4-11
正面には西浦有栖がいる。彼女は退屈そうな目で私の姿を見た。
「では……。鴨川さんお願いします」
「はい! オリジナル曲で曲名は『デザイア』です。よろしくお願いします!」
私が曲名を言うと彼女はストップウォッチをスタートした。運命の30秒のスタート……。
『デザイア』は私と健次で作った初めての曲だ。健次が曲を書き、充が編曲してくれた。
健次の各曲はパンクの色が濃かった。濃すぎるとさえ思う。だから充の編曲がなければ、酷い仕上がりだった。
充の編曲のお陰で『デザイア』はちょうど良いパンクロックに仕上がっていた。歌い手としても歌いやすいと思う。
私はこの曲の歌詞を書くのにさほど時間を要さなかった。勢いで書き上げたし、それでいいと思えた。もっと言えば、時間を掛けて書いてはいけないと思った。もし、吟味して言葉選びをしたとすれば、この詞は書けなかったと思う。『デザイア』の詞は重たくスピード感のあるものだ。緩急がかなりはっきりしていて、ジェットコースターのような内容だと思う。
手前味噌だけれど、私はこの曲が好きだった。健次が書き、充が編曲し、私が歌詞を書いたこの曲が。
30秒という短い時間に私の全てを注ぎ込んだ。一生懸命ではない。全身全霊――。
歌っている最中は周りが全く見えなかった。逢子も他の参加者も西浦さんさえ目に入らなかった。
「はい! そこまで!」
私は西浦さんの声で我に返る。短い時間だったけれど前進から汗が噴き出していた。
「はい! ありがとうございました」
私は深く頭を下げると椅子に腰掛ける。
「皆さんお疲れ様でした。選考終わるまで今しばらくお待ちください」
西浦さん口元を緩めて笑った――。
「どうやった!?」
私が会場から外に出ると健次と充が走り寄ってきた。
「ああ、終わったで。今選考中みたいやね……」
「そうか……。ま、結果がどうあれ無事終わって良かったな」
健次は気が抜けたようにため息を吐いた。健次の声を聞くとようやく一段落したような気がした。
『レイズ』のメンバーは逢子と談笑していた。亨一も羽島くんも和気藹々としている。
色々あったけれど、オーディションに参加できて良かったと思う。逢子とも直接対決出来たし、全力で歌うのは本当に気持ちが良かった。
今回の合格者は逢子だろう。少なくと私ではないと思った。客観的に見て彼女は完璧だったし、私なんて足下にも及ばなかった。逢子の言うとおりだ。勝負しようが何一つ変わらない……。残念だけれど。
審査が終わったのは、私たちの審査から2時間後のことだ。参加者たちはざわつきながら審査結果を待っている。
「月子ちゃん!」
「ああ、逢子ちゃんお疲れ」
発表前。私は逢子に声を掛けられた。ファミレスで話したときに比べて幾分、表情は穏やかになっている。
「いよいよ発表やね。めっちゃ緊張する」
「せやね」
「あー、受かってたらええな。月子ちゃんもほんまに上手かったし……。案外、月子ちゃんかもしれへんな」
逢子の肩は小刻みに震えていた。おそらく逢子は今日のために相当な努力をしてきたのだろうと思う。
「ハハハ、そうやったらええな。でも、まぁ……。受かるなら逢子ちゃんやと思うけどな」
気が付くと私は逢子に自分の本心を話していた。私の気持ちの中では逢子は絶対的だったのだ。歌はともかく、それ以外は逢子に勝てる要素なんてないと思う。
そんな気持ちをよそに西浦さんが私たちの前に現れた。
「審査結果の発表です。今回の一次選考……。合格者は3名です」
西浦さんは白い封筒から結果の書かれた紙を取り出した。
「それでは発表します」
私は心音が早くなるのを感じた。メトロームのように一定で早いリズムを刻む。
「合格者は……。西野有紀さん、山木隆盛さん……」
あと1人……。あと1人だけだ。私も逢子も自身が最後の1人であることを願った。そして……。
「鴨川月子さん……。以上3名です」
カモガワツキコ……。私は耳を疑った。……合格?
「お前! 月子! 合格やで! おい!」
健次の声でやっと我に返った。信じられないけれど合格らしい。横を見ると逢子が震えながら顔を赤くしていた。
予期せぬ事態だ。自信はあったけれど本当に受かるとは思わなかった。
こうして私はニンヒアオーディションの一次選考を通過した。そして逢子との勝負に勝ったのだ。
そんな実感の湧かないスタートが私たちの始まりだった。健次の。充の。そして亨一の……。




