Bパート 2
黒雲から放たれた二条の雷が落ちた場所は、王都が誇りし大神殿前の広場である。
しかし、意外にもこれは放電現象や火災などの被害をもたらすことはなく……。
どころか、落雷に付き物である轟音すらも響くことはなかった。
夜間を除けば常に人で賑わうこの広場で、一切の被害が出なかったのはそれが故であろう。
だが、落雷の後に現れた者たちを見れば、これを以って幸運であったなどと言える者は皆無であるに違いない……。
しゅうしゅうと立ち昇る蒸気の中にたたずむ二名の魔人こそは、落雷という自然災害を遥かに超えた被害をもたらす災厄の化身だったのである。
「地上か……千年ぶりだぜ」
広場に降り立った魔人のうち、一人がそうつぶやいた。
この魔人を見て、広場に居合わせた人々が最初に抱いた感想はと言えばこれはただ一つだ。
――でかい!
おそらく、その身長は二メートルを優に超えており……。
筋骨隆々とした体つきは、これまでに出現したいかなる魔人よりも立派なものである。
その外見は、直立した獣のごときものであり……。
あえて地上の生物へ照らし合わせるならば、獅子こそが最も近い特徴を備えているだろうか……。
しかしながら、一つ一つが恐るべき切れ味を備えているだろう刃によって構成された鬣といい、それそのものがいかなる鎧よりも頑強だろう装甲じみた皮膚といい、この者に比べれば地上で百獣の王を名乗る獣など子猫にも劣るに違いない。
その姿を、実際に見た者はこの場にいない……。
しかし、誰もがこやつの名を知っていた。
なんとなれば、その姿と恐ろしさは伝承によって事細かに人々へ伝えられていたからである。
――獣烈将ラトラ。
千年前のかつて、地上で殺戮の嵐を巻き起こした恐るべき魔人将であった。
「ふっふ……カラス共を通じて様子は見ていたが、実際に見ればあの大神殿とやらのなんと忌々しいことよ……」
ラトラと共に地上へ降り立ちし、もう一人の魔人が大神殿を見ながらそう吐き捨てる。
だが、言葉と裏腹に、その顔には怒りの色も嫌悪の色も浮かんではいない……。
いや、そもそもこの小柄な魔人を見て、表情をうかがい知れる人間など存在するだろうか……。
その姿を、ひと言で表すならばこれは、
――ローブをまとった人骨。
……ということになるだろう。
魔人の中でも不死生物と呼ばれる区分に属するこやつの姿は、一見すればラトラと並び立つなど考えられぬほどに貧相なものだ。
だが、ローブ内へ充満する漆黒の霧が秘めた魔力の、何と強大でおぞましいことであろうか……。
それは、国家的な催しで人々の前に姿を現す際、巫女姫ティーナから発される暖かでおだやかな力とは全くの対極に位置する力である。
しかも、ただ真逆であるだけでなく、内包する力の総量にはケタ違いの差が存在すると直感で理解できるのだ。
この者に関してもまた、伝承を通じ人々へ知れ渡らされている……。
――幽鬼将ルスカ。
ラトラとは同格に位置する、魔界三将軍の一人であった。
「あ……あ……」
広場に居合わせた者の一人が、現れた二人の魔人を指差しながら腰を抜かしへたり込む。
だが、彼のことを笑ったり、情けないと咎められる者など存在するはずもないだろう……。
獣烈将と幽鬼将……。
今この場に現れたのは、伝説に謳われし三将軍のうち二人なのだから……。
――すうぅぅぅぅぅ。
……と、遠く離れた場所からすら聞こえるほどの呼吸音を響かせながら、ラトラが胸を反らす。
そして次の瞬間、王都全域に轟くほどの咆哮を発したのだ。
「出てきやがれ――――――――――ッ!
勇者――――――――――ッ!」
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「望むところだ!」
ラグネア城内に存在する、竜騎士用の発着場……。
上空に異変が起きると同時、レッカと供にそこへ向かっていたおれは遠方から響き渡った咆哮にそう返した。
果たしてどこからこの大音声が発されたのか……。
それは、改造人間としての感覚に頼るまでもなく分かっている。
なんとなれば、いつの間にか上空を覆う黒雲に映し出されていた映像が切り替わっており……。
まるでテレビ中継のごとく、大神殿前の広場に出現した魔人将二人の姿を映し出していたからだ。
「レイめ……!」
「魔人王めは、この戦いを王都中に観劇させるつもりでおるのかのう?
まったくもってふざけた奴じゃ!」
レッカの言葉にうなずきながら城中を駆け抜け、発着場へたどり着く。
そこにはすでに、ヒルダさんを始めとする竜騎士たちが集まりつつあった。
「勇者殿!」
「ともかく、おれたちは先行して奴らと戦います!
――レッカ!」
「――おうよ!」
おれの言葉にレッカがうなずき、その身から爆圧的な光を発する。
光が収まった後、そこに立っていたのは竜翔機ドラグローダー……そのドラゴンモードであった。
「よし! 行くぞ!」
「――お待ちください!」
ローダーの背へまたがろうとするおれの背へ、待ったの声がかかる。
振り向くと、発着場の入口に立っていたのは――ティーナであった。
よほど急いで駆けつけてきたのだろう……。
彼女は肩を大きく上下させており、息も激しく乱れている。
そもそも体が強くないティーナにとって、ここまでの全力疾走はかなりの負担であるはずだった。
だが、その疲労を押し切ってティーナは力強く断じてみせる。
「ショウ様! これは明らかに罠です!」
「……だろうな」
その言葉に同意しながら、ちらりと上空の黒雲を見やった。
そこに映し出された映像……。
その中で展開されていたのは、破壊と殺戮――ではない。
『逃げるんならとっとと逃げちまいな!
お前ら小物に用はねえ!』
『じきここは、勇者と我らの戦場になるのでな……』
獣烈将と幽鬼将……こいつらがその気になれば、出現した場に居合わせた人々をたちまちの内に皆殺しにするなど造作もないに違いない。
だが、二人は現れた場所に悠然と立ったまま、大神殿内部へ避難する人々を見送っていたのである。
それは、大将軍ザギとも共通する武人としての振る舞いであり……。
……ザギを倒したおれに、小細工なしの真っ向勝負で勝てるという自信を感じさせる行動でもあった。
そもそも、ショーでも開くかのようにその様子を全市民へ公開する時点で敵の目論見など明らかなのだ。
……真正面からおれを打ち倒し、その様子を見せつけることで人々の心を折る腹積もりに違いない。
「だが、それでも行かなければならない……。
おれを信じてくれた君たちへ、応えるためにも……な。
――ローダー!」
『よし! 行くぞ!』
ティーナの反対を振り切り、ローダーの背にまたがる。
竜翔機の背に展開された両翼から光の粒子が放たれ、その巨体を見る間に浮き上がらせていく……。
「ショウ様……!」
後には、こちらを見やるティーナと続いて出撃準備をする竜騎士たちを残し……。
おれとローダーは天を翔ける光の矢となって、現場へと急行するのだった。
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「ラトラおじさま……ルスカおじさま……」
突然の事態に同僚の侍女たちが混乱する中……。
新人王宮侍女ヌイは、上空の黒雲を見上げながら誰にも聞こえぬようにそうつぶやいていた。
「姿は同じだけど……いつものおじさまたちじゃ……ない」
かつて、己と兄がそれを授かったように……。
二人が、何か強大な力を魔人王から与えられていると直感する。
「ショウ様……気をつけて……。
今のおじさまたちは……多分……兄様より……強い」
獣烈将と幽鬼将……。
果たして、両者に授けられた力とは……。