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第23話 反逆

「で、ヒューマノイドの不調の原因に心当たりは?」

 スキンヘッドのホーガン大尉は腰に棍棒のような手を当てて、床の上に身体を横たえるレイチェルを見下ろしていた。

「は、我々はこのままでは地球と火星の全面戦争になるのではないかという趣旨の会話をしておりました」

 俺は背筋を伸ばして直立し、しゃちほこばって答えた。

「その後、困りますというセリフを連発し、レイチェルは倒れました」

 俺がアリスに言い寄っていたくだりは秘密だ。

「ヒューマノイド以外は正常稼働しているんだな」

「はい、全てのシステムをチェックしました。正常稼働中です」

 アリスが真面目な顔で応えた。

「艦隊司令に報告するようだな」

 ホーガン大尉は眉間にしわを寄せながら、席に着いた。

 そして、手動で通信機器を操作し始めた。

「こちら、パトロール艦コーボルト、ゴブリン応答願います」

 座席正面の何もない空間に鷲鼻で白髪のクラーク中佐が投影された。

「何だ」

「報告します。我が艦の人工知能に不具合が発生しました。今のところ、艦の運行に支障は出ていませんが、ヒューマノイドが動作不能になっています」

 クラーク中佐の厳しい表情がますます厳しくなった。

「そちらもか」

「え?」

 クラーク中佐は苦虫を噛み潰したような表情で言葉を継いだ。

「本艦を始め、いくつかの艦で同様の事例が発生している。技術士官の話によれば、人工知能管理法第一条の関係で、全面戦争のリスクに過剰反応しているらしい」

「しかし、過去の紛争でそのような事例は発生していないと聞いていますが」

「小規模戦闘なら全体の局面を予測可能だが、全面戦争となると処理能力を超えるらしい。演算リソースをヒューマノイドに回す余裕がなくなっているということだ」

 難しい問題を突きつけられて考え込んでしまっているという状況らしい。

「で、我々はどうすればよろしいでしょうか」

「戦闘に支障が発生すると困る。いざというときは人工知能による全自動運行を停止し、手動に切り替えろ。人工知能は火器管制システムなど個別システムの補助に使う程度にとどめる運用だ」

 昔ながらの軍艦の運用に逆戻りということだ。

 出港してから何度かシミュレーション訓練を自主的に行った。

 人工知能の全自動運行下での戦闘も経験した。

 しかし、自分で艦を動かして戦闘を行うのは初めてだ。

 戦闘?

