーが、この世界で得た力のことごとくが通用しない!
--
『――ぐおあっ!?』
『――うおああっ!?』
獣烈幽鬼の拳が、蹴りが……。
勇者を痛めつけ、そのために漏れる苦悶の声が黒雲を通じ王都全域へ響き渡る。
ブラックホッパーとて、ただ無抵抗になぶられているわけではない。
しかし、圧倒的なパワー差の前に防御という防御はまるで意味を成さず、かろうじていなしてからのカウンター攻撃も、ラトルスカに何らの痛痒も与えられぬのだ。
そもそもの基本的な身体能力に――差がありすぎる!
『――ぐはあっ!?』
黒雲が映す虚像の中で、獣烈幽鬼のマントが触手めいてうごめき、したたかに勇者を打ち据えた。
しかも、マントを形成する布地は黒雷をまとっていたのである!
単なる打撃だけでなく、感電による衝撃と火傷を全身に受けたホッパーが、無様に広場を転がった。
『ぐ……うう……っ!?』
全身からぶすぶすと白煙を立ち昇らせ……。
もはや立ち上がることすらもままならない勇者が、それでも身を起こすべく両腕に力を込める。
そのあまりに痛々しい姿に、それまで固唾を飲んで見守っていた市民らの中にも、思わず上空から目を逸らす者が続出した。
『――おのれっ!』
おそらく、必殺技を破った一撃の強烈さに意識を手放していたのだろう……。
ようやく意識を取り戻した竜翔機が、ドラゴンモードへ変形し火球を吐き出す。
『――ふん』
だが、ラトルスカは背後から迫る火球に見向きもせず指をパチリと鳴らし……。
次の瞬間、今まさに直撃しようとしていた火球がこつ然と消え去った!
『――何っ!?』
驚くドラグローダーであるが、果たして火球はどこへ消え去ったのか……。
その答えは――竜翔機の後ろだ!
獣烈幽鬼の魔法によって空間転移させられた火球は、無防備なドラグローダーの背中に直撃したのである!
『――ああああっ!?』
これを受けては、たまらない。
竜翔機はうつ伏せに倒れ、そのまま起き上がることもままならなくなった。
「もう……駄目だ! おしまいだ……!」
王都各所の避難所……。
上空の虚像を見つめていた誰かが、我知らずそう吐き出す。
それは、まぎれもなく全市民の総意であり……。
悲嘆の色は、またたく間に人々へ伝播していったのである。
「勇者様が、手も足も出ないなんて……!」
「お、俺たち……このまま殺されちまうのか……!?」
男たちが、絶望に嘆き……。
女たちは、ただ我が子を力強く抱きしめる。
獣烈将と幽鬼将……。
両者が合体し生まれた獣烈幽鬼は、伝説を塗り替える強さをもって人々を恐怖のどん底に叩き落としていた。
『ふむ……力の差も、ここまで開くとつまらぬものだな……』
虚像の中で、身勝手なことを言いながらラトルスカが倒れるホッパーに歩み寄る。
『そろそろ、遊びも終わりとしようか……』
掲げた右手が荒縄を束ねたように黒雷をまとい、いよいよ致命の一撃を入れようとしているのがうかがい知れた。
その時である。
『――む?』
獣烈幽鬼の頭に、石ころが当たった。
しかもそれは、一つではない……。
いくつもの石が投げられ、ラトルスカの全身に当たっているのだ。
『お前たち……一体なんのつもりだ?』
無論、たかが石つぶてごときが通用する獣烈幽鬼ではない……。
だが、あまりの出来事に投げつけられた石ころを防ぐこともなく、ただ空っぽの眼孔にまたたく光をそちらへ向けたのである。
『ホッパーは……!』
『先生は……絶対に殺させないぞ……!』
果たして、どこから駆けつけたものか……。
いつの間にか広場へ踏み入り、恐るべき魔人に石ころを投げ続けているのは、数名の子供たちであった。