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アルテミスデザイア  作者: 海獺屋ぼの
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5-2

 10月上旬。私と健次は大阪へ向かっていた。今回は健次のバイクでの移動だ。

「ケンちゃん免許いつ免許取りに行ったん?」

「ああ、実はオーディションの後すぐにな……。16になったらどうしても取りたくてな」

 健次のバイクは中古だとは思えないほど輝いていた。タンクには『CBR400F』と書かれている。カラーリングは健次が好きそうなメタリックレッドだ。

 健次と大阪に行くのは本当に久しぶりだ。幼い頃はよく遊びに行っていたけれど、中学以降はめっきり行かなくなっていた。

 国道と府道を何本か乗り継いで大阪へ向かう。途中のドライブインで昼食を取り、缶コーヒーで一服した。

「西浦さん何の用やろね?」

「さぁな……。お前がオーディション蹴ったこと怒っとるのかもしれんな……」

 健次は私をからかうような言い方をした。でも……。案外外れていないかもしれない。

 あんな形で辞退したのだから怒っていても不思議ではない。

 西浦さんからの連絡はとてもシンプルで且つ不透明なものだった。私たちに知らされたのは場所と日程だけでそれ以外何もなかった。彼女はただ一言「もう一度会って話したい」と言っただけだ。

 今更、私たちに一体何の用だろう? オーディションも終わってしまったし、私は辞退とはいえ不合格者のはずだ。

 今回の呼び出しは私と健次だけではなかった。どういうわけか充と亨一にも一緒に会いたいらしい。

 私は本当に西浦さんの真意が分からなかった。もともと、何を考えているのか分からないような人だけに余計そう思う。

 大阪に着くと私たちはすぐにニンヒアの事務所へと向かった。彼らの事務所は梅田の芸術劇場のすぐ近くにあるらしい。

「梅田めっちゃひさびさやで! 帰り飯食って帰りたいな」

「ハハハ、せやね。粉もんでも食って帰ろうか?」

 健次はニンヒアの事務所の脇にCBRを止めながら軽口を叩いた。私たちがバイクを止めていると後ろから声を掛けられる。

「お疲れ様」

「おお、お疲れ! またウチらが最後か……」

 そこには亨一と充が立っていた。いつも通り私たちが遅刻らしい。

「岸やん……。ほんまに遅刻癖直らんな」

「いや、すまんすまん……。一応時間前に来たつもりやったんやけどな」

「アホ! 約束の時間の15分前行動は常識やろ? もう5分前やで?」

 健次と充のこんなやりとりを見るのもすっかり慣れた。健次が反省しているかは微妙だけれど。

「でも間に合って良かったよ。じゃあ行こうか?」

 それから私たち4人はニンヒアの事務所に足を踏み入れた。事務所内はかなり閑散としていた。事務所と言うよりも備品倉庫と言った方が近いと思う。

「いらっしゃい。待ってたわ」

 奥から西浦さんがエプロン姿で現れた。彼女は何やら片付けをしていたらしく、頬には埃が付いている。

「こんにちは。この前はほんまにすんません」

「ああ……。いいのよ! みんな色々あるものだから……。ごめんね。散らかってるけど座って」

 どうやら西浦さんは事務所の整理をしていたらしい。事務所内は大量のファイルと書類で溢れかえっていた。他のシャインの姿はない。

「失礼します……」

 私たちは西浦さんに言われるままパイプ椅子に腰を下ろした。

「さて……。まずは来てくれてありがとう。感謝するわ。鴨川さん、岸田くん、吉野くん、佐藤くんで間違いないわね」

 彼女はそう言いながらクリップ留された書類を4人分配った。

「ええと……。これは?」

「単刀直入に言うわ。まどろっこしい話しても仕方ないから。そこに書かれていることをあなたたちにお願いしたかったの……。とりあえず目を通してくれる?」

 書類には『プロジェクトアフロディーテ』と書かれていた。私たちはその書類に目を通した。

 書類を読んでいる間、西浦さんはひざを組んでタバコを吸っていた。ヤニの匂いが部屋一杯に広がる。

 『プロジェクトアフロディーテ』の内容は非常にわかりやすくまとめられていた。おそらくこれを作成したのは西浦さんだと思う。

 そこに書かれていたのは私たちのサクセスストーリーのようなものだった。イベントをどんな風にやって、どんな楽曲を作り、どんなファン層を作るか……。そんな内容だ。

「あの……。よくわからないんですが。これって……」

「見ての通りよ。あなたたちがこれからバンドで成功するための方策をまとめてみたの。どうかしら?」

「はぁ……」

 どうもこうもない。なぜこんなものを私たちに見せたのだろうか?

「あの……。ウチはこの前のオーディションで辞退させてもらいました。でもこれって……」

「そうね……。何て言えばいいかしら」

 西浦さんはタバコを思い切り吸い込むと天井に向かって吐き出した。

「あのね。あのあと私も色々考えたのよ……。正直に話すとね。私はこの前のオーディションで受からせたかったのはあなただけなの……。他が悪かったわけじゃないんだけどあなたは特別だった」

 特別……の意味が分からなかった。私が逢子より優れているとでも言うのだろうか。

「あの……。ウチより逢子……。いえ、三坂逢子さんの方が上手いと思います。一緒にオーディション受けて、すごく感じたんです。なんで逢子じゃなくてウチだったんですか?」

 私の質問に西浦さんは不思議そうな顔をした。

「あなたはそんな風に感じてたのね……。ええ、たしかに鴨川さんの言うとおり三坂さんは上手かったと思うわ。でも……。彼女はどう足掻いても私が求めるレベルには辿り着かないと思う。私だってこの業界長いからそれくらいは分かる。そうね……。三坂さんは良いとこインディーズバンドで地方で人気が出るくらいじゃないかしら? おそらく彼女は努力の人なんだと思う。でもね。どう足掻いても努力では解決しないこともあるのよ。残酷だけどね」

 その言葉で亨一の表情が曇るのが分かった。しかし彼は何も言おうとはしなかった。

 西浦さんは続ける。

「とにかく。私は鴨川さんを諦めたくないの! あなたには他の人が持ってない華があるわ。どんな凡人も到底及ばないような大きな華がね。今すぐじゃなくも構わない。あなたのペースでいい。だからお願い。私たちと一緒にやってくれないかしら?」

 彼女はそう言うと私たちに深々と頭を下げた――。

 その日の話はそれで終わった。私たちはその場では返事出来なかったし、彼女もそれを求めなかった。

 でも……。その日、私たちは彼女から生涯大切にするものを一つだけもらった。

「あの……。西浦さん。ひとつお願いがあります」

「ん? 何?」

「この『プロジェクトアフロディーテ』からバンド名もらいたいんです。今ウチらには名前がないので」

 私は『アフロディーテ』という名前に特別な響きを感じていた。ギリシャ神話の女神。愛と豊穣をもたらす者。

「もちろん! 私もあなたたちにはその名前が合ってると思うわ」

 彼女はニッコリ笑うと私の肩を軽く叩いた――。


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