第6話 防衛任務
「艦隊司令から通信です。スクリーンにつなぎます」
レイチェルが正面スクリーンに通信映像を映し出した。
画面に現れたのは猛禽類の雰囲気を漂わせるやせ型鷲鼻の白髪の男だった。
肩の階級章は銀色の線に星二つ、中佐だ。
「パトロール艦コーボルトの発進準備状況はどうか?」
「いつでも行けますよ」
アイザックは敬礼もせずに静かに答えた。
中佐はそんなアイザックの態度に眉間にしわを寄せた。
「宇宙要塞アリアンロッド所属の第三防衛艦隊から応援要請だ。アルテミス、ツクヨミ、アリアンロッドの要塞砲が粉砕した小惑星アポフィスの破片で地球へのコリジョンコースに乗っているものが、予想以上に多いらしい」
中佐は感情を表すことなく話を続けた。
俺は、以前宇宙要塞アルテミスの中央制御室で交わされていた会話を思い出した。
あの時粉砕した小惑星の破片が地球に近づいているということなのだろう。
記憶では小惑星アポフィスの直径は三〇〇メートル以上という話だった。
破片とはいえ直径数十メートル級のものが都市部に落下したら大惨事だ。
確かに万全を期す必要がある。
「我がメインベルト方面第八艦隊も防衛任務に参加することとなった。最悪、我が身を盾にしても被害を防がなくてはならない」
先ほど装甲が貧弱だと聞いたばかりだ。そういう役回りは重装甲の宇宙戦艦にお願いしたい。
「わかりましたクラーク中佐。詳細データをお願いします」
中佐はうなずくと眉間にしわを寄せた表情のまま通信を切った。気難しそうな人だ。
「メインベルト方面第八艦隊って、うちのほか何隻なんでしょうか?」
俺の間抜けな質問にレイチェルが答えてくれた。
「宇宙駆逐艦ゴブリン、宇宙パトロール艦コーボルト、宇宙パトロール艦ピクシーの三隻構成です」
「それぐらい事前に軍のデータベースで調べとけよ」
アリスが俺に辛辣な視線を投げつけた。
「はあ」
攻撃的な態度が続くアリスにうんざりした俺は返事とも溜息ともつかない息を吐いた。
「何だ、その態度は!」
どうもお気に召さなかったらしい。
アリスは俺につかみかからんばかりの勢いで詰め寄った。
するとレイチェルが俺とアリスの間に素早く身体を割り込ませてきた。
豊かなバストが俺の腕に触れた。柔らかかった。シリコン製なのだろうか。
不覚にも俺の鼓動は早くなってしまった。
「乱暴はいけません」
優しい声のまま、レイチェルはアリスの眼を見つめていた。
アリスは憮然とした表情でレイチェルのことをにらみつけた。
「そうだよ、仲良くしようね」
そう言いながらもアイザックは、俺たちのゴタゴタには興味がなさそうだった。
静かな表情のまま何か別のことを考えている雰囲気だった。
「わかりました。自分で調べるように心がけます」
俺としてはちっとも悪いとは思っていなかったが、これ以上艦内の空気を壊したくなかったので大人の対応をすることにした。
アリスは鼻を鳴らしてレイチェルや俺から視線を外した。
「じゃあ、仕事しようか」
アイザックは中央の席に着いた。
俺とアリスは躊躇した。まだ背中にリュックを背負ったままだった。
「背中の荷物を預かります」
レイチェルが微笑みながら、細くしなやかな手を差し出した。
「ありがとう」
俺は多少恐縮しながら背中の荷物を渡した。
一方アリスは少しふてくされたように黙ってレイチェルに荷物を押し付けた。
「アリスは僕の右、シンイチは僕の左に座って」
「わかりました」
俺たちは床に頑丈に固定された黒い座席に座り四点式のシートベルトをしめた。
俺の座った座席の正面には索敵と火器管制のためと思われる機器が並んでいた。
中央の席が操艦担当、左右の席は索敵と火器管制の担当者の席ということらしい。
ただ、現在は目の前に小さく空間投影された周辺状況を映し出す3Dモニターに『AUTO』という文字が黒い宇宙空間を背景に白抜きで浮き上がっていた。
人工知能が操作するから手を出すなということらしい。
「受け持ち担当宙域及び航行ルートを正面スクリーンに表示します」
正面の大型スクリーンに地球と月軌道周辺の八つの宇宙要塞と、コーボルトの守備位置を示す3D映像が表示された。
その映像の上に現在コーボルトが停泊している宇宙要塞アルテミスから現場宙域へのルートが赤いラインで示された。
「コーボルト移動開始」
「エアロック全閉鎖、搭乗口との接続解除。コーボルト、移動を開始します」
アイザックの静かな指示にレイチェルがてきぱきと応え、宇宙パトロール艦コーボルトは俺たちに加速による軽いGを感じさせながら、ゆっくりと移動を開始した。
正面スクリーンの画像が切り替わり、宇宙要塞アルテミス宇宙港の様子が目に入った。
