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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第十話『陽蝗(ようこう)の勇者!』
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Bパート 3

「そこまでだ魔人族!」


「我らが相手になってやる!」


 かの日、鉱石魔人ミネラゴレムが王城を襲撃して以来……。

 騎士団長ヒルダが主導の(もと)、王都の防衛体制は大幅に強化されていた。


 それまでは、騎士階級の者といえど鎧を装着することはせず、制服に帯剣という装いで職務を遂行していたのだが……。

 今となっては、騎士たる者の全てが平時から鎧を身にまとっており、入念に構築された勤務計画により、昼夜を問わず常に数名が王都を巡回するようになっているのだ。


 当然ながら、大神殿のような重要施設ともなれば、配置されている騎士の数も相当数にのぼる。


 突如として現れた二人の魔人将によって追い立てられ、無辜(むこ)の民が次々と大神殿へ逃げ込む中……。

 彼らの誘導に当たらぬ騎士たちは、勇敢に剣を引き抜き広場へと馳せ参じていたのであった。


 当然ながら、一寸でも勝機があると思っているわけではない……。

 なんとなれば、今この場に現れたのは勇者が死闘の末に倒した大将軍とほぼ同等の実力者たちであり、伝説にも語られている悪夢の具現そのものなのである。


 しかし、そうかといって抜くべき剣を抜かず、守るべき民草と共に縮み上がる王国騎士ではないのだ。


 ――勝つ必要はない。


 ――ただ、恐るべき魔人たちの目をこちらへ向けさせられればいい。


 それさえできれば、気を変えた魔人将たちが力無き人々を傷つけることだけは防げるのだから……。


 これはまぎれもなく、異界から渡り来た異形の戦士から学びしもの――勇気の発露であり、単なる職業的義務感とは隔絶した騎士道精神の表れであると言えるだろう。


 だが……、


「――ハッ! 威勢だけはいいな!

 ……威勢だけは」


 獣烈将が面白くもなさそうに鼻息を鳴らし、傍らに立つ僚友を見やる。


「……だが、此度(こたび)の趣向においてお主ら有象無象(うぞうむぞう)が出る幕など無し。

 大人しく、控えておるがいい……」


 幽鬼将がそれにうなずくと、人骨そのものの右手を差し出し、片手で軽く印を結んだ。

 すると……おお! これはどうしたことか!?


「がっ……!?」


「馬鹿な……っ!?」


「足が……動かん……っ!?」


 両者へ向けて駆けつけようとしていた騎士たちの両足がぴたりと地面に貼りつき、そのまま一切動かなくなったのである。


 まるで、靴底ににかわでも塗り込んだかのような……。

 傍目(はため)には滑稽(こっけい)とも言える光景であるが、謎の術法を行使された騎士たちの顔は真剣そのものだ。


 彼らの顔は皆一様に紅潮(こうちょう)し、口は歯が砕けんばかりの力強さで食いしばられており、鍛え抜かれた騎士たちが全身全霊の力を込めていることをうかがえる。

 しかし、その足が動かない……。

 ならば、無理な力のかけ方により重心を崩した上半身から倒れこんでも良さそうなものであるが、未知の力により完全に固定された両足はそれすらも許さず、騎士たちはただ無念に上半身を泳がす他ないのであった。




--




「騎士様たちが……!」


「立ち向かうことすらさせてもらえないなんて……!」


「やっぱり、人間の力じゃ魔人族には勝てないのか……!?」


 果敢に立ち向かうも、その意気むなしく接近することすら許してもらえない大神殿防衛部隊の騎士たち……。

 その光景は、魔人王が上空に生み出した黒雲(こくうん)を通じ、全王都民へ鮮明に中継されていた。


 果たして、いかなる意図があってそのようなことをするのか……。

 あのふざけた魔人王の目論見(もくろみ)など、皆目見当もつかぬ。

 しかし、見せられれば気になってしまうのが人情というものであり、手近な避難場所へ逃げ込んだ市民たちは窓や出入り口の隙間から身を乗り出し、上空に映される虚像へ見入っていたのである。


「あれは、伝説に出てくる獣烈将と幽鬼将だよな……?」


「間違いないよ!

 ブロゴーンとかいう魔人と戦いがあった時、参戦してた騎士の方がうちの店で飲んでったんだけどさ……。

 酔いながらの話に出てきた、幻で出現したっていう将軍たちの姿とあれはそっくりだもの!」


 上空をうかがいながら、記憶の中に存在する伝説の記述と虚像のそれを照らし合わせている男に、付近で料理屋を営む女が太鼓判を押す。


「こないだのクモ男事件では、ずいぶんとふざけた奴を送り込んできたもんだと思ったが……」


「文字通りふざけてるのさ! 見たかい? あの魔人王ってやつのニヤケづら!」


「だが、今度は残ってる将軍をまとめて送り込んできやがった……!」


「今度という今度こそ、本気ってことだろうな……。

 見てみろ? 奴ら、いつものキルゴブリンすら引き連れていないぞ。

 小細工や手下に頼らずとも、勝てると踏んでるんだ」


 敬愛するべき騎士たちが、なかば捕らわれの身となっている状態であるが……。

 他にできることがあるわけでもなく、人々は黒雲(こくうん)を眺めながら次々に己の見解を述べる。

 喧々諤々(けんけんがくがく)とした避難所論争が、最終的にたどり着く結論はと言えば、これはどこの場所でも同一であった。


「それでも、勇者様なら……」


「ああ、勇者様ならきっと打ち倒してくれるよ!」


「勇者様は、まだ来て下さらないのか!?」


 これまでいかなる魔人戦士をも打ち倒し、先日はついに千年前の戦いですら果たされなかった大将軍打倒の悲願を果たした今代の勇者……。

 その到来を、待ち望んだのである。


「――あ、見ろ!」


「――あの光は!」


「――間違いねえ!」


 彼らの願いは、ほどなくして届いた。

 上空を覆う黒雲(こくうん)の下……。

 まるで、それそのものが希望の星であるかのように……。

 一条の光が、猛烈な速度で大神殿に向かっていったのである。


 ――竜翔機(りゅうしょうき)の羽ばたき!


 主を乗せた今代の聖竜が、その翼から光の粒子を放ちつつ戦いの場へ馳せ参じているのだ。

 それが見間違いや勘違いの(たぐい)でないことは、黒雲(こくうん)に映し出される虚像がすぐさま証明してくれた。


『――ハッ! 思ったより遅かったじゃねえか!』


『……いざとなれば、こやつらを見せしめにとも思ったが……無用な心配であったな』


 獣烈将が腕を組みながら豪放に言い放ち、傍らの幽鬼将が再び右手で印を結ぶ。


『おお……っ!?』


 すると、足の動きを完全に封じられていた騎士たちの束縛が解かれ、彼らはその場にへたり込むこととなった。


『みんな、ここはおれに任せてくれ……!』


 無力さにほぞを噛む騎士らへ、鋼鉄の竜から降り立った青年が静かに、しかし、決然と言い放つ。


 見た目には二十代と思えるその青年は、瞳の奥に若造とは到底思えぬ深い年輪を宿しており……。

 戦士階級が好んで着る装束は一般的なものであったが、首に巻かれた真紅のマフラーがあまりにも印象的であった……。

 これなる人物の姿を、たがえる王都市民など存在しない……。


「――勇者様だ!」


「――勇者様が来てくれたぞ!」


「――あいつらをやっつけてくれ!」


 王都各地に存在する避難場所が、喝采の声で満ちた。

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