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第4話 宇宙船搭乗エリア

 四月一日はあっという間にやってきた。

 俺は自分でアイロンがけした灰色と黒の軍服に身を包み、宇宙要塞アルテミスの宇宙船搭乗エリアを歩いていた。人工重力は働いておらず磁力靴で歩いているため、髪の毛や服の裾がフワフワして変な感じだ。

 宇宙船搭乗エリアは幅数メートルの長い通路で、片側に等間隔で多数の搭乗口が並んでいた。

 気密を確保した蛇腹式の搭乗口を宇宙船のエアロックに接続し、真空の宇宙空間に出ることなく宇宙船に乗り込むことを目的とした施設だ。

 ささくれだった兵士の心を少しでも癒そうという配慮なのか通路の内装は落ち着いた色調のブラウンで、多少赤みがかった柔らかい色合いの照明が優しくあたりを照らしていた。

 通路を行きかう人は人事異動の時期ということもあって多かった。

 人種も性別も年齢も異なる雑多な集団だったが、共通しているのはほとんどが軍服に身を包んでいることだった。

 そして、俺と同じように身の回りの荷物を詰めた官給品のリュックを背負っていた。

「航宙母艦アーケロンに搭乗予定の乗組員に告げる、午前八時までに十六番搭乗口より乗艦せよ。繰り返す……」

 通路の天井付近に空間投影されたスクリーンの一つがオレンジ色に点滅した。

 距離が離れているのでよくは見えないが、あそこが十六番搭乗口なのだろう。

 我が軍の標準サイズの航宙母艦は二〇〇機を超える無人攻撃ユニットを搭載していた。

 一人あたり数機の無人攻撃ユニットしか遠隔操作できないため、航宙母艦は乗組員が多かった。だから、わざわざ施設内にああいう放送が入るのだろう。

 しかし、俺が配属されたパトロール艦に関しては、ああいう扱いは考えられない。

 そもそも三人しか乗組員がいないのだから、もしあるとしても名指しの呼び出しだ。

 だから集合時刻に遅れでもしたらえらい恥ずかしいことになる。

 俺は自分の腕についた情報端末で自分の行くべき搭乗口を今一度確認した。

 九番搭乗口だ。

「ここか」

 目的地にはそれからすぐに到着した。時刻は午前七時四十五分。

 これからちょっとした手続きがあるが、集合時刻には余裕をもって間に合うはずだ。

 九番搭乗口の自動ドアを通過して中に入ると、内部にまた自動ドアがあった。

「身分証の提示をお願いします」

 背後のドアがロックされ、二つのドアに仕切られた小空間に一人しかいないことをセンサーが確認すると、ドア脇に設置された入退艦管理装置の人工知能が話しかけてきた。

 人型ではなくカメラのレンズとタッチスクリーンが設けられた黒い箱形の機械だ。

 俺は腕についた情報端末を操作し、身分証を空間投影した。

「シンイチ・ホシノ伍長。乗艦資格を確認。続いて本人確認を行います。監視カメラに視線を向けてください」

 俺は顔の高さに設置された小さな監視カメラのレンズを覗き込んだ。

 網膜パターンで生体認証を行うらしい。

 生体認証を行うのであれば、身分証の提示は不要だと思った。

 あえて二重にチェックする理由としては、生体認証の精度に問題があるのか、それともクローニングか何かで生体認証をたばかる技術があるのか、そんなところだろう。

「本人であることを確認。引き続き手荷物検査を行います。軍からの支給品以外の電子機器、電子記憶媒体は持ち込み禁止です。また、爆発物等の個人的な持ち込みも禁止です」

「できたら自前の情報端末やゲームソフトを持ち込みたかったんだけどね」

 人工知能は融通も利かないし、手を抜くことも知らない。

 合成音声に受け答えしても、あまり意味がないとわかっていたが、思わず愚痴をこぼした。

 長期の宇宙生活ということで、いろいろと暇つぶしのツールを持ってきたかったのだが、軍の規定を通過できるものはほとんどなかった。

 結局荷物の中身は下着くらいだった。

「総重量は規定以内です。センサーでサーチする限り、禁止物品の持ち込みはありません。宣誓をお願いします」

 最後に、違法な薬物など、センサーで検出しづらい物品を持ち込んでいないことを誓う文書にサインを求められた。

 本人確認の一環で、筆跡鑑定も行っているという噂だ。

 タッチスクリーンに表示された文書に指先でサインすると、目の前の自動ドアが開いた。

「どうぞお通りください」

 俺は灰色の通路を泳ぐように進んだ。


「ようこそ、宇宙パトロール艦コーボルトへ」

 陽気な若い男性の声が俺を出迎えた。

 型崩れしてヨレヨレの軍服を着た眼鏡の男性がエアロック入り口の手すりにつかまって、俺に笑顔を向けていた。

 年齢は二〇代後半というところだろうか。

 反射的に肩の階級章を確認した。黒い二本線に星二つ、中尉だ。

