2-1
1992年。
京都市内は梅雨入りしてどんよりとした曇り空をしている。
健次と栞はどうやら普通に付き合っているらしい。
例の鴨川の一軒以来、私たちの関係は不自然なくらい落ち着いてしまった気がする。
彼らは少し私に気を使っている様子だったけれど、私自身は変に諦めがついてしまっていた。
2人がどんな関係になろうと彼らは私にとって掛け替えのない人たちなのだ……。
そんな諦めとも悟りともとれるような感情を持ったときに私はその男と出会った。
「君も楽器やるの?」
その男は商店街の楽器店で私に声をかけてきた。
おそらく彼の年の頃は私と同じぐらいだろう。
彼の髪の毛は天然パーマなのか、酷い癖っ毛で前髪が長く、目が隠れてしまっていた。
スラっとしたスマートな体形で、背丈は健次と同じくらい長身だ。
「そうやけど? 君とどっかでおうたっけ?」
「いや、初対面だね」
その男の口調は妙に垢抜けていた。
イントネーションが栞のそれに似ている気がする。
箱根の関の向こう側の言葉だ。
私はいきなり見知らぬ男に声を掛けられて、彼に少し不信感を持った。
長い前髪のせいで表情を分からず、余計そんな風に思ったのかもしれない。
「ふーん……。君ここらの子やないやろ?」
「うん。実は叔父さんの家に遊びに来てるんだ」
彼の第一印象は表現し難いものだった。
善良な人間なようにも見えたし、悪漢に見えなくもない。
「へー、クラリネットか……。君もしかして吹奏楽部?」
「せや! 君も楽器やるんか?」
「うん。僕もやるよ。今日は弦を買いに来たんだ」
彼はそう言うと、アニーボールのベース弦をラックから取り外した。
「なんや? ベーシスト?」
「そうだよー。こっちの友達とセッションするのに弦替えるの忘れててさ」
彼の口には人懐っこい笑みが浮かんでいた。
不思議な空気持つ男だと思った。健次のソレとは違うけれど、彼の纏う空気は私に安心感を与えてくれた。
「カモガワツキコ!」
「え?」
私は何の脈絡もなしに自身の名前を口にした。
「ウチの名前や! 人に聞くときは自分から名乗るようにしとるんよ! で? 君は?」
「ああ……。名前ね。僕の名前はサトウキョウイチ……」
それが私と佐藤亨一との出会いだった。
そして彼との出会いが私の人生の方向性を決める三つ目の出会いだったのだ――。




