第2話 第六装甲歩兵小隊
「また俺たちの負けか!」
ハイライン大尉は大型肉食獣のような雰囲気をまとった目つきの鋭い男だった。
装甲強化宇宙服を着ていても露出した顔や首の様子から筋肉質の巨漢であることがひしひしと伝わってきた。
「面目ねえ」
赤ら顔で肥満気味のセルゲイのおっさんが禿げあがった頭をゆっくりと下げた。
俺も黙って頭を下げて、すまなさそうな雰囲気を醸し出した。
俺たち五人は模擬戦闘訓練に使用した宇宙船の会議室で反省会の真っ最中だった。
部屋は一〇人も入ればいっぱいになりそうな大きさで、壁と天井はクリーム色、床はこげ茶色で俺たちの他に人はいなかった。
小隊単位の対抗戦で三連敗中のハイライン大尉は、すこぶる機嫌が悪かった。
「だいたいが、シンイチ! なんで敵の攻撃を報告しなかった!」
ハイライン大尉の攻撃の矛先は俺にむかってきた。
獲物を狩るような視線が俺のウサギの心臓をわしづかみにした。
「はっ、報告の余裕がなかったからであります」
決して嘘は言わなかった。
しかし、だからといってそれが上司のお気に召すとは限らなかった。
「馬鹿野郎! 一言『敵襲!』と叫べばいいだけだろうが! おまけに何で銃に手をかけた? 重火器の使用は禁止したはずだ!」
訓練中の全ての行動は装甲強化宇宙服に内蔵された記録装置に保存され、訓練の検証に使われていた。
俺が蹴とばされて高周波ブレードを放りだした挙句、自動小銃に手を伸ばしたことは思い切りバレていた。
「威嚇に使うつもりでおりました」
「言い訳をするな! そんなもんが威嚇になるわきゃねえだろ!」
言い訳をするなと言われても『何でだ』と問われたので理由を答えたまでだ。
そう心の中で思ったが俺はそれを口にするほどの馬鹿ではなかった。
「申し訳ありませんでした」
ようやく期待する答えに至ったらしい。
ハイライン大尉は厳しい視線で俺を斬りつけた後、他のメンバーたちに視線を移した。
「ったく、いいか、お前ら、あんまり出来が悪いと機械人形に置き換えられちまうぞ。俺たちがおまんま食えるのは安い給料の割には役に立つからだということを忘れるな! 奴ら一体の値段は去年までは俺たちの生涯賃金の三倍だったが、来年はだいぶ安くなるらしいからな」
人工知能や人工知能で動く人型ロボット『ヒューマノイド』は、とても便利な道具で人間の仕事をどんどん奪っていた。
人工知能で置き換えるかどうかのポイントは人間にしかできない仕事か否かということもあったが、悲しいかなどちらが経済的に優位かということの方が重要だった。
技術の進歩により人間と人工知能では、基本的には単純ミスを犯さず知識が豊富な人工知能の方が優秀だったが、人間にやらせた方が安上がりという仕事は未だに人間がやっていた。
「サー・イエス・サー」
俺たち四人はとりあえず神妙な顔で合唱した。そうしないと説教タイムが終わらないからだ。
「いやあ、しかし、隊長。俺たちを襲った第五小隊の奴、まさかヒューマノイドじゃねえですよね」
せっかくハイライン大尉の機嫌が収まりかけていたのに、セルゲイのおっさんがまた余計な話を蒸し返した。
自分が間抜けだったのではなく相手が優秀だったから仕方がないとでもアピールしたいのだろうか。
「人間だ。しかもシンイチとたいして年齢の違わないヒヨっ子だ」
ハイライン大尉は案の定、改めて不機嫌になった。
大尉に質問するまでもなくヒューマノイド兵は必要もなく人間に罵声を浴びせて踏みつけるような真似はしない。セルゲイのおっさんは俺がそういう目にあったところは見ていなかったのだろうか。
「セルゲイ、言いたかないが、あの場合お前の役目は後方に注意を払うことだ。横の部屋から急に出てきて後ろから不意打ち食らったんで仕方ありませんとでも言うつもりなのか知らんが、シンイチと背中合わせで後ろ向きに歩いて丁度いいぐらいだ。相手が優秀なわけじゃねえぞ」
多分、年齢が自分よりも上のセルゲイのおっさんに多少は気を使っているのだろうが、それでも暗にお前が間抜けなだけだとハイライン大尉は指摘した。
「すんません、相手の女性兵の顔が人形みたいに整ってたんで、つい、つまんないことを聞いちまいました」
俺以外の他の奴らも溜息をついたに違いない。
俺たち第六装甲歩兵小隊の副官を務めるセルゲイ・ベリャーエフ曹長の発言は完全に視点がずれていた。
俺は少しだけハイライン大尉が気の毒になった。
大尉は目を閉じて気持ちを落ちつかせるために数字を数えているようだった。
「宇宙船のクルーや後方勤務の兵士に機械人形は多いが、歩兵部隊に配属されている機械人形はまだ少ない。なんでだかわかるか? 人工知能管理法に抵触してフリーズしちまうことがあるからだ」
再び口を開いたハイライン大尉は話題を変える判断をしたようだった。
セルゲイのおっさん以外の俺たちに視線を巡らせた。
「『人工知能は地球市民に危害を加えてはならない』っていう、あれですか」
俺はセルゲイのおっさんの頭でも理解できるように何気なく補足説明を差し込んでみた。
「そうだ、あれのお陰で地球市民を人質に取られたり、地球市民自身が暴動を起こしたりしたら奴らは役立たずになっちまうからな」
「なるほど」
セルゲイのおっさんは大げさにうなずいていた。間抜けな表情だった。
「仕事の内容にもよるが機械人形はそうした弱点を突かれないように単独では運用しない。特に白兵戦ではな。だから、さっきのお嬢ちゃんが単独行動していた時点で機械人形じゃないと判断すべきだ」
ロベルト・ハイライン大尉はセルゲイのおっさん以外の俺たちを見回した。
セルゲイのおっさんの教育はあきらめているようだった。
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