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3:迅雷、奔る -Conbat-



 -↯-



 ……状況は十分ほど前、メリアルム・シア・マグオルの窮地へ、雷鎚の鋼撃兵(SST)が降り立つ直前にまで遡る。



 -↯-



《――以上が貴官へ今回下された任務内容、及び<マグオル共和国>で勃発した軍事クーデターの状況説明となります》


 <イチョウ>の説明を聞き終えた俺は、深々と嘆息した。


 まさに暗澹たる気分と言ったところか。胸の奥から深い失望と諦観が込み上げてくる感覚に襲われる。


 無言のまま、俺は腰ポケットから熱量棒(カロリー・スティック)の細長い包みを二本取り出す。外見的には<エクィアス連合国>内で市販されている安物のキャンディ・バーとそれほど違いはないが、封入物は間違っても生身の人間が食べられるような代物ではない。


 厳重に包装された封を切ると、小麦粉を練って固めたような質感の真赤なブロックが顔を出した。これは鋼撃兵(SST)専用に調整された特殊燃料を安定化させたものであり、体内の転換炉で熱素機関フロギストン・エンジンを動かす純熱量(カロリック)へ変化する。これが、水以外では俺たちにとって唯一の可食物(たべもの)だった。


《何味にしますか、ケイ?》

「レモンケーキ味で」


 <イチョウ>に注文してから齧り付く。すると、口内には疑似再現された濃厚な甘味と柑橘類特有の鮮烈な酸味が広がる。食感こそ本物とは似ても似つかないだろうが、気分を味わうには十分だった。尤も、本物のレモンケーキなんてものを食べた経験など、元より存在しないのだが……。


 益体もない思考を頭の片隅へ追いやりつつ、俺は二口で熱量棒(カロリー・スティック)を消費し、二本目に取り掛かる。次はビーフステーキ味だ。なんとなく順序を間違えたような気もするが構わない。そんな些細な違和感より、気分転換の方が重要だ。


 塩胡椒と大蒜が強めに効いた赤身肉の風味は贋物なりに出来が良く、俺をひとまず満足させた。計二本分の熱量棒(カロリー・スティック)が収まった転換炉(いぶくろ)へ、さらに予め持って来ていたポリタンクから水を流し込む。水は特殊燃料を反応させる触媒となる他、冷却水としても用いる為、人間のように定期的な補充が求められる。


 二リットル容量のポリタンクを数秒で空け、俺の燃料補給作業(しょくじ)は終わった。それを見計らった<イチョウ>が再び言葉を送ってくる。


《先の説明に対してなにか質問はありますか、ケイ?》

「……質問もなにも、なあ?」


 思わず苦笑が漏れる。説明を受けて改めて実感したが、現地<マグオル共和国>を取り巻く状況は最悪の一言だった。その中でも特に、極めつけの問題として取り上げるべきは、


「よりにもよって、(バック)にいたのが<アルデガルダ帝国>だってことだ」


 <アルデガルダ帝国>。


 大陸西部一帯を統治する<エクィアス連合国>とは対照的に、大陸の北部から東部までにかけて広く覇を唱える巨大国家だ。二大国は遥か大昔からの仇敵同士であり、その成り立ちから政治、産業、地理気候、果ては文化や信条まであらゆる概念に於いて断絶されている。


 現代に至るまで国境線や諸々の利権を争っての小競り合いが延々と続く間柄で、互いの国民感情も含めると、まず融和や許容という選択肢は有り得ない。底なしの憎悪と拒絶のみで成り立つ、まさに不倶戴天の関係だ。三度の大戦と七度の代理戦争を経て、拗れに拗れ切った関係はもはや修復不可能だろう。仮に私情を排したとしても、限られたリソースを奪い合う相手と手を取り合うのは難しい。


 俺個人としても敵愾心が先立つことは否めない。武力に基づく支配体制と、独裁政権下で行われた数々の暴挙は、こちら側にも多大な悪影響を及ぼしている。お題目として「世界平和」を掲げる<エクィアス連合国>の中央政府としても、早晩滅びてほしいのが本音だろう。


 それでも、近年では直接的な激突の回数も減少し、ここ十年近くは小康状態が続いていたのだが……。


「そこに、これかよ」


 またしても、あの国は()()()()()というわけだ。帝国内では不安定な政情から生じる軍閥同士の対立と暴走は日常茶飯事らしく、遅かれ早かれ問題は起きていたのだろうが、<エクィアス連合国>の同盟国に手を出すとは流石に信じがたい。


「なあ、<イチョウ>? 本当に間違いはないのか?」


 一縷の望みを託して聞き返すが、<イチョウ>の返答はにべもないものだった。


《事実関係を<アルデガルダ帝国>へ問い合わせていますが、返答は未だにありません。しかし、<マグオル共和国>に潜伏していた諜報員からは、かの国の関与を証明する情報が送られていています。映像もあるので確認しますか?》

「……ああ、一応」


 渋々頷くと、直後に俺の網膜には酸鼻を極める光景が映し出された。粉々に砕かれた建造物と、黒煙で染め上げられた空。通りには瓦礫と死骸が無秩序に散らばり、それらを轢き潰しながら戦車が進んでいく。赤と黒。その二色だけが支配する世界だった。


