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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 英 慈尊
第九話『彼女たちの戦い』
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Bパート 3

 幾万の人が集まり社会を形成したならば、必ずや貧富の差が生じる。

 それを実感できる光景が広がるのが、貴族や豪商、議員などの邸宅が並ぶ王都高級住宅街であった。


 この住宅街、まず立ち並ぶ建物の高さが他と違う。

 レクシア王国における家屋(かおく)は平屋建てが基本であり、目抜き通りに立ち並ぶ商家などもせいぜいが二階建てである。

 しかるに、この住宅街に立ち並ぶ邸宅はどうか……。


 最低でも、三階建て。

 中には、その倍にまで達する高さの屋敷まで存在した。

 しかも、使っている建材の質が違う。

 豊富な山林資源を有するレクシア王国であるから、当然、木組みの木造建築が主流となる。


 しかし、王国は今、大型帆船を用いた大陸間貿易へ力を入れていた。

 受け入れた外国船舶を補修するのにも、王国が自国の船舶を建造するのにも、大量に……しかも良質の木材が必要となる。


 必然、高品質な木材の時価はここ二十年以上常に高止まりを維持しているのだ。

 結果、現在王都で新築される建物はどれもこれもが、木材として二流三流のそれを使ったものであるのだが――ここは違う。


 ここにある建物は、古いものはさておくとして木材価格が高騰してから建てられたそれも、いずれもが高品質の――壁材とするだけで目に映えるそれを使っていた。


 それぞれが備える庭園の広さや景観も素晴らしく、中には海を(へだ)てた東方諸島連合の様式を再現している屋敷まで存在する。


 果たして、一般的な庶民が何度人生をやり直せばここにあるような邸宅を手に入れられるのか……。

 見るだに、そう思わざるを得ないような景色がここには広がっているのだ。


 とはいえ、栄枯盛衰(えいこせいすい)という言葉もある。

 中には、此度(こたび)の魔人族復活に対応しきれず失脚し、手放されている屋敷も存在した。


 日も傾き始めた時刻……。

 巫女姫ティーナ率いる精鋭部隊が静かに……そして素早く包囲したのは、そんな空き屋敷の一つである。


「あの……本当にやるのですか……?」


 ティーナの傍らに控える騎士団長ヒルダが、敬愛する主に思わず尋ねてしまったのは無理からぬことであろう……。

 彼女が目を向けているのは、巨大な――あまりにも巨大な弩弓(どきゅう)であった。

 いや、これなるはもはや、弩砲(どほう)と称するべきであろう。


 全長は、大人の馬すら超える……。

 つがえるべき矢は束ねた上で騎士スタンレーが保持しているのだが、一本一本が槍ほどもあり、光の魔力で身体能力を強化できる竜騎士資格者でなければ矢の装填手すら満足に務まらぬと知れた。


 ――バリスタ。


 有事の備えとしてラグネア城に備えられていた内の一基を急きょ取り外し、ここへ持ち込んだのである。


 このバリスタそのものも、事情を知らぬ余人が見ればド肝を抜かれること疑う余地もない……。

 そして、よくよく見やればこの巨大弩砲(どほう)を一人の少女が持ち上げ保持しているのだと知れば、もはや驚きを通り越して絶句することであろう……。


 そう、バリスタの運搬と砲手は、ある一人の少女に一任されていた。

 巫女姫ティーナですら鎧姿となっている今、この場で防具を身に着けていないのは聖竜レッカと彼女のみである。

 代わりに少女が身にまとっているのは――王宮侍女の制服だ。

 それだけでもこの場にそぐわぬ少女であるが、キャラメル色の肌と短めに整えられた銀髪も王国内で他に見られぬものである。


 ――異邦(いほう)の美を持つ少女。


 肌を必要以上に露出させず、しかし、そこかしこにあしらわれたフリルや、カチューシャで可憐さを演出する侍女制服は、少女によく似合っていた。

 少女の名は、ヌイ。

 つい最近、勇者ショウの推薦によって王宮侍女入りを果たした新人侍女である。


 それにしても、その細身に果たしてどれだけの剛力を宿しているのか……?

 荷馬ですら取り付けられるのをしぶる巨大弩砲(どほう)をヌイは無表情のまま軽々と取り回し、ここまでの運搬を果たしてみせたのだ。


「よいしょ」


 少女はこれを、洗濯物を置くような気楽さで地面に設置する。

 そして騎士スタンレーから巨大な矢を受け取って取り付けると、大の大人が二人がかりでかつ、鉄の棒を差し込みテコの原理を駆使しなければ動かせぬはずの巻き上げ機を、素手で巻き上げてしまったのだ。


「いやはや、なんともすさまじい怪力じゃのう……」


 隣で見ていたレッカがそのような感想を漏らすのは当然であり、装填手たる騎士スタンレーに至っては言葉を失い顔を引きつらせていた。


「準備は整ったようですね」


 その手際を見て、王宮侍女の参戦という異例人事を断行した巫女姫ティーナが満足げにうなずいてみせる。


「いよいよ、かの邪悪なクモ男めを成敗する時です……!」


「いえあの、ですから本当にやるつもりなのですか?」


 自身の忠言をガン無視する主に、ヒルダは粘り強くそう提言した。

 ヌイの設置せしバリスタが矢を向ける先――そこは、手放したのは良いものの買い手が付かず放置された空き屋敷である。

 人が住まなくなれば急速に痛むのが家屋(かおく)というものであるが、屋敷そのものはまだ目立った痛みを見せていない。

 しかし、庭師の手が入らなくなった庭園は早くも雑草に侵略されており、そこにかつての栄華は感じられなかった。


「王城に寄せられた情報……これは信用に値するものであると、わたしはそう判断しました」


 屋敷をにらみ据えながら、ティーナがそう告げる。


「確かに、この付近でのみ動物らが異常な反応を示すというのは、きゃつの潜伏先として怪しくはありますが、かといっていきなりこれはあまりにも……!」


 ヒルダがそう言うのはもっともだ。

 ただ怪しいからという理由で、白昼堂々と身分ある者たちが住む高級住宅街で攻城兵器を用いる者がいるだろうか……!

 しかし、そんな騎士団長の常識的意見に巫女姫は首を振って答えたのである。


「買い手のつかぬ不動産など、生ゴミにも劣ります!

 遠慮する必要はありません! ヌイさん! やっておしまいなさい!」


 いやしくも国の象徴たる少女がそう命ずれば、否と言える者など存在はしない……。


「ん……了解、です」


 ヌイは無感情にそう答えると、発射(かん)を引いたのであった。

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