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アルテミスデザイア  作者: 海獺屋ぼの
53/63

4-6

 新宿から二子玉川駅まで向かう。ホテルでシャワーを浴びたというのにもう既に汗で身体がベタベタした。山手線で渋谷まで行き、田園都市線に乗り換える。

 それにしても都内の人間には感心せざる得ない。こんな混み合った人の波に毎日飲まれているなんて。私だったら絶対に嫌だと思う。

 三軒茶屋で乗客が多く降り、そして多く乗り込んできた。車内の空気は一気に熱を帯び、隣にいるサラリーマンの汗の臭いがきつかった。

 それから電車は駒澤大学、桜新町と順に停車していった。桜新町……。という地名から日曜日の夕方6時半が浮かぶ。

 二子玉川に到着すると電車の外へ押し出された。ホームは新宿ほどではないけれど人で溢れている。

 改札を抜けて西口のロータリーに出る。都バスが何台も止まっていて、さっき電車から降りた乗客の何人かはそのままバスに乗り込んでいった。なぜ東京の人はこんなにも移動が好きなのだろう? と私は皮肉っぽく思った。彼らを見ていると目的地に向かうのが目的ではないように思えた。移動そのものが目的なように。

 栞と待ち合わせた場所は栞の母の実家だった。ちなみに本子さんの実家は喫茶店をやっている。

 川村一家は今現在、母方の実家に同居しているそうだ。これは栞の両親の都合だけれど。栞曰く、新居が出来るまでの間借り……。というのがその理由らしい。

 その喫茶店は多摩堤通り沿いにあった。リフォームしたてなのか外壁も瓦も真新しい。入り口のドアには茶色のフクロウの看板が掛けられ『welcome』と崩した書体で書かれていた。

 いよいよか……。私はそう思った。やっと栞に会える。

 思い返すとこの2年間色々なことがあった。死ぬわけでもないのに思い出が走馬灯のように浮かんだ。

「したら行くか……」

 私は独り言を呟くとその扉を押し開いた。

 喫茶店の店内は全体手金い木目調だった。テーブルも椅子も木で出来た年代物で、天井からぶら下がっているペンダントライトはアンティークな傘が付いていた。席はカウンターが6席、テーブルが6席程度だった。こじんまりした店だと思う。

「あら、いらっしゃいませ」

 私が当たりを見渡しているとカウンターの向こうから60代後半くらいの女性が顔を覗かせた。

「あの……。ウチ……。いえ。私、鴨川って言います。栞ちゃんと約束してて」

 とっさに一人称を切り替えて私は自己紹介した。

「あらあら、あなたが月子ちゃんね! 栞から聞いてるわ。ちょっと待っててね」

 どうやらその女性は栞の祖母らしい。それから彼女は栞を呼びにカウンターの奥に下がっていった……。

 待っている間、私は店内を物色した。どうやら栞の祖母はフクロウ好きなようで店内のあちらこちらにフクロウの雑貨が置かれている。もうマニアと言って良いレベルだと思う。

「月……子ちゃん?」

 私が夢中でフクロウを見ていると聞き名覚えのある声に呼ばれた。声を聞いた瞬間、一気に2年前に気持ちが戻る。私はゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは紛れもなく『川村栞』だった。最後に会ったときにショートだった髪はすっかり伸びている。

「ひさしぶり……」

 私はそれだけ口にした。それだけしか口に出来なかった。

 久しぶりに見る栞の姿はすっかり大人っぽくなっていた。2年前の彼女はもっと幼かったし、背も低かったと思う。16歳の栞の姿は本子さんによく似ていた。生き写しのようだ。私と鴨川虹子のように。

「ひさしぶり……」

 栞もそれだけ言う。それ以上もそれ以下もない。

 この感じが懐かしかった。小学校のとき、話しかけてもワンテンポ反応が遅かった彼女を思い出す。

 気が付くと私は「おかえり、栞」と口にしていた。栞は「ただいま」と応えた。

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