「酷いもんだな」


 俺の率直な感想に<イチョウ>は肯定で応じた。


《首都は壊滅状態にあり、死傷者数は首都人口の三割強に上るとの予測が出ています。そして、こちらが今回のクーデターに於いて、直接的な破壊活動を担当した存在です》


 <イチョウ>が映像を切り替えると、漆黒の戦闘装甲(コンバット・アーマー)で武装した兵士たちの姿が現れた。惨状の下手人と目される彼らは、凡そ人間では有り得ない速度と効率で破壊と死を撒き散らしていく。数百メートルの距離を数秒で駆け抜け、ビルからビルへと飛び移り、素手でコンクリートの壁をぶち抜くその様は、


鋼撃兵(SST)、か……?」

機改兵マシンナリー・トルーパー強臓兵オーグメント・トルーパーの可能性もありますが、この映像から推定する限りどちらも異なるように思われます》


 身体構造の機械化により戦闘能力の向上を図った機改兵(MT)と、その度合いをさらに推し進めた強臓兵(OT)は、旧式となった今でも通常兵士と比較すれば十分強力な存在だ。しかし、漆黒の軍勢の戦力はそれにも増して圧倒的に思えた。


 映像の中、抵抗勢力と思しき<マグオル共和国軍>兵士たちが戦っている。士気と練度の高さを窺わせる彼らの奮戦を、漆黒の軍勢は羽虫でも払うかの如く容易さで蹴散らし、砕き、引き裂いていく。弾雨を掻い潜って接近し、ただの素手で人の五体を解体する姿は、まさしく鋼撃兵(SST)のそれだ。


 やがて、撮影者である諜報員も敵に発見されたらしい。かなり離れた地点、ほんの小さな黒点にしか見えない黒の戦闘装甲(コンバット・アーマー)が、気が付いた時には目の前に迫っていた。彼我の距離を一瞬で詰めたその敵は、諜報員が気付いた時には既に腕を振り下ろしている。悲鳴と共に水っぽい割断音が響き、映像は途切れた。


《このように、クーデターに抵抗した兵士の殆どは殺害されました。また、我が方の諜報員もこちらの呼び掛けに応答がなく、全員殺害されたものと考えられます。国会議事堂及び政府関連施設は壊滅。大統領以下政府高官もこちらの救出以前に死亡し、政府中枢機能は完全に麻痺しています。他になにか、確認したい事項はありますか?》

「……いや。もう良い、十分だ。十分すぎる」


 俺は顔を顰めて映像を打ち切らせた。


 彼方此方で似たような光景を何度も見てきたが、やはり見ていて気持ちの良いものではない。ジェイは「良い酒の肴だな」と冗談を飛ばすだろうが、俺はそこまで割り切れなかった。無論、俺自身も散々屍の山を築き上げ、任務の為に敵対者を情け容赦なく葬ってきた手前、偉そうなことを言う筋合いはないのだが……。


「……指揮者は余程のサディストかイカレだな。クソッタレが」


 侮蔑を込めて俺は吐き捨てた。一方で、自分の中にまだこんな感性が残っていたのだな、と妙な感心さえ生まれる。これが“人間性”と呼ばれるものだとしたら実に都合が良いものだ。急激に湧き上がったかと思えば、あっさり引っ込んだりもするのだから。


 事実、現地で取るべき行動に思考を移した時、俺の胸に蟠っていた不快感は容易く掻き消えていた。それともこれは、俺の意識の容れ物が人工物だからこそ為せる業だろうか? 反射的に漏らした舌打ちに<イチョウ>が反応する。


《大丈夫ですか、ケイ? 悪感情により任務遂行に支障が出る可能性があります。催幸剤(ハッピー・カンフル)を用意しましょうか?》

「あんな物を使うほど、追い込まれちゃいないさ」


 俺は苦笑と共に<イチョウ>の提案を辞退した。


 催幸剤(ハッピー・カンフル)PTSD(精神的外傷)を発症した兵士や、重篤な負傷により死に瀕した兵士が、最終手段として用いる向精神薬の一種だ。一錠で天国へ行けるという触れ込みの小さな桃色の錠剤は、破滅的な副作用と依存性を持つ劇薬でもある。なにせ、天国へ行ったきり戻ってこれなくなるのだから。


 鋼撃兵(SST)にはほどよい酩酊感と幸福感を提供する程度の効果しかないが、出撃前に酔っぱらうわけにはいかない。簡単に薬を抜く手段はあるにしても、一時の気分高揚を目的として無駄な時間を費やすのは躊躇われた。


「俺は問題ない。もう、気持ちは切り替えた」


 俺が本心からそう述べると、<イチョウ>はそれ以上なにも余計なことは言わなかった。基本的に聞き分けは良いのがこいつの長所だと思う。


 ともかく、情報を頭に叩き込んだならば、後は実行に移すだけだ。


 俺は座椅子から立ち上がると、壁際に設置された電子錠ロッカーへ歩み寄る。壁面と同化した造りのそれに解除キーを打ち込んで扉を開け、取り出すのは今回の任務に向けて用意された武装類だ。


