終:戦火の影に -Undercover-
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それは、始まりから終わりまでの全てを見ていた。
「……いやあ、もう少し粘るかと思ったんだけどなー」
暗闇の中に息を潜めながら、ことの顛末を余すところなく見届けていた。
「いや、本当にコートランドが大陸西側を全部征服するー、……なんてのは始めっから期待してなかったけどさー。せめて吐いた大言の半分くらいは完遂してほしかったよね」
瓦礫と悲鳴を撒き散らしながら崩壊していく<マグオル共和国>の姿を、
「最低でもマグオル全土を滞りなく掌握して、エクィアスに喧嘩吹っ掛けるくらいのところまでは持って行って欲しかったんだけどなー。これじゃ、なんの為に御膳立てしてやったのか分からないじゃんか。わざわざ量産型鋼撃兵の情報をアルデガルダに垂れ流してやったのにさー。量産体制整うまでけっこう待ったんだぞ、私はー」
熟達した監察医が顔色一つ変えないまま人の亡骸を解体していくように、
「……まあ、エクィアスの動きが思ったより早かったのは想定外かなー。流石にあそこの諜報員は優秀だね、古巣だけにちょっぴり嬉しかったり。いやいや、嬉しくねー。しかも、ケイだけじゃなくて、ジェイまで来るし。任務どうしたのかなあ。あいつが来ちゃったら全部ご破算だよ、そりゃー」
幼い子供が善悪の判断もつかぬまま昆虫の羽や足を笑いながら毟るように、
「容赦ないもんなー。てか、手際良さ過ぎでしょー。あれだけ四方八方展開してた機動部隊が量産型鋼撃兵も併せて十分そこらで全滅だよ、全滅。ケイ一人だけならもう少し粘れたと思うんだけどなー。流石にコートランドも元将軍ってだけあって、駒の配置と動かし方は素直に感心したんだけどねー。こればかりは相手が悪かった、残念無念」
どこまでも冷静に、どこまでも無感動に、どこまでも他人事のように、
「いや、それともずっと考えてたのかなー? 自分だったら首都をこう壊す、みたいな青写真が頭の中にあった、とか。ああ、道理で張り切ってたわけだ。長年の夢だもんなー。人間の感情って恐いね、それで結局失敗してるんだから世話ないけど」
構造の大半を倒壊させ、かつての荘厳な景観を完全に喪失した<マグオル共和国>国会議事堂の成れの果て。辛うじて生き残った東棟屋上部から、それは見下ろしていた。
「と、も、か、く……」
大きく罅割れ今にも崩れそうな縁際に、安楽椅子に揺られているかのような気楽さで尻を下ろし、虚空へ向けて両足をぷらぷら投げ出しながら。琥珀を引き延ばして糸にしたような艶やかな髪と、金剛石を直接嵌め込んだような輝く瞳を持つそれは、赤子の如き無邪気な笑みを満面に浮かべて、言う。
「今回はここまで、かな。あんまり長居するとジェイが気付きそうだ。逃げられなくはないけど、面倒臭いしなー。流石に今から一戦交えるような気分じゃないし、個人的にはそこそこ満足したから、帰ろうっと。まあ、帰る場所なんてないんだけどさー」
言葉終りにそれは背後へと倒れ込みつつ一回転、両腕の力だけで身を跳ね起こして立ち上がる。そうして、風に靡く琥珀の髪を手指で払い、何処へ向けるでもない拍手を続けていく。
「おめでとう、ヴァリア・コートランド。君が抱いていた積年の怨みと願望はひとまず叶った。それが君自身の望んだ結末に終わらなかったことは無念だろうが……」
心から嬉しそうな口調とは裏腹、どこにも喜の感情を見出せない能面のような表情で、
「なに、夢は叶うから夢じゃない。叶わないと知りつつも、たった一つの宝物として胸に抱き、その輝きを希望として人生を進んでいくから夢なのさ。箱を開けてみたら宝石はくすんでいた、或いはその瞬間に砕け散った、なんてことは良くあるものさ。それでも、夢を見ていた日々自体が、嘘になるわけじゃあないんだから」
言い切り、肩を竦め、胸に手を当て。
「故に、残った命を大事に生きると良い。苦難多かろうとも、君の人生に幸あれ。……因みに、エクィアス情報軍の尋問は死、ぬ、ほ、ど、厳しいんで心してくれたまへー。なんつってね。へらへら」
いまだ、黒煙と紅炎に蹂躙され続ける市街へ一礼を送ると、それは去った。
まるで、最初からそんな存在はどこにもいなかったかの如く。
雪が溶けるように。水が蒸発するように。煙が吹き散らされるように。
音もなく。風さえ生まず。影も形も掻き消して、いつの間にか居なくなっていた。
そして、後にはなにも残らない。静寂と残骸以外は。
