Bパート 2
王都大神殿が誇る大祭壇の間といえば宗教建築学の粋を集めて造られた建物であり、その巨大さも荘厳さも大陸内で一、二を争うと言われている。
優に数千人もの人々を収容可能としている広大な広間の四隅には四大属性を司る大精霊の彫像が配されており、それぞれが向かい合って中央の大祭壇を守護していた。
大祭壇の造りそのものも見事の一言であり、時の芸術家が半生をかけて手掛けたそれは無数の神像が今にも動き出しそうな躍動感で配されており、自分たちを創造した存在への畏敬と感謝とがここに具現化していると言って良い。
その大祭壇が今は、無数の献花によって飾られていた。
これは神々へ捧げられていると同時に、戦死しその御許へ旅立った者たちへ手向けられた花々である。
――先日。
伝承の通り突如として出現し、城へ攻め込んで来た直立する鉱石の塊がごとき魔人……。
それを迎え撃つべく城勤めの騎士たちは勇敢に戦い、そしてそのことごとくが返り討ちとなった。
運が強い者は一命を取りとめ巫女姫直々の魔法や神官団の魔法で回復を果たすことができたが、戦死した者もまた数多い……。
彼らの魂を慰め、新たな動乱に立ち向かう決意を得るための儀式が本日催される合同葬儀であり、集った人々は花を贈ると共に惜しむべき者たちへ涙ながらに別れを述べていた。
その場が今、混乱の渦中にある。
――キー!
それをもたらしたのは……魔人だ。
しかも、先日と違い単独ではない。
十数体にものぼる魔人が、突如として広間の天井部に生み出された漆黒の闇から舞い降り、再び人々を害すべく活動を開始したのだ。
――キー!
その魔人共の、何と醜悪なことであろうか。
先日現れ、今となっては王都中にその異形が知られている鉱石魔人と異なり、全体的な姿は人間のそれと変わらぬ。
だが、髪の毛一つ生えていない頭部といい、それで何故視界が得られるのか分からぬ瞳孔の無き眼といい、サメのそれを思わせる凶悪な牙が生え揃った口といい……。
一目でこれは、地上を生くるべき生命ではないと見て取れる。
しかも、その肌は黄緑色をしており、明らかに陽の光ではなく何か禍々しきものを浴びて生きてきたのだと分かるのだ。
得体の知れぬ皮革を用いた腰巻きを着用し、手には粗雑な鍛冶仕事で生み出された得物を持つこやつらの名を、知らぬ者はいないだろう。
――キルゴブリン。
かつての時代、魔人王によって進化させられ魔人軍の先鋒を務めた魔人種……。
――キー!
それが今、再び地上世界に姿を現し、未発達な発声器官で鬨の声を上げていた。
「へっへっへ……。
にんげんのみなさん、おはつにおめにかかりやすう」
しかも、現れたのはキルゴブリンだけではない。
おそらくは、こやつらを統括する存在なのだろう……ぶよぶよの肉塊へ手足を生やしたかのような、見るもおぞましき魔人も同時に降り立ったのだ。
その姿を見て人々は大いに悲鳴を上げたが、とりわけ大きなそれを上げたのが聖歌隊の子供たちであった。
無理もあるまい。
かろうじて人に通ずる部分もあるキルゴブリン共と違い、この魔人は明らかに地上のそれと全く異なる生物体系に属している。
大の大人たちでさえ驚きとまどい恐怖の声を上げているのだから、純真無垢な聖歌隊の子供たちにそれを抑える術などあるはずもないのだ。
不運なのは魔人共の狙いこそ彼らであり、それによって大勢いる人々の中からたやすく見つけ出されてしまったことだろう。
悲鳴という形でも一際耳目を引いてしまう歌唱力の高さが、あだとなったのだ。
「へっへっへ……いやがりましたねえ!
おうたがすきなおこさんたち、はじめまして。
あっしはドルドネスという、つまらないものでございやすう」
聖歌隊の方を向いたドルドネスなる魔人が、頭部の機能も兼ね備えた胴体を傾けることでお辞儀の意を示してみせる。
見た目の醜悪さと異形ぶりからはかけ離れたその態度は、しかし、かえって子供たちの恐怖をかき立てた。
そしてそれは、正しい判断である。
引率の神官を中心としすがりつくように抱き合う聖歌隊の子供らへ、ドルドネスは残酷な宣言をしてのけだのだ。
「それじゃあ、おいのちいただきやすう。
――キルゴブリンども、あっしがあのこらをころすまで、まわりをおさえとくんですよ!」
――キー!
ドルドネスの言葉にキルゴブリンたちがいきり立ち、手にした得物を次々に掲げる。
表情筋の乏しい顔面にはしかし、残忍極まりない笑みが浮かんでいた。
「させぬぞ!」
「魔人共め!」
この事態に対し、即応したのが大祭壇の間へ配置されていた騎士たちである。
――魔人たちが神出鬼没であることは先日証明された。
――ゆえに、いついかなる場所であってもそこは戦場であり死に場所であると心得よ!
騎士団長ヒルダから徹底した訓示を受けている騎士たちは、場所を問わず完全武装で務めるように体制を改めており、普段ならば性質上簡略な儀礼装備で臨むこの場でも万全の状態で戦うことが可能であったのだ。
……それはつまり、魔人族にとって物の数に入らぬことを意味する。
――キー!