炸裂短針銃バースト・ニードル・ガン高周波刀バイブレーション・ソード電磁手榴弾(パルス・グレネード)……」


 全体的に丸みがかり、一見すると玩具めいて思える極めてシンプルな外見のそれらを、俺は既に着用していた戦闘衣(コンバット・ギア)のハードポイントに接続していく。


 炸裂短針銃バースト・ニードル・ガンの形状は小型の拳銃だ。炸薬が仕込まれた小指の先ほどの弾丸を、電磁力により亜音速で射出する武装である。発射時にほとんど音が鳴らないことと、着弾時の殺傷力が高いことから、確実な無音殺傷(サイレント・キル)にも向いている。非常に取り回しの良い武装だ。


 高周波刀バイブレーション・ソードは所謂『刀』に似た片刃の長剣だ。強化合鋼(オリハルコン)によって形成された刀身は、秒間一万回以上の高速振動によってあらゆるものを溶けたバターの如くに切断する。習熟には鍛錬を要する得物だが、俺の脳殻には既に世界最高位の剣術がインストールされており、それは数千回に及ぶ仮想戦闘(シミュレーション)経験と数十回以上の実戦を経て身体に馴染んでいる。今なら目を瞑っていても舞い落ちる木の葉を両断できるだろう。


 電磁手榴弾(パルス・グレネード)はその名の通り爆発時に電磁パルスを撒き散らす手榴弾の一種だ。殺傷力としては通常の破片手榴弾にやや劣る程度だが、こと自動機械を相手には覿面な威力を発揮する。強烈な電磁パルスが集積回路を破損させるのだ。無論、俺の脳殻は各種放射線も含めて完全な保護対策が為されているので、至近距離で自爆しようがなんともない。


 普段から使い慣れた装備一式を身に付け、そこでふと、俺は<イチョウ>に問うた。


「お前が注文したのか、これ?」

《はい。ケイが最も使用頻度の高い装備を、今回の任務内容も考慮して揃えました。もし、不満がありましたら追加しますが》

「いや、これで良い。俺にはお誂え向きだ。ありがとう」


 流石にこの辺りは長年来の相棒らしい気の利き方だ。


 装備が確実に固定されているのを確かめてから、俺は扉の内側にはめ込まれている鏡に目をやった。写るのは取り立てて特徴のない若い男の顔だ。黒髪、黒目、太ってもいなければ痩せてもいない。人間工場の生産ラインが実在するならば、そこから送られてきたとしか思えない風貌だ。


「冴えない面だと思うか?」

《コメントは差し控えます》


 率直な物言いに俺は苦笑した。


「お前の場合はそれが気遣いじゃなくて、本当に評価点がないって意味だからな……」


 尤も、どうせ髪も皮膚も作り物なのだから、一々言及するほどのことはない。俺が人間だった頃の顔を再現しているとは聞かされているが、生憎どうだったかなんて憶えてはいない。正確なのは精々「男だった」ことくらいか。


 そうこうしていると、格納庫(ハンガー)内に一つの情報が齎される。電子音じみた平坦な音階で流れるのは、俺たちが目的地に到着したという旨の報せだ。


「……行くか」


 自然と意識が切り替わる。ノイズめいた雑多な思考が綺麗に洗い流され、脳殻内は任務遂行の段取りで埋め尽くされる。この感覚は嫌いじゃない。自分がすべきことがあくまでもシンプルで、その為にどれだけ効率良く動けるかを試されているような、“枠”に固定されるような安心感。


 それを機械的というならば別に構わない。俺は親戚(電子錠ロッカー)の扉を優しく閉めてやり、踵を返して格納庫(ハンガー)内を端の方まで歩いて行く。殺風景な風景を進む中で、周囲からは重々しい駆動音が響き始めた。その発生源は、俺が向かう先にある鈍色の隔壁である。


 俺がその手前に到着したのと、隔壁が全て解放されたのはほぼ同時だった。外へ向けて大きく開いた鉄の扉の向こう側に、黒煙で染まった空がある。途端、強烈に吹き込んできた烈風が頬を叩き、強烈な硝煙の香りが鼻腔を擽った。


 鋼撃兵(SST)である俺にとって、それは感触というよりも情報だ。息苦しくもなければ寒くもなく、咳込んだりもしない。風に負けて身体が傾ぐこともなく、ただ安定した姿勢で俺は全てを受け止める。そこで一瞬、思考に微かなノイズが走った。俺は苦笑し、呟く。


「夢とは大違いだな」

《……ケイ?》

「なんでもない」


 <イチョウ>にはそれだけを返し、俺は床面に備えられた細長い装置へと手を掛ける。外へ向かって突き出すレール状のそれは、電磁加速カタパルトと名称されていた。


 接続部に足を乗せれば自動的にロックが為される。右横に突き立った操作盤(コンソール)に命令を入力してやれば、電磁加速カタパルトは軽い音を立てて駆動し、俺を外へと運び出してくれる。使う度に思うが、つくづく素直な働き者だ。