「シンイチ・ホシノ伍長。着任しました」

 ともすれば無重力環境で姿勢が不安定になりがちな中、俺は背筋を伸ばして敬礼した。

「よろしくね。シンイチ」

 眼鏡の奥の眼差しは風のない日の湖のように澄んで穏やかだった。

「はっ、こちらこそよろしくお願いいたします。中尉殿」

「僕はアイザック・ロシモフ。アイザックと呼んでくれ」

「は、しかし、それはいくらなんでも」

 上官に対してファーストネーム呼び捨ては抵抗がありすぎた。

 それに調子に乗って言うとおりにしてムッとされたらシャレにならない。

 おまけに、彼がよくても同僚や上官がどう思うかという問題もあった。

「僕、堅苦しいのは嫌いだから」

 確かに彼は軍人とは思えない緩い雰囲気を身にまとっていた。

 長身だが猫背でやせ形で砂色の癖のある前髪は目が隠れるほど伸びていた。

「わかりました。アイザックさん」

「ん、ま、いっか」

「ようこそ、宇宙パトロール艦コーボルトへ」

 俺とアイザックがあいさつを交わしていると、宇宙船側のエアロックの扉を開けて若い女性がこちらに漂ってきた。

 そしてアイザックとは反対側の手すりにつかまって優雅に着地した。

 春の日差しのような穏やかな笑顔を浮かべた美しい女性だった。

 ウェーブのかかった柔らかそうなブロンドは、肩にかかるセミロングで無重力環境下でゆらゆらと揺れていた。

 肌は温かみを感じる象牙色、瞳は南国の海の色だった。

 背は余り高くなく、ほっそりしていて、それでいて黒と灰色の無粋な軍服の上からでも豊かなバストを感じとれた。

 俺は一瞬間抜けな顔をしてしまっていたに違いない。慌てて表情を引き締めた。

「シンイチ・ホシノ伍長です。よろしくお願いします」

 悪くない。いや、それどころか素晴らしい環境だ。

 この二人となら閉鎖された宇宙船で数か月を過ごしても苦にならないような気がした。

「遅かったね。レイチェル」

「ごめんなさいアイザック。搬入物資のチェックに予想以上に手間取ってしまいました」

 レイチェルと呼ばれた若い女性は砂糖菓子のように甘い声でアイザックの指摘に応えた。

 ファーストネームで呼び合う二人は仲睦まじそうに見えた。

 少し訂正が必要になった。

 二人の仲を数か月間見せつけられて辛い思いをするかもしれない。

「初めましてレイチェル・ローゼンです。あなたのことはなんとお呼びすればいいですか?」

 俺に向けられたレイチェルの視線、声の調子はアイザックに向けたものと同じだった。きっと誰に対しても同じなのだろう。

 アイザックだけ特別に親密なのかと邪推したが、そうではないのかもしれない。

 であれば俺にもチャンスがあるというものだ。

「シンイチでお願いします」

 我ながらがっついた感じを漂わせてしまったが、クールを装うほど、俺は修業ができてはいなかった。

「よろしくお願いしますね。シンイチ」

 彼女の甘い声に俺の脳髄はとろけそうだったが、何かが心の隅でアラートを発した。

 そして、普段の習慣をおさらいして違和感の正体に気付いた。

 レイチェルの軍服の肩には階級章がついていなかった。

 たとえ下士官よりも階級が下の兵であっても階級章はついているはずだ。人間であれば。

「どうかしましたか? シンイチ」

 俺は改めて彼女の碧い瞳の奥をじっと見つめた。

 彼女も優しく微笑んで俺のことを見つめ返した。

 碧い瞳の奥でリングのような光がくるくると回っていた。

「レイチェルはヒューマノイドなのか?」

 俺の声は失望で色付けされていた。

「そうですよ。シンイチ」

 俺のマイナスの感情に引きずられることなく、レイチェルは屈託なく微笑んだ。

 柔らかそうな肌、潤んだ瞳、とても作り物には見えなかった。

「三人の乗組員のうち、一人はヒューマノイドだったのか……」

「シンイチくん、それは違うよ」

 俺が呆然と漏らしたつぶやきにアイザックが反応した。

「えっ?」

 何が違うのか俺には理解できなかった。

 彼女がヒューマノイドであることは彼女自身が認めている。

「彼女を入れると、乗組員は四人だ。ほら、四人目が来たよ」

 アイザックは俺の背後、搭乗口へと続く通路に視線を送った。

 何故か猛烈に嫌な予感がした。

「遅くなりました」

 聞き覚えのある声だった。

 恐る恐る振り返ると、あの女、確かアリスという名のガサツな軍曹がこちらに向かって漂ってくるのが見えた。

 先ほどの俺の感想を大幅に訂正する必要が生じた。最悪だ。

毎週土曜日に更新予定です。

皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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