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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第九話『彼女たちの戦い』
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Bパート 5

「うぬ!?」


「おのれ、逃げたぞ!」


 口からまたしても強靭(きょうじん)な糸を吐き出し……。

 それを周囲の屋敷へ貼りつけ、自らを振り子のように扱い逃走するクモ男を見ながら、この場へ参じた騎士たちが口々にそう叫んだ。


『おのれ! 黒コゲにしてくれるわ!』


 少女の姿から変身したドラゴンモードの竜翔機(りゅうしょうき)――ドラグローダーが、その(あぎと)を開く!

 口腔(こうくう)ではちろちろと火がまたたいており、得意の火球を発射する態勢であることが知れたが……。


「レッカ様、待ってください」


 馬上から冷静にそれを制したのは、最高指揮官たる巫女姫ティーナであった。


「賊は屋敷から屋敷へと飛び移っています……。

 外した場合の被害を考え、ここはこらえましょう」


『ううぬ……』


 いかに短気なローダーと言えど、そう言われて攻撃を断行できるはずもない。

 無念そうに口を閉じ、一旦、変身を解除した。


「そもそも、ヌイ以外は弓を扱うことも禁止されているのですが……」


「……レッカ様……会議の時……寝てたから……」


 あきれた様子で見やる騎士団長ヒルダに、バリスタを抱えた新人侍女ヌイが無感情にそう告げる。

 それを耳にして、さしものレッカもばつが悪そうな様子を見せたが……。


「わ……ワシはそう! 細かいことは気にせずバーンとやる主義なのじゃ! バーンとな!」


 次の瞬間には、薄い胸を張りながらそう言い切ってのけたのであった。


「ご安心ください。

 ――レッカ様には、のちほど思う存分にバーンとやってもらうことになります」


 そんな態度にも慣れたもの……。

 ティーナがクモ男の去って行った方角を見やりながら、平坦な声音(こわね)でそう告げる。

 それが逆に、恐ろしい。

 怒りの臨界点を突破した時、人間という生き物はむしろ最大の冷静さでもって事へ当たるようになるのである。


「皆の者……ここまでは全て計画通りに運んでいます。

 慌てず騒がず、アナグマ狩りの計にて対処しなさい」


 ティーナが号令の下……。

 クモ男討伐作戦は、第二段階へと移行したのであった。




--




「クモ男がまた出たぞー!」


「おお、今日はもう帰っちまったかと思ってたんだがなあ」


「よく見ろ! 竜騎士様方が追っかけてらあ!」


 日が昇ると共に一日の仕事を始め……。

 それが傾き始めると共に、その日の仕事を終える……。

 徐々に夕焼けの色が濃くなってきた中、帰り支度を始める王都の男たちは、目に映る光景を見ながら盛んにはやし立てた。

 彼らが見ているのは、他でもない……。

 クモ男と、王国が誇る精鋭中の精鋭たる竜騎士との追いかけっこである。


 逃げるは、近頃王都中を騒がせているクモ男!

 建物から建物へ吐き出した糸を貼りつけては、自身を振り子のように扱い移動していく……。

 一見すれば迂遠(うえん)なように思えるその移動法の、なんと迅速(じんそく)なことであろうか。

 自然界のクモと比べてもそん色ない俊敏(しゅんびん)な体さばきと、精密極まりないクモ糸の扱い……。

 両者が合わさった結果、クモ男は低空を舞うツバメのような速さで王都を飛び回っているのだ。


 これを追うは、竜騎士たち!

 飛竜を駆り、空中を自在に飛び回る……。

 それは、クモ男に対して絶対的なアドバンテージとなり得るか……?

 その答えは――否であった。

 追跡劇の舞台となっているのは王都ラグネアであり、言うまでもなくこの街は大陸でも屈指の過密都市である。

 家々は密に立ち回り、机上の都市計画を大きく上回る勢いで増殖したそれらは、初見の人間が迷宮都市と例えるほどに複雑怪奇な街路群を形成していた。


 当然ながら上空に対して身を隠す遮蔽物の(たぐい)は枚挙にいとまがなく、これまでに何度か試みられた空中からの追跡も、それらを活用されることで上手くまかれてしまっていたのだ。

 そもそも、竜騎士にとって最大の武器である竜素材を用いた複合弓も、狙うべき相手が市街を飛び回っていては誤射を恐れて用いれぬ。

 結局のところ、これまでは手をこまねきながらからかうようにあしらわれてきたのである。

 そう……これまでは、だ。


 此度(こたび)においては、動員された竜騎士の数が違った。

 まるで、王都上空を覆い尽くすように……。

 各所へ待機飛行していた竜騎士たちが、かわるがわるクモ男を追い立てていくのである。


 いかに飛竜と言えど、生物であるからには長時間飛行の疲労から逃れる(すべ)などない。

 クモ男の隠れ家を決め打ちにし、出撃の刻限を定めたからこそこれだけの数が動員できたのであった。


 ある竜騎士をまいても、他の竜騎士がどこからともなく駆けつけ追跡の任を引き継いでいく……。

 物量で迫られては、さしものクモ男と言えど休む暇もない。

 必死になりながら街中を振り子のように飛び回っていくのだが、これを地上から追いかけるのが徒歩(かち)の騎士たちだ。


 竜騎士たちと同様、彼らもまた、一度に動員可能な最大数を街中に派遣されていた。

 彼らの存在があるからこそ、クモ男はどこぞへ隠れ潜むこともかなわず、地上と上空の両面から休みなく追いかけ回されることになっていたのである。


「おおー! 今日は騎士様方、気合が入ってるなあ!」


「こいつは、今度こそクモ男もおしまいかあ!?」


 邪魔にならぬよう避難しながらのん気に語り合う男たちであったが、ラグネアの女たちは様相が違った。


「出たわね! 女の敵!」


「よくも嫁入り前の娘に下着を晒させてくれたわね!」


「告白成立したところであんなことされて……これからどんな顔して会えばいいのよ!」


 彼女たちこそ、クモ男が調子にノって散々しでかしてきたスカートめくりの被害者や、その近しい人間たちである。

 世に、女の情念ほど恐ろしいものはない……。

 無敵の勇者ブラックホッパーも、女怪ブロゴーンに対し一度は完敗を喫していることからそれは明らかだ。


 女たちが、次々に侮蔑(ぶべつ)の言葉を叫びながら石や生ゴミなどをクモ男に投げつけていく……。

 中には、「大首領様のために!」などという意味不明な叫び声も見受けられた。

 そんな彼女たちが睨みつけるのは、何もクモ男だけではない……。

 のん気に観戦を決め込んでいた男衆に対してもまた、同様だったのである。


「あんたたち、何を見てるんだい!?」


「まさかとは思うけど……あの変態にちょっと感謝でもしてるんじゃないでしょうね!?」


「……サイテー」


 軽蔑(けいべつ)の視線と共にこんなことを言われてしまっては、男たちも動かざるを得なかった。


「そうだ! 俺たちは何をボケっとしていたんだ!」


「この街を守るのは、勇者様や騎士様たちだけじゃねえ……!」


「ここは俺たち自身が立ち上がる時だ!」


 割と真剣に死の恐怖を感じた男たちが、口々に耳障りのいい台詞を吐き出しながら投てき攻撃へと加わっていく……。


 こうなってはたまらぬ。


「シャーッ!? シャッ!? シャッ!?」


 怪奇なるクモ男は、四方八方全てが敵と化した王都の中を必死に逃げ回って行ったのである。

 各所へ配置される騎士たちの数が巧みに調整されており、逃亡先を限定されていることに気づかぬまま……。

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