 移動は数秒で止まり、電磁加速カタパルトは地表へ向けて垂直となる。俺自身は並行に向き合う形だ。目も眩むような高さに対する恐怖はない。俺の目はしっかりと地表付近で起きている状況を把握している。理解できるもの、見通せるものを恐れるような奴は、いない。


 と、そこで俺は目を眇めた。本来想定されていた降下地点よりもやや手前、木々が林立した場所に、対峙する複数人の男女の姿を見つけたからだ。人相から判断して、今回の任務に於ける重要人物に間違いない。状況が逼迫している事実を見てとり、俺は今すぐの出撃を選択した。


「至急、至急。<ストーク・フォー>管制室へ通達。こちら、ケイ・サーヴァー少尉。保護対象A、及び保護対象A’を発見した。また対象が危機的状況にあることも確認。付近には捕縛対象Aの姿も有り。緊急事態につき、これより即時出撃する」


 下顎内に仕込まれた量子通信機に吹き込んだその報告には、僅かな間隙もなく「出撃を許可する」との答えが返った。故に、行く。


「ケイ・サーヴァー少尉、出撃する」


 直後、俺は射出された。


 電磁加速カタパルトが激しい放電閃光を迸らせながら駆動し、俺の身体を凄まじい速度で地表へと押し出す。音速超過により生まれた衝撃波が大気を打ち鳴らし、まるで雷鳴のような轟音を周囲に響かせた。突き破られていく大気が甲高い風切り音を鳴らす。


 空に投げ出される。


 流れていく風景は一瞬で過ぎ去り、地表は数秒の内に目の前だ。

 そこでまたノイズが走る。今日は多い。あの夢の所為だろう。

 俺は任務前の最後の無駄口として、猛烈な暴風の中で呟いた。


「俺は、飛べない」


 そうとも。夢とは違い、俺は飛べないのだ。


「ただ、一直線に、落ちるだけだ。雷鎚の如くに――」


 そして、俺は地表に達した。

 周囲を取り囲む漆黒の軍勢と、女性二名に男性一名。

 その呆けたような視線を浴びながら、俺は宣言する。


「こちらケイ・サーヴァー少尉。現地に到着。これより、任務を開始する」



 -↯-



 私はその瞬間、何が起きたのか理解できなかった。


 突如として鳴り響いた雷鳴に続き、まるで落雷の如く現れた一人の人物。暗緑色(ダークグリーン)戦闘衣(コンバット・ギア)を身に纏い全身から紫電の残滓を散らすまだ年若い男性の登場が、到底現実のものとは思えなかったからだ。


 私に銃を突き付けるコートランドも、兵士たちの拘束を跳ね除けようと足掻いていたハンナも、きっと同じ心持ちだろう。そんな中で『ケイ・サーヴァー少尉』と名乗った彼は、ぐるりと周囲を見回してから私の方を見た。


 視線が克ち合う。感情の全てを洗い流したような無表情と、それにもまして無感動な乾き切った黒の双眼。研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線に射竦められ、思わず息を呑んだ私に、彼は言った。


「この表現が正しいかはともかく、俺の任務内容と状況から鑑みると――」


 彼自身、その言葉が持つ意味を信じていないような口調で、


「――俺は貴方たちを助けに来た。ひとまず、安心してほしい」



 -↯-



 俺は状況を確認する。まずは重要人物の立ち位置について。


 一人はメリアルム・シア・マグオル。

 <マグオル共和国>大統領の娘であり最重要保護対象だ。

 全身血塗れだが命に別状はない模様。ひとまずは間に合って良かった。


 一人はハンナ・アーヴィル。

 前述のメリアルム氏の侍女兼護衛、こちらも優先度は落ちるが保護対象。

 酷く衰弱した様子だが、死んではいないので善しとする。


 一人はヴァリア・コートランド。

 <マグオル共和国軍>の元軍司令官であり、クーデター実行犯。

 戦闘能力、皆無。脅威度判定、放置可能。捕縛、或いは殺害対象。


「き、貴様!? な、何者だ!? 何をしに来た!?」


 三番目の人物が上擦った声を上げた。予期せぬ存在の出現に激しく動揺しているのが見て取れる。人間、こんな時には決まりきった文句が出るらしい。ともかく聞かれたならば答えてやろうと、俺は自らの所属と目的を明かした。


「<エクィアス連合国軍・総司令部麾下・第四鋼撃兵(SST)部隊>所属、ケイ・サーヴァー少尉。そっちはヴァリア・コートランドだな? <マグオル共和国>で勃発した軍事クーデターの首謀者……」


 俺がそこまで口に出した時、コートランドの表情が変わる。恐れから侮りを含んだ笑みへと。彼は一瞬でも自分が動揺した事実を許せないのだろう、極めて尊大かつ傲然とした態度で言い放つ。


「ハゲタカめ、利権を掠めとる機と見て、嘴を突っ込んできたか。だが、生憎だったな。貴様がたった一人やってきたところで、この状況はどうにもならん! わざわざ死にに来たも同然だな!」