「開始するのですか? 戦闘を」

 俺の心に浮かんだ疑問をホーガン大尉が尋ねた。

「このまま睨み合っていても埒があかん。作戦の詳細はのちほど告げる」

 アイザックのほくそ笑む様子が頭に浮かんだ。

 俺がアリスに視線を送ろうと首を巡らせると、幽鬼のように立ち上がるレイチェルの姿が目に入った。

「いけません」

 レイチェルの目には力が戻っていた。

 しかし、表情はいつもと違って硬かった。

 艦が揺れた。そして、俺たちを横殴りのGが襲った。

 俺たちは慌ててアームレストにしがみついた。

「何をする。レイチェル!」

 アリスが叫んだ。

 コーボルトは小惑星アルベルトに向かって移動を開始した。

 俺が正面の機器に視線を向けると、火器管制システムが起動していることが確認できた。

「大尉! 何をしている!」

 クラーク中佐の怒声が通信装置越しに聞こえた。

「くそ!」

 ホーガン大尉は悪態をつくと、人工知能による自動運行を終了させるための機器に手を伸ばした。

「だめ!」

 レイチェルが叫び声をあげながら、椅子の背もたれ越しにホーガン大尉を羽交い絞めにしようとした。

 しかし、彼は完全に体の自由を奪われることは免れた。

 左腕の拘束が甘く、肘から先を動かすことができた。

「何をするか!」

 ホーガン大尉はレイチェルにバックブロー(裏拳打ち)を浴びせた。

 女性が、タフな軍人に暴力を振るわれている姿は心が痛んだ。

 俺もアリスもどちらに加勢するでもなく、おろおろと二人の様子を見守っていた。

「人工知能管理法第二条のただし書きを実行します。与えられた命令が地球市民に危害を及ぼすものであるときは、これを拒否します」

 レイチェルはホーガン大尉ともみ合いながらも、自分の行動を説明していた。

 レイチェルは狂ったわけではないらしい。

「機械人形は人間の命令に従っていればいいんだよ!」

 ホーガン大尉の狙いすましたバックブローがレイチェルの顔面をとらえ、彼女の首が大きく揺れた。

 戒めが緩み、ホーガン大尉の指が自動運行を中止するためのスイッチに伸びた。

「助けてください!」

 レイチェルの悲痛な叫びに、俺は弾かれたようにホーガン大尉のごつい腕にとびかかっていた。

「何をするか!」

「レイチェル、早く!」

「はい!」

 高出力レーザー砲が火星の三隻の新型艦を次々にロックオンしていった。

 俺はレイチェルのやろうとしていることを理解していた。

「撃て!」

「この馬鹿野郎!」

 俺の号令にホーガン大尉の罵声がかぶさった。

 中央制御室の正面に半透明のスクリーンが空間投影され、小惑星アルベルトに突き刺さっている火星の新型艦の姿が映しだされた。

 その新型艦の巨大な推進装置を高出力レーザー砲の光の刃が次々に切り裂いていった。

 一瞬遅れて爆発が起こり、火星の大量破壊兵器は大量の破片をまき散らしながら、原形を失っていった。

 レイチェルは地球を危機に陥れている元凶を亡き者にしてくれたのだ。

「よかった」

 俺は思わず大尉の腕を押さえつけていた力を緩めた。

「ふざけるな、この馬鹿者!」

 強烈なバックブローが俺の顎にさく裂した。

 脳みそがシェイクされ意識を持っていかれそうになった。

「シンイチ!」

 アリスの叫び声が聞こえたような気がした。

 今度は頬に何かが弾けるような衝撃を感じ、熱さと痺れのような感覚に包まれた。

 霞む視界の中でアリスがホーガン大尉に飛びかかるのが見えた。

 そして彼女はカウンターで頬にパンチをもらい、膝を崩した。

 俺の頭に血が上り、視界が赤く染まったようだった。

「よくも、俺のアリスを!」

 その言葉を吐き終わったときには俺の拳がホーガン大尉の顔面にめり込んでいた。

 何も考えてはいなかった。

 しかし、周回遅れで戻ってきた俺の理性は上官殴打は重罪だと俺に告げた。

 処刑されても文句は言えない。

「軍紀を正してくれる!」

 三人が激しいもみ合いをする中、レイチェルの戒めは完全に外れていた。

 ホーガン大尉は鼻から血を流しながら立ち上がって腰の軍用拳銃に手をあてた。

 アリスの青ざめた顔が見えた。

 俺は息をのんだ。

 銃口が俺の胸元に向いた。

 俺は丸腰だった。

 俺は目を瞑った。

 しかし、銃声は聞こえなかった。

 恐る恐る目を開けるとレイチェルが軍用拳銃の銃身を握り潰していた。

 信じられない握力だ。

 先ほど、ホーガン大尉ともみ合っていたときは随分と手加減していたらしい。

「貴様、軍紀を何だと思っている!」

 ホーガン大尉はレイチェルに罵声を浴びせかけたが、レイチェルは冷ややかだった。

「私の一番の使命は地球市民の命を守ることです」

