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バッタの改造人間が勇者召喚された場合  作者: 真黒三太
第八話『大将軍ザギの挑戦』
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Bパート 3

 レクシア王国北部を覆う山脈地帯に存在する山と山のわずかな隙間……ここに通された街道の名を、タチアナ街道と言った。

 南部に母なるレーゲ海を抱き、北部を山脈地帯に覆われた王国にとっては、極めて貴重な他国との連絡通路である。


 貿易の多くを海上輸送に頼るようになった昨今(さっこん)ではあるが、人類文明において陸路を通じての通商需要が絶えるということはありえぬ。

 特にレクシア王国からの輸入需要が高いのは、牛や馬といった家畜である。

 元来、農畜に向いた土地の少ないレクシア王国であるが、だからといって魚ばかり食べていれば人々が満足するかといえば、それは否だ。

 また、魔人族の再同を機に更なる軍備拡張が進められており、良質な馬はいくらあっても足りるということはない。


 そのようなわけで、雄大な草原部を抱く隣国イーリスの商人たちは今日も牛や馬に群れを成させ、隊商となってタチアナ街道を歩んでいたのである。


 大将軍ザギが率いし軍勢と最初にかち合ったのは、そういった馬群(ばぐん)輸送隊の一つであった。

 高度に訓練された一軍の行進というものは、ただそれだけで見る者の心をくじき戦意を喪失させる。

 ザギが率いるキルゴブリンたちの軍勢には、そうした風格が宿っていた。


 漆黒の鎧を身にまといし武の権化と呼ぶべき男を中心に、黄緑色の肌を晒し、瞳孔なき(まなこ)とサメのそれを思わせる凶悪な牙を備えた無数の怪人たちが一糸乱れぬ歩調で森林部から姿を現し、街道へ割って入ってくるのだ。

 これに遭遇した輸送隊の者たちが抱いた恐怖心はと言えば、いかほどのものであろうか。


 もはや、大事な商品である馬たちを守ろうという意思はない。

 まさしく命からがらといった体で、馬たちを置き去りにすると街道を逆走していったのである。


 ――キー!?


 通常の個体ならば本能のままにこれを追いかけていたであろうキルゴブリンらであるが、ただ一匹として先走る者はなく指揮官たる大将軍の指示を仰ぐ……。

 この一事をもっても、今回召喚されたのが一大決戦にふさわしき精鋭中の精鋭であることがうかがい知れた。


「いや、追わずともよい……我らが狙うべきは王都ラグネアであり、勇者の首である」


 かわいい部下たちに、ザギはそう伝える。

 それと同時に、置き去りにされた馬たちへ目を向けた。

 ある馬は本能的な恐怖から逃亡を図り……。

 ある馬たちは、驚きと混乱から互いに衝突してしまっている……。

 そんな馬たちの中から一頭を見い出すと、矢弾のごとき速度でこれに駆け寄った!


「貴様……良い目をしているな」


 他よりも一際立派な体躯(たいく)をした黒毛の馬は、おそらく馬群(ばぐん)の長なのだろう……他の馬と違い、動揺の色は見られない。

 一軍を率いる大将軍と、馬たちを率いる長……両者の目が、わずかな時間見つめ合った。

 そうした後、黒毛の馬はザギに向けて(こうべ)を垂れていたのである。


「気に入った……貴様には我が愛馬となる栄誉を与えよう。

 ――奴らが残していった荷を探せ! こやつにふさわしい馬具があるやもしれぬ」


 キルゴブリンらに命じ輸送隊が置き去った荷を探させると、ほどなく目的の品は見つかった。

 こうしてザギは馬上の人となり、ますます威風堂々とした姿で街道を進んでいったのである。




--




 ――北方の森林地帯より、キルゴブリンらの大軍勢が出現!


 ――これを率いるのは大将軍ザギ!


 ――魔人軍はタチアナ街道に合流し、王都に向けて何進中!


 哨戒(しょうかい)任務に就いていた竜騎士の報により、王国騎士団は即座に動き出した。

 装備を整えた騎士たちが次々と厩舎(きゅうしゃ)に集結し、見習いたちに手綱を引かれた愛馬にまたがり出撃していく……。

 一糸乱れぬその動きは日頃の訓練の成果であり、おれの特訓につき合いながらも即座に全軍が出撃できる態勢を整えていたヒルダさんの手柄でもある。


 出撃の準備を整えるのは、何も正騎士たちばかりではない……。

 いまだその資格を持たぬ騎士見習いたちも、彼らの出撃を手伝いながら並行して自分たちの支度を整えていた。

 彼らに課される任で最たるものは、武具や兵糧の輸送である。


 かつて、青銅魔人ブロゴーンを迎え撃った時のような水際の合戦とは違う……。

 両軍が順調に街道を歩んだとして、激突するまでには二日ほどかかると想定されていた。

 わずか二日。

 ……されど二日である。

 何しろ、動員可能な全ての人員を一度に出撃させるのだ。

 その間、軍が軍として健全に機能するために、輜重(しちょう)兵の役割が重要であることは論ずるまでもない。

 見習いという肩書き以上に重要な責務が、年若い彼らの双肩には課されているのだ。


 おれやレッカ、ティーナもじっとしているわけにはいかない。

 ティーナは後詰めとして、大神殿から選抜された神官団を率いる手はずである。

 国の象徴たる巫女姫自らが出陣するのには議会が難色を示したが、先日のブロゴーン戦において彼女が起こした奇跡の印象はいまだ記憶に新しい。

 彼女の出陣によってもたらされる士気向上効果がはなはだ大きいこと、そして彼女自身が極めて強力な回復魔法の使い手であることから、これはしぶしぶながらも承認された。


『主殿……我らもいざゆかん!』


「おう!」


 そしておれはといえば、ドラグローダーへ変じたレッカへ今まさに搭乗しようというところである。

 戦地までは、バイクモードで向かう。

 さすがにおれ自身は変身しないが、首に巻いたマフラー同様に勇者の象徴として語られているドラグローダーが並走することは、皆を奮い立たせてくれることだろう。


「……む」


 と、今まさにまたがろうとしていたその動きを止めた。

 皆が忙しく立ち働いている中、背後からおれに視線を向けている者がいたことへ気づいたからである。


「…………………………」


 視線の主は――ヌイだ。

 彼女も王宮侍女としてやらねばならぬことがあるはずだが、その合間を縫ってここに駆けつけたのだ。


「……行ってくる」


「ん……」


 それだけの言葉を交わし……。

 おれはヌイを始めとする城の人々に見送られ、城門を発進する。


 そのまま、市民たちに見守られながら大通りを駆け去り……。

 王都城壁の外部に集結しつつある軍勢へ合流を果たした。


 そして、待つことおよそ二刻――約四時間――あまり……。

 神官団の出撃こそ少々もたついたものの、ついに大将軍を迎え撃つ軍勢はここに集結し終えたのである。


「――出撃!」


 ヒルダさんの号令が、響き渡った。

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