コーボルトの『横』には大型回遊魚のような紡錘形のフォルムのコーボルトと同型の宇宙パトロール艦が停泊しており、コーボルトの『下』では進路を示す青い矢印の誘導灯が正面に向かって動いて見えるように点滅していた。
「レイチェル、艦を損傷させる恐れのあるサイズ、速度の破片に対してはレーザー砲で砲撃。それ以外の細かい破片はコーボルトをぶつけて軌道を変える」
「わかりました。アイザック」
レイチェルは俺たちのリュックサックを左腕で抱え、右手でアイザックの座る座席の背もたれをつかんで立っていた。
宇宙パトロール艦コーボルトは宇宙要塞アルテミスから虚空に漂い出た。
左側のスクリーンには次第に遠ざかっていくアルテミスの姿が映しだされていた。
アルテミスはドラム缶のような円筒形の建造物で、陽の光を受けて白銀に輝いていた。
こちら側の平らな部分からは、大型回遊魚のような形状の宇宙戦闘艦が次々に出撃していくところだった。
「細かい破片はどうせ大気圏で燃え尽きるから無視してもいいんじゃないんですか?」
アリスがアイザックの方針に疑問を呈した。
軍隊の慣習から言えば上官の方針に差し出口を挟むなどもってのほかだが、アリスなりに、アイザックの『堅苦しい関係を排除する』という意図を汲もうとしているらしい。
それとも、仕返しとばかりに嫌味を言いたかっただけなのだろうか。
「いや、だめだね。静止衛星軌道上に設置された軌道エレベーターや人工衛星への被害も防がなくちゃだから」
アイザックは嫌な顔もせずに丁寧に説明してくれた。
ただ、視線は正面スクリーンに釘付けのままだった。
「大丈夫ですかね」
装甲が薄いという話が頭にこびりついていて、俺は気が気ではなかった。
「大量の破片が発生しないように、本当は高出力レーザー砲で破壊なんかせず、小惑星そのものの軌道を変える仕組みを作ればいいんだけどね」
俺の気持ちを知ってか知らずか、アイザックはそんなセリフを返してきた。
「例えば?」
「専用の宇宙船で押すっていうのがいいんじゃないかと、僕は思うよ」
やっぱり体当たりなのかと気持ちが萎えた。そんな専用船には乗りたいと思わない。
「そういう計画は今のところないですよね」
「ああ、今のやり方は別の意味で効果があるからね」
「それは、どんな?」
「宇宙艦隊は役に立ってるぞっていうパフォーマンスさ」
それは妙に納得してしまう説明だった。
宇宙艦隊の維持には莫大な費用がかかっている。当然、元は税金だ。
政治家さんたちとしては敵対している火星の脅威以外に、平時でも役に立っていますとアピールしたいんだろうなと思った。
装甲が貧弱なパトロール艦で死人でも出ない限り、きっと今のやり方のままだ。
「砲撃対象の条件に合致する破片を捕捉、砲撃します」
「承認」
レイチェルの澄んだ声が響き、アイザックは間髪入れずに反応した。
正面スクリーンに映しだされたいびつな形の岩石は、次の瞬間、粉々に砕かれた。
照準合わせにも破壊にもレーザー光を使用する高出力レーザー砲の命中精度は高かった。
鏡面装甲の艦船に対しては効果が薄いというデメリットを除き非常に頼りになる武器だ。
「担当エリア内に侵入する微細な破片群に本艦をぶつけます。航行ルートを正面スクリーンに表示、最大六Gで加減速します」
「承認する」
受け持ち宙域内に飛来する微細な破片をすべて弾き飛ばすために、コーボルトは方向転換と急加速を繰り返した。傍目に見たら海の中を縦横に泳ぎまわる魚のように見えただろう。
しかし、艦内にいた俺たちは、そんなメルヘンチックな状況にはなかった。
装甲板にぶつかる岩石が嫌な音を立て、艦を不快に振動させていた。神経にやすりをかけられているような感じだ。
おまけに急な加減速はジェットコースターのように俺たちを容赦なくシェイクした。
周りの景色でGがかかるタイミングの予測できるジェットコースターと違って、コーボルトの不規則航行はまったく予測がつかなかった。
俺はシートの手すりにつかまり歯を食いしばった。
周りの様子をうかがうと、アイザックは揺れに身を任せ、レイチェルは何事も起きていないかのように微動だにせず立っており、アリスは固く目をつぶって真っ青になっていた。
「アリス、大丈夫か?」
アイザックの問いかけに返事はなかった。意外だった。
普段の態度や格闘戦の様子から、彼女はもっとタフだと俺は思っていた。
あれじゃあ、か弱い女の子じゃないか。
「アリスは遊園地の乗り物が苦手なタイプだね。レイチェル、次回のミッションでは彼女に配慮してあげて」
「お気遣いなく」
アリスは下を向いたまま答えたが、説得力はなかった。
毎週土曜日に更新予定です。
皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。