 コートランドは大仰に手を広げ、背後に控える漆黒の軍勢を俺に見せつける。


「どうだ!! 貴様もどうやら鋼撃兵(SST)らしいが、数の差は歴然だぞ!! いつも通り鋼撃兵(SST)さえ送り込めばどうにかなると考えたのだろうが、当てが外れたな!! 今の私にはこの無敵の軍団がある!! 今回ばかりは、貴様らがその傲慢のツケを払う番だ!!」


 コートランドは大笑した。自分こそが絶対権力者だと誇示せんばかりの勢いだ。対して、俺はその()()()()()()()()()へ、肩を竦めて返事をしてやった。


「……随分嬉しそうだな。そんなに帝国(アルデガルダ)が恵んでくれた肩書きは着心地が良いか、裸の王様? 剥ぎ取られた時の顔が見ものだな」


 そして、俺の発言はコートランドの自尊心を手酷く傷つけたらしい。彼は虚飾に塗れたその顔を急激に紅潮させると、憤怒の形相で叫んだ。


「こ、こいつを殺せ!! 殺せェッ!!」


 その素晴らしい即断即決に従い、彼の背後に控えていた漆黒の軍勢が一斉に飛び掛かって来た。奴らは今回の任務に於ける撃破対象、即ち量産型鋼撃兵(SST)と目される存在だ。津波の如くに押し寄せる黒色を眼前に収めながら、俺はイチョウに問う。


 ――どうだ<イチョウ>?


 共有思考を用いた光速度での会話。俺の多機能視覚装置マルチ・サイト・システムを介し、一瞬で敵戦力の調査を完了した<イチョウ>は、果たして予想通りの報告を齎す。


《対象を識別完了。量産型鋼撃兵(SST)と確認。内部駆動系の機構及び形成材質から<アルデガルダ帝国>製と推定されます。相似率は98.9%、ほぼ確定として良いでしょう》


 これで<アルデガルダ帝国>の介入は、言い訳の利かない確定事項となる。帝国が曲がりなりにも鋼撃兵(SST)の量産化技術を手に入れたという事実は、<エクィアス連合国>にとって無視できない暗雲となるだろう。実際に現物がこうしてある以上、両国間の均衡が崩壊するのも時間の問題だ。


 技術的優位が失われた<エクィアス連合国>で今後生じるだろう問題について考えると酷く面倒になるが、今それらを考えても意味はない。後回しだ。俺は必要とされたら戦うだけであり、そして、今がそのタイミングに間違いないのだから。


 ――因みに、予測される奴らの戦力的脅威度はどれくらいだ? 比較対象は、そうだな。エクィアス中央軍、標準兵装の歩兵部隊を仮想敵として。


 俺の問いに対して<イチョウ>の回答は間を置かずに返った。


《現在、我々の視界内に存在する五十四機全てを投入した場合、一個中隊規模が一方的に壊滅させられる想定となります。それは、我が方の量産型鋼撃兵(SST)最上位である『甲型』とほぼ同レベルの戦力として見積もられるもので、率直に評価して十分な脅威になり得るかと》


 ――<マグオル共和国>首都をこの短時間で壊滅させただけのことはある、か。


 抵抗の手段もない市民や一般兵士を相手取っての戦果が順当に誇れるものかは別として、<エクィアス連合国>としても看過できない能力を持ち合わせているようだ。実際にこの量産型共が戦線に配備され、更なる改修を加えられたならば、その時こそ俺たちにも覚悟が必要になる。


 しかし、ならば、この場に於いてはどうか。


 ――なら、俺とお前が相手の場合は?


 俺は、もう目と鼻の先にまで迫っている軍勢を前に、戦闘姿勢を構えて問う。<イチョウ>は至極簡潔に、それが純然たる事実であるとして答えた。


《全滅まで二分二十三秒持てば上々といったところでしょうか》


 成程、それなら、なにも問題はない。


 ――だったら、キリ良く二分でやろうか。


 俺は疑問の氷解と共に動き出した。



 -↯-



「――殺せェッ!!」


 ヴァリア・コートランドの絶叫めいた指令に、量産型鋼撃兵(SST)たちは即応した。漆黒の軍勢の頭部から一斉に微かなスイッチ音が鳴り、直後に彼らは黒い残像と化してケイ・サーヴァーへと雪崩掛かっていく。


「逃げてッ!!」


 間に合わないと知りつつも、メリアの口から悲鳴が迸る。真偽は不明にしても自分を「助けに来た」と言う青年が殺される様など見たくはなかった。


 彼女の目に漆黒の軍勢の細かな動きは捉えられず、ケイの身体は不気味に蠢く黒い巨大な塊に瞬く間に飲み込まれ、圧し潰されていくように見えた。


 絶望がメリアの心を支配する寸前、一つの宣言が彼女の耳に届いた。


「《武装選択:加速装置(アクセラレイター)――開始(ラン)》」


 短いその言葉の後、ぱん、と乾いた破裂音が響いた。同時にケイの姿が掻き消え、彼が立っていた地面に大きな抉れが発生する。巻き上げられた土と砂が再び地面に落ちるよりも早く、直後、漆黒の軍勢が()()した。