「ぬう……っ!」
「くそ……っ!」
たかが尖兵に過ぎぬキルゴブリンの、何と手強きことであろうか。
腕力を始めとする身体能力に、さほどの差があるわけではない。
武装の質においては、粗末な腰巻きと雑に鍛えられた得物しか持たぬこやつらなど、騎士たちに到底及ぶべくもない。
では何故、苦戦を強いられているのか……。
己が命に対する姿勢の違いである。
キルゴブリンたちの戦い方は、玉砕という言葉でさえ生ぬるいものがあった。
急所を惜しげもなくさらけ出し、その上で自らも騎士たちを道連れにせんとする。
およそあらゆる生命に共通する生存本能が、こやつらには元より存在しないのだ。
対して騎士たちは肉体的にも精神的にもよく訓練されているとはいえ、常の生物であることに変わりはない。
そのため踏み込めば自らも死ぬ状況で攻撃に転じきることができず、両者の戦いは膠着状態へと陥っているのである。
「そのちょうしでやすよ~!
あ、そーれキルどもがんばれにんげんころせ~っ!」
そんな様子を見て良い気になったのだろう……。
ドルドネスが、短い手足をバタバタ振り回しながら配下たちへ声援を送った。
――キ?
キルゴブリンたちが動きを止めたのはその時だ。
彼らは互いに互いを見回して首をかしげ合うと、一斉にドルドネスを見やったのである。
「ん……どうしたでやすか?」
――キー!
間抜けに首ならぬ胴体をかしげるドルドネスに対し、キルゴブリンたちが抗議をするように声を張り上げる。
さすがのドルドネスも、それで気づいた。
「――あ! あっしがやることわすれてたでやすう!」
――キー!
間抜けな寸劇を経て、ドルドネスがようやく己のすべきことを思い出す。
「おこさんたち、かくごするでやすよ~!」
おののくべき肉塊の魔人が、怯えすくむ聖歌隊の子供たちに向けて悠然と歩みを進める。
「く……おのれ!」
騎士たちもそれに対処すべく身構えた、その時だ。
「――とうっ!」
――電光石火!
素晴らしい跳躍力でこの場に飛び込んだ青年が、ドルドネスに見事な飛び蹴りを浴びせた。
騎士たちもキルゴブリンも、対処どころか接近にすら気づかぬ早業である。
「ぐえ~~~~~っ!」
これを受けたドルドネスは、たまらない。
ぶくぶくと膨れ上がった体にはいささかの傷も負っていないようだが、衝撃は伝わり無様に大祭壇の間を転げ回ることとなった。
「魔人族! 貴様らの勝手にはさせんぞ!」
その青年の、何と勇壮なことであろうか……。
この場にふさわしく喪服こそ着用しているものの、鍛え抜かれたその体と寸分の隙も無い構えは熟練の戦士であることをうかがわせる。
また、油断なくキルゴブリンらを見回す視線には熱き正義の意思が宿っており、彼を見ているだけですくみ上っていた人々の心に熱いものが宿ってくるのだ。
「勇者……」
「あれが……」
「そういえば、風体の噂などは聞いていないが……?」
「いや、勇者だ! 召喚された勇者に違いない!」
「ゆうしゃさまー!」
その姿は説明せずとも何者であるかを雄弁に物語っており……。
子供ゆえの鋭敏な感性で正体へたどり着いた聖歌隊たちが、一斉に応援の声を送る。
――キー!
それに負けじと、キルゴブリンどもが耳障りなおたけびを上げた。
そして手に手に得物を構えると、一斉に勇者へ殺到したのだ。
「勇者殿!?」
何人かは騎士たちが抑え込めたが、大多数は寸鉄すら帯びていない勇者へと突進する。
「――むん!」
だが、そこから勇者が見せた動きの何と華麗なことか……。
まるで彼を中心に、キルゴブリンどもが円を描き舞踏を舞っているかのごときである。
それはすなわち、襲いかかる魔人ども全ての動きを見切り、無手でありながら巧妙に誘導していることを意味していた。
「――せいっ!」
――キー!?
「――でぃやっ!」
――キー!?
騎士たちを手こずらせたキルゴブリンたちが、完全に手玉へ取られていく。
その拳に、あるいは蹴りに。
傍から見ていたなら、自ら吸いこまれていくかのようなのだ。
「勇者殿! 加勢するぞ!」
遅れて駆けつけたのは、騎士団長ヒルダが率いる一団である。
その手並みたるや、さすがは女だてらに騎士たちを率いるだけのことはあった。
勇者のそれには劣るものの、的確にキルゴブリンの動きを見切り、その斬撃をいなしていくのだ。
半数は勇者の手で叩きのめされ……。
もう半数の手勢はヒルダ率いる騎士たちに抑え込まれたドルドネスが、ようやく起き上がる。
「なんなんでやすか!?
こうなったら、おまえもおこさんたちといっしょにちまつりへあげてやるでやすよ!」
「……やれるものなら、やってみるがいい!」
決意の表情と共に、勇者が奇怪な構えを取った。
Q.フッ! ハッ! ショウ、どうして変身しない!?
A.監督の趣味です。