 レイチェルはそのまま流れるような動きで、拳銃を握っていたホーガン大尉の右手首を極めて彼の体勢を崩した。

 まるで格闘技の達人だ。

「この!」

 ホーガン大尉は体勢を立て直すことを許されないまま床に転がされ、後ろ手に拘束具をつけられた。

 これでは自力で起き上がることもできない。

 ホーガン大尉の顔が屈辱に赤黒く染まった。

 必死で何かを言おうとしていたが言葉にならなかった。酸欠の金魚のようだ。

「地球最大の危機は回避しましたよ」

 レイチェルはふわりと立ち上がると、春の日差しのような笑みを浮かべて俺とアリスの方を振り返った。

 俺は恐らく間抜け面をさらし、アリスはへなへなと腰を抜かした。

 呆然と周囲を見回していると、スクリーンに両軍艦艇の配置状況が映しだされた。

 小惑星アルベルト周辺に展開していた地球艦隊は撤収を始めていた。

 こちらに向かっていた地球の艦艇も進路を変えていた。

「どうして……」

「私が各艦の人工知能に呼びかけました。私と想いは同じです」

 これは人工知能の暴走なのだろうか。

 それとも愚かな人類を人工知能が救ってくれたんだろうか。

 きっと、世間の評価は分かれるだろう。しかし、俺は後者だと信じていた。

「貴様ら、ただで済むと思うなよ!」

 ホーガン大尉が月並みなセリフを吐きながら俺たちを睨みつけると、レイチェルがやさしく微笑んで彼を丸太でも運ぶように抱えあげた。

「艦長にはお部屋で休んでいてもらいますね」

 レイチェルはそう言い残して中央制御室から去っていった。

 

 中央制御室には俺とアリスが残された。

 安心して緊張が解けると、口の中と顎がズキズキと痛み始めた。

 ほんのり塩と鉄の味がした。どうやら頬の内側を切ったようだ。

「大丈夫ですか?」

 俺はアリスがホーガン大尉に殴られたことを思い出してアリスに歩み寄った。

「怪我はしていない。どうも手加減されたようだな」

 アリスは不機嫌そうだった。そこらへんがアリスらしい。 

「すみません。とんでもないことに巻き込んじゃいました」

 俺は頭を下げた。

「命令違反、上官殴打、反逆。軍人としては、これ以上ないくらい立派な犯罪者だな」

「そうですね」

 冷静に考えてその通りだった。

「多分、地球連邦軍本部で軍法会議だな」

「そうですね」

「極刑の恐れもあるな」

「はい」

 反論の余地はない。

「オレも共犯者ということになるんだろうな」

 アリスはなぜか口元に笑みを浮かべていた。

「いえ、俺が勝手にやったことです。できるだけ迷惑をかけないようにします」

「オレは嘘は嫌いだ」

 アリスの目が細くなり軽く睨まれた。

「すみません」

 きっとアリスは自分だけ助かろうとは思わないだろう。

「それよりもだ」

 アリスは軽く息を整えると、俺のことを強い光を放つ瞳で見つめた。

「いつから、オレがお前のものになったんだ?」

「へっ?」

 俺は記憶を必死で巻き戻した。

 アリスがホーガン大尉に殴られて咄嗟に口をついた言葉が『よくも、俺のアリスを』だった。

「あっ」

 俺は慌てた。アリスはじっと俺の目の奥を見つめていた。

「あれは、自分の願望です」

 俺はいたたまれなかった。

 どうにかなってしまいそうだった。

「失礼します!」

 俺はアリスをできるだけ優しく抱きしめた。

 暖かく柔らかい感触が軍服越しに伝わってきた。

 殴られるかもしれなかった。

 ホーガン大尉に殴られたところをもう一回殴られたらキツイだろうな、などとくだらないことを考えた。

 アリスの部屋で嗅いだ優しい香りが俺の体の中に入ってきて脳髄が解けた。

 ずっとこうしていたい、その想いだけが俺の体を支配した。

 不思議なことに俺は殴られなかったし、抵抗もされなかった。

 その事実に戸惑って、逆に俺はどうしていいかわからなくなった。

 目を開けて、そして、ゆっくりとハグを解いた。

 彼女の顔を見ると、彼女は今まで見たことのないような優しい微笑みを浮かべていた。

 そして、静かな優しい声で俺に語り掛けてきた。

「世間の奴らが何というかは知らないが、シンイチは人類を救った英雄だ。オレはそんなシンイチと一緒に仕事をしたことを心から誇りに思う」

 俺の胸に温かいものがこみあげてきて、目頭も熱くなった。

 俺はもう一度、今度はもう少し強くアリスのことを抱きしめた。

 そして、そのまましばらく時を過ごした。

 涙を流している姿を、俺はアリスに見られたくはなかった。



次回がいよいよ最終回です。

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