 -↯-



「な、ぁッ!?」


 コートランドの顎が落ちる。彼が瞠目して見守る中、量産型鋼撃兵(SST)の集合体たる黒の津波は、その内側で縦横無尽に飛び回る暗緑色(ダークグリーン)の軌跡によって、見る見るうちに形を削り取られていく。


 幾度となく破砕音が鳴り、断裂音が響いた。そして、その度に砕け割れた量産型鋼撃兵(SST)の手足、もしくは首などが四方八方に吹っ飛ぶ。コートランドが事態を理解したのは、自身の足元に千切れた量産型鋼撃兵(SST)の生首が転がってきた時だった。


 砕け割れたレンズ眼の奥から白濁した死者の目で覗き返され、コートランドは喉を引き絞らせるようにして絶叫した。


 状況が理解できない。こんなことが有り得る筈がない。ぶつかり合っているのは同じ鋼撃兵(SST)だ。単純に戦力として等号が結ばれるならば、数で勝るこちらが勝利せねば理屈に合わない。


 恐慌に陥りかけたコートランドは、そこで不意に思い出す。暗緑色(ダークグリーン)戦闘衣(コンバット・ギア)を纏う青年が、先程口にした名前を。彼は登場直後になんと名乗っていたか。


「だ、<第四鋼撃兵(SST)部隊>……だと? ま、まさか、それは……嘘だッ!! 嘘に決まっているッ!!」


 それは一種の都市伝説として語り継がれる部隊の名前だった。


 <エクィアス連合国>が運用する鋼撃兵(SST)が、一種の『兵装』として各部隊に配備されていることは周知の事実だ。


 大別すると三種類。単純命令(ルーチンワーク)のみを行う簡易量産型の『丙型』。ある程度の自我を持ち指揮官機の指示を実行する『乙型』。そして高度な自己判断能力と単騎で機甲部隊に匹敵する戦闘能力を備えた『甲型』である。


 今回現れた『ケイ・サーヴァー少尉』を名乗る個体は明確な会話を行ったことから、最も強力な『甲型』であると、コートランドは判断していた。ならば――最下級の『丙型』の時点でも生身の人間からすれば十分な脅威だが――同等以上の戦力を以てすれば倒せぬ相手ではない。そう信じていたのだ。


 しかし、しかしだ。コートランドはかつて、ある噂を聞いたことがあった。軍関係者の間でまことしやかに伝わる、その真偽も出何処も不明な情報。


 三種類の量産型とは別に、計二十六機の特別に強化された鋼撃兵(SST)のみで戦闘人員を構成された特殊攻撃部隊が、第一から第八部隊まで秘密裏に設立されている……、と。


 そんなものはどうせ誇張された戦果に尾鰭が付いただけのものだと、コートランドは今まで信じていた。所詮は<エクィアス連合国>お得意のプロパガンダ、対等な力でぶつかれば易々と破れ砕ける張子の虎に過ぎないのだ、と……。


()()()鋼撃兵(SST)だとッ!? 有り得んッ!! 有り得る筈がない、そんな都合の良いものがッ!?」


 泡を食って叫ぶコートランドの目にはしかし、覆しようもない現実が存在していた。一秒ごとに容赦なく“無敵の軍団”は擦り減っていく。その勢いは止めようがなく、戦況に於いての優劣は完全に決していた。


「馬鹿なッ!! こんな、こんな、馬鹿なことがッ!?」


 己の力の象徴であり、輝かしい未来を保証する筈だった兵隊たちが、為す術もなく打ち砕かれていく。ヴァリア・コートランドは髪を掻き毟りながら慟哭した。脳裏に思い描いていた“正しき国の姿”と、その中で采配を振るう“真の軍人”たる自分の姿が、色褪せ風化していく絶望に身を焦がされながら。



 -↯-



 全身が燃えるように熱い。

 爆発的な力が漲っている。

 五体の全てが思うがままに動く。


 熱素機関フロギストン・エンジンは唸りを上げて最大駆動し、ケイ・サーヴァーの一挙手一投足に雷光の如き速度と破壊力を与える。今、ケイは一筋の迅雷となって奔り抜けていた。


 ――雑魚、だな。


 見下しも自惚れもなく、純然たる事実としてケイは評価した。確かに戦力としてはかなりの仕上がりだ。しかし、こちらと相対するにはあまりに役者不足というもの。加速装置(アクセラレイター)によって十倍以上に引き伸ばされた時間感覚の中、無限大に湧き上がってくる戦意に唇を歪ませる。


 ――まだまだ、ようやく身体が温まってきたところだ。


 意気も軒昂と見据えた先、新たに正面から殴りかかって来る三体の量産型鋼撃兵(SST)がある。手には紫電を迸らせる電磁ナイフ。戦車の分厚い前面装甲をも易々と切り裂くそれを、一太刀でも受ければ如何にケイとてただでは済まない。


 故に、無効化する。


 音さえ置き去りにして迫る刃の手元、電磁ナイフを握る手頸へと、ケイは自身の手刀を飛ばした。破砕音が三つ、殆ど同時に鳴る。手首を失った量産型鋼撃兵(SST)は、間抜けにもそのまま腕を振り下ろし、目測を誤って空振り。


