魔法しか使えない世界 二年生編3
5
「魂さえ保存できれば器は自由に変えることができる。このように。」
生徒は原型を留めていなかった。せっかく生き返ることができたというのに。それは俺が中央国のメイドカフェで体験したような色覚変化の変身魔法ではなく完全に姿を変えていた。
担任は杖を振りその物体を液体のように、いや完全に液体として操った。
「人間の身体は主に炭の素で構成されている。そしてその素どうしをぶつける。それが錬金術の仕組みだ。そしてそれに成功すれば、人間は炭の素ではなくこのように金属になることが可能だ。」
きっとあの生徒は水銀のようなものに姿を変えさせられたのだろう。さらに担任は凍結魔法を使って生徒を固体へと変化させた。そして生徒は意識を保っているのか担任による魔法に抵抗するように人の形になろうとしていた。
「さて、最後の仕事だ。遊びを終わらせよう。」
再び人の身体が現れる。ただその身体は。
先ほどまでのあの生徒は細かった。勉強に人生を投じてきたと誰でも分かる容姿をしていた。
「これはずるだ。」
ずる。チート。錬金術は確かにチートでありずるだ。こんな方法で身体を鍛えるなんて。担任は箱の中に空気を棺に変えた。そして生徒を復活させたあとは金属へと変えた。最後は鍛えられた屈強な肉体である。
生徒は息を荒げた。透明な箱を拳で叩きそして割る。ひびが入りそれは崩れた。
「どうだい新しい身体は。」
先ほどまで壊れなかった箱が壊れた所をみるときっと担任が手を加えたのだろう。
「実を言うと君の身体は少し死んでいたんだ。」
一同が驚愕する。
「ああ。あのままでは君は完全には魂を身体に戻すことができなかった。そうすると先生は殺人を行ったとして捕まってしまう。」
この国にも法律は存在するし警察だっている。
「だから先生は君の身体を作り替えさせてもらったよ。そして今の君の身体は先生からのお詫びだ。」
錬金術とは素晴らしいものだ。俺はそう確信した。
6
それからの授業は特に何も起こらなかった。そもそも今日は新たな学級になっての初日であり担任教師とも初めて出会ったばかりなのだ。それでいて急にあんな実験を行う教師とはすさまじい。
「私、宝石を錬成したいんですよ。」
そして俺の目の前。今日ずっと俺の隣にいた女子生徒は俺を連れて担任の前に来ていた。
「エーホン先生。」
彼女はそう担任を呼んだ。エーホンという名。名前には力があると言う人間がいる。地球では名前を聖職者からつけられる文化もあった。きっと名前には力がある。きっとそうだ。俺は名前を変えて良かったと思った。
「その杖に刺さった宝石は最上級品ですよね。」
彼女は言った。俺もそれは思っていた。
「よく気づいたな。これは天然物の宝石だ。自然界で作られたこれは奇跡とも言える一品でな。」
興味深い話しではあるが俺は狂気を感じた。
なぜ杖の宝石が高級品か。それは前にアクトゥルスから聞いたことがある。魔法石は錬金術師が作成する。そもそも基本的に錬金術師の主な仕事はこの世界では魔法石の錬成なのだ。先ほどの実験で生徒を復活させたり再錬成したりということも錬金術では行ったがあれはあくまで副作用的なものでしかない。賢者の石がある。錬金術に使う魔法石のことだがそれが不老不死を指す理由はそこから来るらしい。ただ自然死の場合でのそれの使用は禁止されている。もっとも魂はすぐに天へ行くのだから一般的にはあり得ない話しだが法律上は錬金術での不老不死化は禁止されているらしい。確かに死が無くなれば人間の生活とは終わりを迎えるかもしれない。とはいえ凡人が不老不死を上手く活用できるかは知らないが。ただ凡人的な欲望で科学に迷惑をかけるかもしれない。だから過去の人々はそれを禁止したのだろう。俺からすれば良い迷惑だ。自由がきかなくなる。やるかやらないかは別として俺は自由に生きたい。凡人には関わりたくない。
錬金術師が作り出した宝石というのは簡単に言えば良いものと悪いものが極端に存在している。下手な術師が作ったものは魔力の通りが悪いなど不良品であることが多い。逆に上手な術師が作ったものは魔力もよく通り力が伝えやすいために魔法に関わるイメージもよく再現ができる。そして天然の品。天然品は長い間をかけて物質が結晶化した物。そのできは一流の錬金術師が作ったものよりも良いらしい。さらに天然品は発掘以外の人件費もかからないため実は安く高級品を手に入れるチャンスがある。天然品も良い物と悪い物は極端だがその振り幅が人工物に比べて大きいのだ。
「先生のは天然品のようですが何処で手に入れたのです。」
「これは中央国へ行ったときに遺跡から出土したものを買ったんだ。」
宝石は古代に使われていた物らしい。普通それを使うことは許されないらしいのだが名前の影響か強大なちからを持つ担任は所持を許されたらしい。そもそもここは魔術学校なわけで力を持つ教師がいることは当たり前のことなのだ。俺はそこで俺をこの学校に入れてくれたイレーネとアドラー家へと感謝した。
「所であなたの胸のそれは何ですか。」
女子生徒は俺の胸へと目を向け指さした。そこにあるのは俺が日本から持って来た神器の勾玉である。