1-7
ゴールデンウィーク。
健次に予告したとおり、私は特に予定がなかった。
両親に連れられて、父の実家に帰省する以外は特にする事も無い。
父の実家は大阪市内で他県とはいえ、そこまで時間が掛かる訳ではない。
当然のように毎年、帰省は日帰りだ。
大阪に行っても、別に特別感はなかった。
高速道路の渋滞具合から大阪市内の雑多な感じまで全てが全てが私の予想通りだ。
帰省という一大イベントのはずなのだけれど、私は酷く退屈していた。
父方の祖父母は私の顔を見ると喜んでくれたし、少し多めにお小遣いもくれたけれどただそれだけだった。(中学生に5万も渡す祖父には感謝したけれど)
父の実家からの帰り道。
母は助手席で静かな寝息を立てていた。
父はただ黙って前だけ見て車を走らせる。
時折、カーラジオを操作して渋滞情報を確認する以外には特に変わった事もしなかった。
私は渋滞する高速道路から大阪の街をただ眺めていた。
後部座席の窓ガラスに映る私の瞳は、恐ろしく冷たい目をしている。
こうして自分の顔を見ていると、とても嫌な気分になった。
自分で言うのも可笑しいけれど、私の顔の造形は綺麗な方だと思う。
目にはくっきりとした二重があったし、鼻の形、口の形、どれを取っても整っていた。
これは母が私に引き継いだ数少ない物の1つなのだろうと思う。
車のガラスに映り込む私の顔は本当に母によく似ていた。
生き写しという表現がぴったり合う。
そんな感じの顔だ。
「なぁ? お父さんはなんでお母さんと結婚したん?」
私は外を眺めながら父に尋ねた。
父は前を向いたまま、「せやなぁ」と呟く。
「お父さんみたいに、のんびり屋がなんでこんなせっかちな人と結婚したのかウチには理解でけへんよ。お父さんやったら他にもええ人居たと思うし」
私は自分の母親が眠っている事を確認するように助手席を覗き込んだ。
幸い、母は完全に夢の中に居るようだ。
「月子ぉ。自分の母親をそないゆうもんやないで! 虹子……。お母さんはええ女の人やで! ほんま、仕事熱心やし明るいし。そんでべっぴんさんや」
「それは……。わからんでもないけど……。でもお父さん、いっつもお母さんの尻に敷かれとるやん? くやしぃないんか?」
尻に敷かれているという私の言葉に父は吹き出して小さく笑った。
「せやな。俺はほんまに尻に敷かれとるわ。でもな月子、家族ゆーんは女が強い方がうまくいくんやで? だから俺は何の不満も無い。お前も大人になったらわかるで」
父はそう言うと、嬉しそうに鼻歌を歌ってハンドルを強く握った――。
ゴールデンウィークの最終日。
私は市内の商店街にある楽器屋へと出掛けた。
京都という土地柄なのか、府内の連休中はどこへ行っても混み合っていた。
嵐山や清水寺、伏見稲荷大社。
観光客はそんなメジャーな観光地に押し寄せるのだ。
最近はやたらと海外からの旅行客も増えたように感じる。
京都市在住の中学生からしたら良い迷惑だ。
心底ウンザリする。
本当はこんな時期に街へ出掛けたくなかった。
でも連休明けには校内演奏会があるので出掛けるしかない。
本当に嫌になる。
楽器店の扉を開けると『カラン』という鈴の音が鳴った。
店内は楽器店特有の香りと空気で満ちている。
「あら、いらっしゃい。月子ちゃん今日は1人なん?」
楽器店の店長の長谷川さんは私の顔を見つけると人懐っこい笑顔で挨拶してくれた。
「せやでー。あんな、楽器見てほしいんやけど!」
長谷川さんは40代後半の女性だ。
彼女には私がクラリネットを買ってからずっとお世話になっていた。
「じゃあ預かるわ。30分ぐらいで終わると思うからそこらへんプラプラしててな」
「お願いしますー」
私はクラリネットを彼女に預けると店を出た。
特にする事もなかったのだけれど、とりあえず商店街を見て回る。
商店街のほとんどの店は戦前から営業しているような古い店だった。
老舗というより『古い店』という表現が近いと思う。
古いながらもその商店街は活気に満ちていた。
主婦たちは買い物袋片手に世間話に興じているし、孫の手を引いている老婦人も幸せそうな顔をしていた。
20分ほどフラフラしていると、向こうから見覚えのある顔がこちらに向かって歩いてきた。
長い黒髪にピンクのカチューシャ。花柄のワンピース姿。
遠くから見ても誰だか判った。
栞だ。
「おーい、シオ……リ……」
私は手を上げて彼女の名前を呼ぼうとして途中で上げた手を中途半端に下げた。
最悪な事に栞は1人ではなかったのだ。
彼女は男と一緒に居た。
一番会いたくない2人に同時に出くわしてしまった。
最悪のゴールデンウィークだ……。