 姿勢を崩した彼らへ、ケイは回し蹴りを叩き込んだ。戦槌の如く横薙ぎされた一撃を受け、量産型鋼撃兵(SST)は三体同時に吹き飛ばされる。揃って胴体を真っ二つに立ち割りながら。


 ――これで、三十二体目。


 戦闘開始から既に一分二十三秒が経過している。

 経過は順調、身体機能は万全、あらゆる要素に些かも問題はなし。

 敵の残りは二十二体、これなら十分目標に間に合うペースだ。


 周囲に散乱する量産型鋼撃兵(SST)たちの残骸には足を触れることなく、ケイは彼ら以上の精密な立ち回りで漆黒の軍勢を翻弄していく。左右から同時に掛かってきた量産型鋼撃兵(SST)の攻撃を、上体だけのスウェーで躱し、逆に両手でそれぞれの頭部を掴む。そのまま思い切り互いに打ち付けてやれば、これで三十四体。残り二十体。


 首のもげた量産型鋼撃兵(SST)を打ち捨て、ケイは次の獲物に取り掛かる。今度は四体が腰だめに構えた小銃をぶっ放して来た。遅い。空気に絡め捕られる鉛玉の一つ一つを目で追いながら、ケイは吐息一つで笑う。


 ――加速装置(アクセラレイター)を起動している鋼撃兵(SST)相手に銃、かよ。


 明らかに戦闘経験が足りていない。量産型というよりは試作機に近いのだろう。さて、攻撃の回避は可能だが、流れ弾が丁度背後にいる保護対象A(メリア)に当たる可能性がある。状況を考慮し、ケイは身に秘めた機能を加えて行使した。


「《武装選択:電磁斥力場(バリア・フィールド)――開始(ラン)》」


 軽い放電音と共に展開されたのは不可視の障壁だ。飛来した銃弾はその表面で停止し、爆ぜ飛んで塵と化す。ケイは往生際も悪く射撃を続ける四体の量産型鋼撃兵(SST)へ駆け寄ると、電磁斥力場(バリア・フィールド)を用いて吹き飛ばした。


 身体の表面を爆ぜさせてふっ飛んでいく四体へ向け、ケイはお手本を示すように腰から炸裂短針銃バースト・ニードル・ガンを引き抜き、射撃。空中で身動きの取れない標的相手では外しようがない。一体につき正確に二発ずつ(ダブルタップ)、頭部に叩き込まれた炸裂短針弾はその名の通り、標的の頭を割れた柘榴のように変えた。


 ――三十八体。残り十六体。


 ここで量産型鋼撃兵(SST)の動きに明確な動揺が発生した。彼我の戦力差を圧倒的なものだと判断した彼らは、思考ルーチンに従い撤退を選択しようとしたのだ。


 しかし、コートランドから下されたのは「殺せ」という命令である。高度な思考選択能力を持たない彼らは、そのコンフリクトの為に動きを鈍らせ、


 ――なにを、ぼやっとしてるんだか。


 纏めて、ケイが振るった高周波刀バイブレーション・ソードの餌食となった。


 超高速振動を伴う刀身が銀閃を描いて走り、なまじ密集していた為に計六体が揃って膾切りとなる。滑らかな断面を覗かせて頽れる量産型鋼撃兵(SST)を尻目に、ケイは斬撃の勢いを活かし、ステップで飛び込みながらさらに二体をそれぞれ脳天から一刀両断。これで四十六体。残り八体。


 ――グレネードは使うまでもないな。


 これ以上は刀も不要だ。判断したケイは高周波刀バイブレーション・ソードを収納し、徒手で残りを始末にかかる。数の利を失った量産型鋼撃兵(SST)はもはや脅威ではない。ケイは悠々とその案山子共を砕き、引き裂き、鉄屑へと変えた。


 最後に残った一体に為す術はない。開き直りか、或いは足掻きか、孤軍となった量産型鋼撃兵(SST)は死に物狂いの勢いでケイへ突っ込んだ。繰り出されるのは、完璧な姿勢と完璧な重心移動から放たれる、渾身の右正拳突き。


 ――良い動きだ。


 下手に喰らえば胴体くらいは持っていかれる。戦闘終了間際に訪れた危機に……ケイは歯を剥いて笑った。それは、肉を喰らい牙と爪を以て敵対者を狩る獣だけがする表情だ。ケイの黒目の内に炎が燃えた。それは、死すらも置き去りにした戦闘者だけが宿すことのできる殺意の炎だ。


 ケイは突き込まれてくる正拳に合わせるように、自らも貫手を放った。互いの激突はコンマ一秒にも満たない刹那の間に。結果としてケイの貫手が勝った。破砕音を鳴り響かせながら、鋭刃と化した爪先が量産型鋼撃兵(SST)の拳を、繊維でも裂くような容易さで断ち割っていく。


 そのまま腕から肩に掛けて引き裂かれるに至り、量産型鋼撃兵(SST)が声に成らない叫びをあげた。意志も記憶も奪われ、無機物に置き換えられた筈の心が恐怖を思い出したかのように。しかし、修羅場で怖れを抱いた戦士に勝利はない。


