第24話 再会
俺はしわひとつない黒と灰色の軍服に身を包み、宇宙要塞アルテミスの宇宙船搭乗エリアを歩いていた。
内装は落ち着いた色調のブラウンで、多少赤みがかった柔らかい色合いの照明が優しくあたりを照らしていた。
通路は人種も性別も年齢も異なる雑多な集団であふれていた。
共通しているのはほとんどの人間が黒と灰色の軍服を着ていることくらいだ。
目的地の搭乗口にはすぐに到着した。九番搭乗口だ。
小惑星アルベルト周辺での事件とそれに続く軍法会議から三か月が経過していた。
結論から言って、俺は極刑を免れた。
軍法会議で課された処分は三か月の独房入り、一般人の感覚で言えば禁固三か月というところか。
アリスに指摘された通り、俺の罪状は軍隊内において、とても無罪放免というわけにはいかないものだった。
命令違反も、上官殴打も、その一点だけで状況によっては極刑に処せられてもおかしくはなかった。
しかし、結果的に大きな危険が回避されたという点と、内容的に情状酌量の余地があるという点で大幅に減刑された。事件の詳細を一切マスコミには漏らさないという条件が課せられたうえでだ。
今回の事件は火星が開発し実用実験を行おうとしていた大量破壊兵器を地球連邦軍が破壊したという結果の概要のみが世間に知らされていた。
アイザックの暴走や、軍の方針に人工知能が逆らったこと、そして、人工知能の考えに同調して一部兵士(俺のこと)が上官を殴打、拘束したことなどは、軍の機密として処理された。
これらの全てが明るみに出ると、軍に対する信用低下や人工知能に対する不信感など、社会の根幹を揺るがす問題に発展しかねなかったからだ。
善良な市民としては情報を開示し、国民的な議論を行うべきとも思ったが、俺は残念ながら軍人だった。
兵籍にある間はおろか退役後も秘密を守ることを入隊時に宣誓させられていた。
軍としては俺を信用しきれなかったのだろう。
懲戒免職や兵籍のはく奪というような措置は取らず、人との接触を極力少なくし、軍組織の目が届く場所に置いた方が安全だという結論を下したようだ。
結局、俺は引き続き宇宙パトロール艦コーボルトでの勤務を命じられることになった。
「遅かったな。シンイチ」
アリスが宇宙パトロール艦コーボルトのエアロックの前で俺を出迎えてくれた。
三か月ぶりに見るアリスは、とてもチャーミングに見えた。
気のせいか表情も幾分柔らかくなったような気がする。
ちなみに軍法会議では彼女も無罪放免というわけにはいかず減給処分を受けていた。
「ただいま帰りました」
俺はアリス好みのビシッとした敬礼をした。
独房に入れられていた間、当然彼女と会うことはできなかったが、これからは長い航海の間、彼女とずっと一緒だ。
きっと、いろいろなチャンスがあるに違いない。
絶対に『抱きしめる』より上のステージに進んでやると心に誓いながら、にやけそうになる口元を必死で引き締めた。
「相変わらずだな」
アリスは苦笑を浮かべながらため息をついた。
どうやら、また邪な心が表情に出てしまっていたらしい。
「おかえりなさい。シンイチ」
エアロックの奥の扉を開けて現れたレイチェルが以前と同じように砂糖菓子のような甘い声で俺を出迎えた。
彼女は、アリスと親密になれるように応援してくれる心強い俺の味方だ。
俺の心はバラ色だった。そうそう事件は起きないだろう。
今度の航海はきっと素晴らしいものになるに違いない。
「そう言えばコーボルトの艦長は誰になったの?」
アイザックは驚いたことに何の処分も受けなかった。
それどころか昇進し、別の艦の艦長になったと風の噂に聞いていた。
確かに彼は見方によっては物凄い武勲を挙げたともいえる。
独断専行で地球を戦争の危機に叩き込んだ一方、ちんけなパトロール艦で敵の巡航艦と駆逐艦を撃破し、火星の機密情報を奪取し、敵の大量破壊兵器を確保したのだ。
軍の上層部には彼のような人間を評価する人間もいたのだろう。
前回、一時的に艦長を務めたホーガン大尉は、当然、処分の対象にはならなかったが、引き続きコーボルトの艦長になるとは考えられなかった。
あくまでも一時的な艦長だっだし、俺やアリスと殴り合いを演じた人物だ。
人事部門としては、もめ事を回避して円滑な組織運営を図るために彼を俺たちの上司としては配属しないのがセオリーだ。
地球連邦軍は巨大な組織だ。きっと誰か、俺のよく知らない新しい人物が、すでに艦長として赴任してきていることだろう。
「艦長がいらっしゃいました」
レイチェルが俺に視線を送った。
エアロックの奥の扉が開き、コーボルトの中から巨大な影が現れた。
俺は背筋を伸ばして敬礼した。
そして、凍り付いた。
現れたのは俺の良く知る人物だった。
「よお、シンイチ、いろいろ、しでかしたらしいな」
肉食獣のような雰囲気を身にまとった目つきの鋭い筋肉質の巨漢。
装甲歩兵の時に上司だったロベルト・ハイライン大尉だった。
「い、いえ、はい」
苦手だ。俺の天敵と言ってもよかった。
「ハイなのか、イイエなのか、どっちだ」
鋭い視線が俺のガラスの心臓を打ち砕いた。
「色々しでかしたのは、事実であります!」
俺は腹に力を入れた。
「どうも、お前のせいで異動することになったらしい」
「は?」
そんなことがあるのか?
「俺の指導に問題があったと人事の奴らは言いたいらしい」
「いえ、決して、そのような」
非の打ちどころのない厳しい指導だったと思う。指導を受けた俺が言うのだから間違いない。
「というわけで一から鍛えなおしてやるから覚悟しろ」
「サー・イエス・サー」
俺は棒を飲み込んだように背筋を伸ばして敬礼した。
先ほどの俺の感想を訂正する必要が生じた。
地獄のような航海になるかもしれない。
「早く、艦の中に入れ!」
ハイライン大尉は俺に背を向けると、コーボルトの中に入っていった。
俺は大尉に気づかれないように小さなため息をついた。
「本当にわかりやすい奴だな」
気が付くと俺のすぐ横にアリスが立っていた。
瞳がキラキラと輝き、柔らかい笑みを浮かべていた。
俺は改めて心に誓った。
今度の航海を必ず素晴らしいものにしてみせると。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。
次はもっと面白い作品を書けるように頑張りたいと思います。




