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健次と再び同じクラスになったのは中学2年に上がった時だ。
「えー! またけんちゃんと一緒かいな」
「せやな……」
小学5年生の時と同じように私と健次はクラス分け表の前で話していた。
あの時と比べるて健次の顔の位置が高くなったように感じる。
中学生に上がってから健次の背は一気に伸びた。
喉仏も出て、変声期もすっかり終えているようだ。
私の身体もすっかり女性らしい体つきに変わった気がする。
胸は膨らみ、身体の肉の付き方が幼少期より丸みを帯びていた。
「ま、しゃーないわ! これから1年間よろしくね!」
「おう!」
健次は中学に入ると、バスケットボール部に入部していた。
理由は簡単で、彼が同学年の中でも背が高かったのがその理由だった。
彼は幼い頃からずっと球技をやっていたし、運動神経も悪くなかったと思う。
「けんちゃん部活忙しいんやろ?」
「せやで! インターハイもあるし、毎日朝練もあるからなー」
「レギュラーやったもんね」
健次は1年生の頃から3年に交じってよく公式試合に参加していた。
彼は勉強は苦手だけれど、運動や手先を使う作業が得意だったのだ。
身体能力と恵まれた体格で、中学ではスター選手になっているようだ。
「えーなー。けんちゃんは! ウチは運動あんまりやから羨ましいわぁー」
「何ゆうとんねん! お前のが羨ましいわ! この前の模試もトップやったやろ?」
「それは……。そうやけど……」
我ながら不思議なのだけれど、学校の勉強は酷いくらいよく出来たのだ。
文系、理系科目どちらもあまり難しくは感じなかった。
「せやろ? お前は万能型やからなー。性格を除けばかなり優秀やと思うで?」
性格を除けば……。酷い言われようだ。
私はそんなに性格が悪いだろうか?
「ま……。勉強は得意やけどね。でもウチはやっぱり歌が好きやわぁ。なんでウチの学校は軽音部ないんやろな? あったら絶対入るのに」
「あんまり中学では軽音部ないと思うで? ま、あったら確かにお前にはおあつらえ向きやろうけどな……」
妥協という訳では無いけれど、私は吹奏楽部に入部していた。
作曲や音感について少しずつでも学びたかったし、仲の良い女友達も同じ部活に入っていたのだ。
中学2年になった私は健次と昔のように過ごせると思っていた。
あの日が来るまでは……。
「あんな月子。話があんねん」
「なぁーに?」
一緒に自転車を押しながら帰っていると健次が改まって私に話しかけてきた。
「あんな……。なんつーか。あれや!」
「なんなん? はっきりゆーたらええやん!」
煮え切らない。
彼は何度も言葉を濁しながら何かを私に伝えようとしている。
「あーもー! あんな! 川村おるやん!」
「へ? 栞か?」
川村栞。私と同じ吹奏楽部の部員だ。
「そや! 実はな……。川村に……。好きって言われたんやけど……」
私は耳を疑わずには居られなかった。
栞とはさっきまで部活で一緒だったし、健次の事など何一つ話していなかったのだ。
「な!? いつ? なぁ、いつの事や!?」
私は噛みつくように健次に迫った。
「いや……。昨日の放課後にな……。女子バスの女に呼ばれて行ってみたら川村おって、そんで告られた……」
「そ……。そうなんや……」
平静を装うとしたけれど、全く装えなかった。
ハンマーで頭を叩かれたように目の前が真っ黒になる。
「まだ返事してないんやけどな……。いやぁ参ったで、ほんま」
参ったと言っている割に健次は割と嬉しそうにしている。
「で? けんちゃんどうするつもりなん?」
私は声を震わせながら彼に尋ねた。
震えているのは声だけでは無い。手足が震えているのが自分でも分かった。
「どうしたらええと思う?」
健次は私の顔を覗き込むと困った顔で尋ねてきた。
「は? どうしたらええかって、告白受けるどうか?」
「せや?」
「なんでウチに聞くん? けんちゃんが好きやったら付きおうたらええし、嫌いやったら断ったらええやん!」
私は自分を押さえ込みながらそう吐くと、健次の目を見つめた。
この場合、見つめたというより睨んだという表現の方が合っている気もするけれど……。
「そうやな……。いや、お前の意見が聞きたかっただけやから……。ま、今日一晩考えて明日、返事するわ」
健次はそう言うとあとは黙って自転車を押すだけだった。
私もそれ以上何も彼に聞こうとはしなかった。
はっきり言えば聞きたくない。
聞きたくもない。
「じゃあな月子。また明日!」
家の前で健次はそう言うと、私に手を振った。
当然、私はそれを無視する。
無視せざるを得ない。
健次が川村栞と付き合ったと聞いたのはその翌日の事だった。