 右腕を肩口からもぎ取られた量産型鋼撃兵(SST)に、ケイは容赦をしない。貫手を引き戻す動作に合わせて、左の拳を撃ち放つ。一直線に飛んだ左拳はがら空きになった量産型鋼撃兵(SST)の胸部に着弾し、爆ぜ飛ばした。


 胴体に大穴を穿たれた量産型鋼撃兵(SST)は、傾いでいく視界に空を映した。黒煙に覆われた<マグオル共和国>の空だ。レンズ眼の奥、記憶の残滓めいたなにかを煌かせ、虚空へと残った左手を伸ばしながら量産型鋼撃兵(SST)は倒れた。そして、もう二度と動かない。


 その時、丁度二分が経過した。

 五十四体の量産型鋼撃兵(SST)は完全に叩き潰され、全滅した。

 終わってみれば蹂躙に等しい結果だ。ケイは一切の手傷を受けていない。


 目標を達成したケイは、急激に過ぎ去っていく戦闘の余韻をその身に感じつつ、ただ一言だけ無感動に呟いた。


「良し」



 -↯-



《お疲れ様でした、ケイ》


 相対した量産型鋼撃兵(SST)の全てを撃破した俺へ、<イチョウ>が労いの言葉を掛けてくる。それ自体は有難く受け取るとして、しかし、まだ仕事は終わっていなかった。市街に展開する機動兵器と、量産型鋼撃兵(SST)の残りを倒さなければならないからだ。


 その前にコートランドの身柄を捕縛すべきだろうと、茫然自失として口も利けない彼に歩み寄ろうとした時、不意に俺の意識内に声が飛び込んできた。


 明るい調子の聞き慣れたその声音は、


《――よう、ケイ。手伝いに来たぜ》


 同じ<第四鋼撃兵(SST)部隊>に籍を置く同僚、ジェイ・オライアーのものに間違いなかった。


「ジェイ? なんでお前が?」


 別の任務に出ていた筈のジェイが、何故俺に通信を送ってくるのか。訝しむ俺に対し、ジェイは普段の飄々とした口調のまま応える。


《なんだはないだろ。いや、なに。こっちの任務が思ったより早く終わったんでな、そのまま駆け付けたってわけだ。ああ、上には許可を取ってあるから心配しなくて良い。<イチョウ>から聞いてないか?》

「……<イチョウ>?」

《……確かに申請が来ています、五秒前ですが》


 それは許可を取ったとは言わないのではないか。呆れかえった俺が文句を言ってやろうとした時、<マグオル共和国>首都市街の方で凄まじい爆撃音が轟いた。思わず振り向けば、街の至る所に紅炎が噴き上がっている。ジェイが己の武装を使用したのだ。


「……ジェイ、お前な」


 思わず苦言を呈そうとしたこちらを、ジェイは「気にすんなよ」と遮った。


《どうせもう取り返しがつかないくらい壊れてんだからな。それに、生きてる市民も巻き込んじゃいない。むしろ、これ以上の被害を抑えるなら、敵対存在の撃破は迅速な方が良い。なにもおかしいことはないだろ? な?》


 言い訳の類ではなく、心の底からそう信じている口ぶりだった。


 俺は眉を顰めて舌打ちする。昔からジェイはこういう奴だ。その徹底した仕事ぶりが、これまでの任務達成確立に確実に貢献してきている事実も含めて、どうにも真似ができそうにないとつくづく感じられる。


《まあ、そういうわけでこっちは任せてくれ。エクィアスの派遣部隊も、あと数十分もしない内にやってくるから、そいつらと一緒に市街の制圧は済ませておく。お前はクーデターの首謀者と、件のお姫様にしっかり対応してやれ。なんなら熱い口づけのひとつでも貰っとくんだな、ははは。それじゃあ、また後で会おう》


 一方的に言い終え、ジェイは通信を切った。


「…………、」

《ケイ、精神的負荷(ストレス)値が》

「奴は、後で、殴る」


 やはり、あいつのノリには着いていけない。冗談と本音を同時に捲し立ててくるジェイは、頼りになる同僚である一方で、俺が知る限り最も対応に苦慮する相手でもある。


 とはいえ、助かったのは事実だった。俺は大きく息を吐き、戦闘で身体の内側に籠った熱も含めて諸々の感情を排出した。そうして、気持ちを切り替えれば純粋な事実のみが残る。俺は市街の様子に驚いているコートランドへ向けて、言ってやった。


「ヴァリア・コートランド。見ての通り、市街に残ったお前の手勢は無力化されつつある。エクィアスの制圧部隊も間を置かず現れるだろう」


 つまり、


「お前の望みは絶たれた。短い天下だったな、元将軍」


 その言葉がトドメになったらしく、コートランドは全身から力を虚脱させて膝を突いた。最後まで後生大事に握り締めていた拳銃が地に落ちる。色の抜け落ちたその顔には、もはや、なんの感情も浮かんでいなかった。



 -↯-




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