第21話 更迭
灰色に塗装された横幅の広い西洋甲冑のような装甲強化宇宙服で完全武装した地球連邦軍の兵士が三名、中央制御室に現れた。
俺たちは黒と灰色の軍服に身を包み、アイザック、アリス、俺、レイチェルの順番で整列して彼らを出迎えた。
異常な緊張感が場を支配し、さすがの俺もアリスのすぐ横にいても邪な妄想を抱く余裕などなかった。
俺たちが一部の隙も無い敬礼を施すと、真ん中の兵士がヘルメットを脱ぎ、俺たちに鋭い視線を向けた。メインベルト方面第八艦隊の司令を務めるクラーク中佐だった。
猛禽類を思わせる雰囲気はスクリーンで見たとおりだったが、実物は映像よりも痩せて小柄に見えた。
「アイザック、貴様、正気か!」
できたら殺してしまいたい、そんな憎悪を視線から感じた。
すでに通信システムは復旧し、状況は詳細にわたってクラーク中佐に伝わっていた。
通信システムの故障は、やはりアイザックの小細工らしかった。レイチェルによれば、通信装置の配線が一部外れていたそうだ。
「僕は地球市民にとって最善の選択をしたと思っていますよ」
アイザックは湖の静けさを取り戻し、口元には不敵な笑みさえ浮かべていた。
「今、我々は戦争一歩手前の状況にあるんだぞ、見ろ!」
艦隊の配置図がクラーク中佐の背後に空間投影された。
コーボルトのほか、メインベルト方面第八艦隊のゴブリンとピクシーは小惑星アルベルトに近い周回軌道にのっており、そこからかなり離れた軌道上でゴブリンを追跡してきた火星のパトロール艦隊が我々を遠巻きにしていた。
さらに遠く離れたところから他の地球の艦隊や火星の艦隊が続々と集結しつつあるところだった。
艦の数は双方一〇や二〇ではきかないだろう。
このままでは大規模な艦隊決戦に発展する恐れがあった。
スクリーンを見つめる俺はきっと、かなり間抜けな顔をしていた。
「今なら、この質量兵器を使用して火星の奴らを根絶やしにできますよ」
「ふざけるな!」
アイザックのセリフにクラーク中佐は激昂した。
そして殺気のこもった眼でアイザックを睨みつけながら、必死で心を落ち着かせようとしていた。
中央制御室は短い時間、沈黙に支配された。
「ロシモフ中尉はゴブリンに移送、代わりにジェイムス・ホーガン大尉がコーボルトの指揮を執る」
「後悔しますよ。決断しなかったことを」
装甲歩兵の一人がアイザックの腕を掴んで連れて行こうとすると、アイザックは氷のような視線をクラーク中佐に向けた。
「ホーガン大尉、よろしく頼む」
クラーク中佐はアイザックの視線を無視すると、傍らにいたもう一人の装甲歩兵に声をかけた。
「わかりました」
声をかけられた男はヘルメットを脱ぐと、クラーク中佐に敬礼した。
筋肉質で大柄なスキンヘッドの中年男だった。
垂れ目気味で如何にもしぶとそうな雰囲気の士官だ。
「まったく」
クラーク中佐は俺たちにも忌々しそうな視線を向けた。
俺とアリスは文句も言えず、ただクラーク中佐の目を見返すだけだった。
「連絡は密に、くれぐれも軽挙妄動はするなよ」
「サー・イエス・サー」
ホーガン大尉は見事な敬礼を施した。
クラーク中佐は答礼すると踵を返し、アイザックとアイザックの腕をつかんだ装甲歩兵とともに中央制御室を後にした。
ホーガン大尉は黙ったままだった。中央制御室に居心地の悪い空気が満ちた。
「あの、なんとお呼びすればよいですか?」
仏頂面で立っているホーガン大尉に、レイチェルが困惑の表情を浮かべながら話しかけた。
「変わった質問だな。『艦長』以外考えられんだろ」
こうして宇宙パトロール艦コーボルトは、ごく普通の軍艦になった。
「艦長、質問しても、よろしいでしょうか?」
俺はおずおずと手を挙げた。
「何だ?」
ホーガン大尉は装甲強化宇宙服を着用したまま、三つある座席の中央にどっかりと腰を降ろし、俺とアリスは黒と灰色の軍服姿で突っ立ったままだった。
「我々はどうすればよろしいでしょうか?」
パトロール艦は原則三交代制だが休憩に入る雰囲気ではなかった。
いくら俺が馬鹿でもそれくらいの空気は読む。
ならば、このまま待機しろとか宇宙服に着替えろとかの指示が欲しかった。
今、俺たちが装甲強化宇宙服を着用していないのは、状況的に武装したまま艦隊司令を出迎えるわけにはいかなかったからだ。
「いいから大人しくしていろ。余計なことはするな」
ホーガン大尉は思い切り機嫌が悪かった。
「はい」
俺は背筋を伸ばして大声で返事をした。
「すでに、現場の軍人がどうこうというレベルを超えている。政府の決定に従え。別命あるまで待機だ。気を抜くな。敵の些細な動きも見逃すな。こまめに報告しろ。わかったか!」
「サー・イエス・サー」
俺とアリスは軍隊で推奨されている返事で応じた。
「装甲強化服を着用。臨戦態勢を崩すな」
「サー・イエス・サー」
ようやく俺の欲しかった指示が来た。
俺とアリスは装甲強化宇宙服に着替えるために、中央制御室を後にした。
「シンイチ、これから、どうなるんだろうな」
廊下に出ると、アリスが話しかけてきた。
仔猫のような瞳に不安の光が宿っていた。抱きしめたいくらい愛くるしい。
「火星の奴らも馬鹿じゃないでしょうから。できるだけ戦争を回避しようとするでしょうね……ええと、軍曹はどう思います?」
「二人きりのときは、アリスでいい……そうはいってもオレたちはすでに敵艦を二隻葬ってるんだぞ。そう簡単には事は済まないだろう」
後半のセリフは心に入らず、前半の『二人きり』のフレーズがぐるぐる頭の中で回っていた。
我ながら不届き千万だ。当然のように俺が妙な表情で見つめていることにアリスが気付いた。
「なんだ?」
「すみません。見とれてました」
「馬鹿!」
アリスは頬を赤く染めた。
「失礼しました」
俺が真顔で敬礼するとアリスが小さくつぶやいた。
「ズルすぎるだろ、まったく」
「えっ?」
「何でもない。さあ、仕事仕事」
アリスはそう言って会話を切り上げた。
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