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《――ジェイ、奴は……》
「ああ、こっちも把握してる。だが今は放っておけ<カエデ>。まずは目の前の問題を片付ける方が先決だ」
己の補助知能から齎された情報に対し、ジェイ・オライアーは眉一つ動かさずに返答する。彼自身、戦闘中に体表感知器がそれの反応を引っ掛かけたことは感じていた。
その上で、無視した。優先すべきは市街に蠢く敵勢力の排除であったし、それが済んだ時、対象は既に追い付けないほど遠くに去っていた為だ。
そして今。ジェイの目の前には、実際に何にも優先して対処すべき、厄介な代物が鎮座している。
ここは<マグオル共和国>首都、その中心部に位置する大統領邸の地下である。
市街の機動兵器群、及び量産型鋼撃兵を殲滅し終えたジェイは、要救助者の救護を増援部隊に任せ、諜報員から得ていた情報を元にここまでやって来た。与えられた任務には関係ないが、どうしても自分の目で確かめておきたかったものがあったのだ。
そうして、幾重にも設けられた保護機能を突破し、とうとう辿り着いた先に広がっていたのは広大な地下空間だ。完全なる暗闇に満たされたその内部、中央に鎮座する卵型の巨大な影を見上げて、ジェイは苦々し気に呟いた。
「……ディーめ。こんなモンまで持ち込ませてやがったのかよ」
ジェイの視線が突き刺さるその物体の名前は『反物質爆弾』。一度起爆すればこの大陸の面積を数割近く消滅させるそれは、まさに史上最強最悪の破壊力を誇る大量破壊兵器であった。
《透過検査完了。報告、検査対象は現在沈静状態にあり。起爆の恐れはなし。通常手順の解体により無力化が可能です》
「少なくとも、放っておいたらドカン! ……なんてことはないわけか。やれやれ、流石に肝が冷えたぜ」
大統領邸地下に、不審な地下空間が存在する可能性がある。
そう報告を受けた時、ジェイは確信に近い想像を働かせていた。即ち「この一件にあいつが関わっているなら、確実に碌でもないモノがそこにある」と。果たしてその想像は見事に的中したのだが、
「喜べねえよ……、ったく」
ジェイは舌打ちを零し、元来た道を辿って地上へ帰還する。
そうして<カエデ>を通じて<エクィアス連合国軍・中央司令部>へと通信を送った。その内容はこうだ。<マグオル共和国>大統領邸地下に於いて『反物質爆弾』を発見。及び、
「……今回の軍事クーデターに関して“ディー・トリガー”の関与がほぼ確定した。……ああ、そうだ。元・<第二鋼撃兵部隊>所属、裏切者のディー。……あのどうしようもなくイカれた破滅主義者が、裏で糸を引いてやがったんだよ」
言いつつ、ジェイは『反物質爆弾』の表面に刻まれていたある一文を思い出し、彼らしからぬ苛立ちに満ちた表情を浮かべた。
彼が目にしたのは、流麗な筆記体を用いた一文だった。それは遥か昔に存在したとある女性作家の言葉を引用した「All oppression creates a state of war.」というもの。
かつての仲間であり、しかしいまや史上最悪の敵と成り果てた、ディー・トリガーが好んでいた文句だった。
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ディー・トリガー。
二十六体の特戦型鋼撃兵の中で、欠番認定を為されたその名を知る者は、もはや<エクィアス連合国軍>内部に於いてもごく僅かだ。既にKIAしたとされる彼女はしかし、今も生存し、世界各地に争いの火種を撒き散らしている。
テロ行為への加担、七十八件。紛争拡大行為への加担、三十四件。国家に対する直接的攻撃、七件。要人殺害及び破壊工作の実行、数百件以上。その他、細かな犯罪行為に至ってはもはや数え切れず。
そしてなにより、彼女が重ねた罪状の中でも最も重大なものが二つ。
特戦型鋼撃兵二名を含む<第二鋼撃兵部隊>の構成全人員の殺害、及び母艦<ストーク・ツー>の撃墜。並びに<エクィアス連合国>国会議事堂に対する直接攻撃、死者百七十二名。
狂気に堕ちた人形は、己を縛る操り糸を断ち切って、今もなお世界に混乱と破壊を撒き散らしながら踊り狂っている。
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雷槌の鋼撃兵:To Be Continued...
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