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7月末。私は久しぶりに栞に手紙を書いた。
私は机に向かいながら言葉を練った。書き出しから躓いてしまったけれど、どうにか要件だけは書き込む。栞……。本当に久しぶりだ。
本当ならもっと情感があれば良いのだろうと思う。でも私には栞を満足させられるだけの文才はなかった。歌詞のように短い言葉ならともかく、手紙だとどうしても言葉が出てこない。
どうにか書き上げた手紙を封筒に入れて80円切手を貼る。
これをポストに入れれば手紙が届く……。そう思うと少しだけ緊張した。今までも何回も手紙のやりとりは何回もしたはずなのに。
私たちは2年前のあの別れ以来、一切互いの声を聞いていなかった。一応は互いの家の電話番号は知っていたけれど、どちらからも掛けたりはしなかったのだ。もし私から掛けたとすれば栞はとても普通に電話に出るはずだ。逆でも同じだけれど。
原因ははっきりしていたけれど、私たちの間には見えない壁が出来ていた。やはり友達通しで同じ人間を好きなるものではないと思う。
当事者の1人である健次はそれに関して特に何も言わなかった。おそらく健次は栞の話をすれば互いに嫌な思いをすると思っているのだろう。
私はそんな健次の細やかな気遣いがとてももどかしく思えた。もう2年も経ったのに未だにかと。
健次の中での栞は今でも掛け替えのない思い出の女の子なのだとは思う。別にそれが悪いわけではい。むしろそれに蓋をして見て見ぬふりをするのが悪いことだ。
中学時代に比べて私たちはほんの少しだけ大人になれた気がする。前ほどは傷つかなくなったし、何かあっても解決出来るようにはなった。
年月を重ねるたび、私は考える。『ああ、ウチらはこうやって大人になっていくんやな』と。
大人になっていくのが楽しみな反面、あの中学時代が遠ざかるのが寂しくもあった。きっと私は14歳の頃の自分が好きだったのだ。身勝手で欲の塊ではあったけれど……。
栞からの返事は4日後に届いた。おそらく私の手紙が到着した日にすぐに返事を書いてくれたのだろう。
手紙の中の栞も私と同じようにほんの少しだけ大人になった気がした。彼女の書く文字はその特徴的な曲線と細さを残しつつ美しさを増していた。
手紙を読み進めると久しぶりにとても懐かしい気持ちになった。そして松原橋のあの情景が浮かぶ。
ようやく栞に会える。私はそう思った。物理的にではなく、もっと精神的な部分で。
私は彼女からの手紙を封筒に入れると、机の引き出しの奥へしまった――。




